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柳井渚とアイラルと


 人を好きになったことがないわけではない。

 こんな私にだって、恋をする機会は平等に巡ってきた。


 中学校一年生の頃、まだ私は周囲から怖いと認識されていなくて、そこそこに順調な学校生活をスタートさせていた。

 ただ、積極的な性格でなかったために、話す相手はいても自分の友人だと自信を持って言える人はいなかった。なんとなく皆に混じって通学し、教室移動をし、下校する。入学した四月はそんな感じ。


 私に変化が訪れたのは、入学から一ヶ月、五月に入った頃だった。

 その日もなんとなくの一日を終えて、下駄箱で靴を履き替えていた。部活に入部する子が増え、帰宅部だった私は一人で帰る機会が増えた。


「柳井さん、だよね?」


 そんな時に私に声をかけてきたのが、あいつだった。

 クラスは違うし、今まで話したこともない。チャラっとした印象を持つ男子。

 靴を履きかけていた私は、屈んだ体勢のまま制止する。


 私、なんで話しかけられてるんだろう……。というか、この人誰だろう。


「……そうですけど」

「俺、C組の田辺」


 C組……やっぱり私のクラスとは違う。

 田辺は自分の靴を取ってきて私の隣に並んだ。

 そして突然、今までの人生の中で一番衝撃的な台詞を放ってきたのだ。


「俺、柳井さんのこと、ずっと可愛いなーって思ってたんだよねー」


 ————一瞬、私の中で時が止まった。


「……へ……?」


 やっと絞り出した声は、なんとも情けないもので。惚ける私に田辺は笑った。


 いや、いやいや、あなた笑ってるけど! 


「な、ななな、なんで私なんでしょう……?」


 地味でクラスでも目立たないほうの私に。違うクラスのあなたが。いきなり。


「可愛いからだって」


 ニコッと爽やかな笑顔を向ける田辺。思いっきり後ずさってしまった私は、靴箱にしたたか背中をぶつけた。

 

「ははっ、大丈夫? ねえ、一緒に帰ろうよ」


「う……あ、はい……」




 今思えば、あの時、何も考えずに「はい」などと言ってしまったのがよくなかったのだ。







「……ルちゃん? アイラルちゃん?」

「あ……」


 肩をつつかれる感触でハッとなった。我に返って見たのは、田辺の顔ではなく、目をくりくりさせたカオン君の顔。

 

「どうしたのー? ぼーっとしてたらルーグ見つけられないよー?」


 そうだ。今はルーグ君を捜していたんだ。

 あいつはここにはいないんだ。

 大きく息を吸って、吐く。

 嫌なことを思い出してしまった。この世界に、ネーテルに来て、忘れかけていたのに。


「僕、部屋にいないか見てくるね」

「お願い」


 私の記憶の奥底に居座る、あいつのあの台詞。ちょっとでも嬉しいと思ってしまった自分が恨めしい。


 カオン君が階段を駆け上り、姿が見えなくなくなるのを待って、再び歩みを進める。


「アイラル……」


 しかし一歩、二歩、も行かないうちに呼び止められた。

 廊下から出ることのできるテラスに、捜していたルーグ君が立っていた。申し訳なさそうに耳が垂れている。


「ルーグ君。いたなら早く言ってくれればよかったのに」

「……カオンがいたから」


 尻尾も心なしか元気がない。

 ルーグ君は私もテラスに出てくるように言う。緩い風で、まとめた髪が踊る。この時期の夜はまだ少し肌寒い。


「ごめんアイラル。俺、さっき、怒った」


 テラスのベンチに座る。ルーグ君は一瞬迷って隣に座った。


「ううん。あれは私がはっきりしなかったのが悪かったの。ルーグ君が折角誘ってくれたのにね」

「そ、そうかっ。じゃあ、闘技大会……」


 あ、尻尾パタパタしてる。分かり易いなあ、まったく。

 ……だけど。

 ルーグ君を捜してくれているカオン君が頭をよぎる。数秒、ほんの数秒カオン君のことを考えてしまった、その間に灰色の尻尾は揺れるのをやめた。


「……わかった」

「ルーグ君?」


「今回はカオンに譲ってやる! 俺とは秋の大会に出ようぜ。俺、カオンとアイラルよりいっこ上の学年だし、我慢してやる」


 予想だにしていなかった発言に、ぽかんと口を開けた。

 それから自然に頬が緩んだ。


 ルーグ君、大きくなったんだなあ。


 ついつい近所のおばちゃんみたいな感想を抱いてしまう。


「でも私は同い年だもーん」


 また尻尾をパタパタさせて、元気になったルーグ君。何かが吹っ切れたようだ。


「あっ、そうだ。ルーグ君これ見て」


 服の中にしまい込んでいたペンダントを引っ張り出す。

 ペンダントトップはもちろんあの石の羊だ。二歳のあの日に、ルーグ君がプレゼントしてくれた私と同じ色をした羊。

 

「…………」


 あれ。どうしてノーコメントですか。もっといい反応を期待していたのですが。私、ずっと大切にしてたんだよー? 紐をつけてもらってからは毎日首にかけてたんだよー?


「…………」

「ルーグくーん?」


「なっ、なんでまだ持ってんだよぉ……」


 ボッと一気に顔を赤くした。


 おやおや、もしやこれは?


 尻尾に目をやると、ものすごい勢いでブンブン振っている。

 もしかして……いや、もしかしなくても。これは照れてますなぁ?


「ルーグ君にもらった、だーいじなプレゼントだからね」

「やめろおおお……!」


 やめろとか言いながら、尻尾と耳は大喜びだから。ブンブンぴょこぴょこしてるから。

 うりうり、と石の羊を近づけると真っ赤な顔のまま逃げようとする。


「おーい、何してるのー」


 カオン君だ。

 周りを見回すと、いた。二階の窓から顔を覗かせている。


「おう、カオン! お前、俺に感謝しろよな! 今回の闘技大会はカオンに譲ってやることにした!」


 ルーグ君が腰に手を当てて言った。……のだが。カオン君はなぜかきょとんとする。何度か瞬きして、口を開く。

 

「譲ってもらっても、僕人間だからアイラルちゃんとは出られないしー……」


 …………あ。


 ルーグ君を見ると、口を「あ」の形にして固まっていた。





アイラルとルーグの壮大な思い込み、でした。


いきなり過去編をぶち込んでみましたが、どうだったでしょうか。


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