課題
そうでした……。今のカオン君は人間ということになっているのでした。思い込みって、怖い。
「僕もアイラルちゃんとペアになりたかったけどー、人間同士でペアはダメみたいだしー」
テラスに出てきたカオン君は、横目でルーグ君を見ながら言う。
カオン君がむっすりしていたのは、ルーグ君に先を越されたからではなく、自分は私と組む権利がないから、だったらしい。
もう、仲悪い二人のことだからすっかり前者だと思い込んでたよ。
「じゃ、じゃあ! 俺と出られるな!」
ルーグ君……狼と言うより、わんこなんですけど。というかその前に、なんでルーグ君まで勘違いしてたの? あなたはカオン君が獣人だということを知らないのではなくて?
「なーんか人間ぽくない、ってか……うーん。犬っぽい?」
うえぃ!?
「僕のどこが犬っぽいんだよー。ルーグのほうが犬っぽいじゃん。尻尾ブンブンだもん」
「なんだと? どっからどう見ても俺は狼だろ!」
ギャーギャーとまた喧嘩へ。
な、ナイスです。カオン君。焦ったー。
「僕はリスルちゃんに頼んでみようかな。ルーグ、アイラルちゃんに怪我させたら許さないからね」
え、笑顔が黒いデスヨ……。
そして、闘技大会に向けての練習が始まったわけである。
午前は授業を受けて、午後はルーグ君と戦略についての打ち合わせ。私の学園生活はだいぶ忙しくなってきました。
と、そんな中。授業である課題が出されたのです。
「おうちの方に魔法の使い方を聞いて、一つ魔法を使えるようにしてくること」
闘技大会に出場するにあたって、魔法のバリエーションを増やしておくに越したことはない、と先生はおっしゃりました。
私の両親、違う街にいるんだけどなー、と思っていたら、授業が終わった後で先生にアフツァーさんは騎士団に行ってもいいですよと言われた。
やったぁ! ウィンディさんやアシュさんに会えるー!
「シトロンちゃんも騎士団に行こうよ。副団長さん達と知り合いなんでしょ?」
アシュさんとお話するいい機会になるかもしれないし。
「嫌よ。兄さんに会いたくないもの」
「そこをなんとかー。風属性といえばアシュさんだもん。……シトロンちゃんの家ってもしかしてみんな風属性?」
「…………私と兄さんだけ、だけど」
「だったらなおさらアシュさんに教えてもらわないと!」
そうだけどー……とごにょごにょ言っているシトロンちゃん。本当にお兄さんと仲が悪いのね。
結局、騎士団の前に立ってドアに手を掛けるその時まで、シトロンちゃんは不服そうだった。落ちていた小石を蹴る。こらこら、はしたのうございますよ。
「来てみたけど、勝手に入っていいのかな?」
「平気でしょ。私もアフツァーさんも副団長の知り合いなんだから」
そう言って何のためらいもなく騎士団の重い扉を開ける。そしてズカズカと緑の副団長室へ向かった。
あれだけ嫌だと言っていたのに、いざとなったら積極的ですね、シトロンさん。
「アフツァーさんから入ってよ」
あ、でもやっぱりアシュさんに会うのは恥ずかしいんだ。今更だもんね。何の連絡もしてないし。
トン、トン、とノックすると返事があった。正式なノック? そんなの知らないよ。
細くドアを開けて、中の様子を伺う。
アシュさんが執務席で書類の分類……? をしていた。かなり真剣な表情だ。今、入って行くのはお邪魔だろうか。
「用事なら後で……え、あれ、アイラルちゃん?」
入るか入らまいか迷っているとアシュさんが気づいた。
「今日来る予定だったっけ? やば、団長さんの話聞いてなかったかな」
「いえ、違うんです。今日は……」
例によって散らかり放題な部屋の中に入って、シトロンちゃんを手招きする。
不機嫌な表情で私の後ろについてくるシトロンちゃんを見て、アシュさんは一瞬目を見開く。だが、すぐに嬉しそうに席を立った。
「シトロン、どうしたの。来てくれるなんて珍しい」
兄と目を合わせないようにしながら、シトロンちゃんは答える。
「……宿題で来ただけ」
素っ気ない返事。それでもアシュさんは嬉しいらしい。紙の山に埋まったソファを掘り起こして、私達の席を作ってくれた。アシュさんに払われた書類は、大事なものではないのでしょうか。まあ、この扱いの雑さにも慣れましたけどね。
自身も机の上を片付けて、向かいのソファに腰掛ける。
「で、何?」
シトロンちゃんは説明する気はないらしい。
久し振りにお兄さんに会って、どう接していいかわからないだけにも見えるけどねー。おっと、睨まないで。
「学園の課題で、家族に魔法を習って来ましょう、っていうのがあって。アシュさんにお願い出来ないかなと思って来ました」
私もシトロンちゃんも風属性の魔法しか使えないので、と付け加える。
自分の属性以外の魔法も使えると私が知ったのは、学園の授業で習ってからだ。幼稚園の先生が様々な魔法を操っていたのを思い出して、なるほど、そういうことでしたかと思った。
イメージでは、自分の属性は得意科目。他の属性はそれ以外。そんな感じ。
「なるほどね。副団長様直々に魔法を教えるんだから、他の子が出来ないようなのがいいよな」
「あ、だったら私、あの小鳥のやつがいいです。リリーに手紙を届けてくれた小鳥さん」
そういえば、手紙は無事に届いたのかな。イベールにもう一人アシュさんがいれば、リリーからお返事が貰えるのにな。
「でも、闘技大会では役に立たないんじゃない?」
シトロンちゃんから鋭い指摘。ぐっ、確かにそうかもしれない。
「手紙を届けるために使うならシトロンの言う通りだけど、声を吹き込んで飛ばせば、戦闘中に相手に聞かれることなくペアに指示を出せるし、使いようによっては役に立つかもね」
おおっ! それが出来たとしたら、なんだかかっこいいぞ。
ルーグ君に秘密の指示を飛ばす自分を想像する。もともと魔力の弱い私はルーグ君の援護にまわる予定だった。ちょうどいいじゃん!
「教えてくださいアシュさん!」
ありがとうございました。




