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もふもふなあの子



「そういえば、プキちゃんはどこに行ったの?」

「…………」

「アイラルちゃん?」


 ごめん、カオン君。そしてプキ。ちょっと今、それどころじゃない。


 時は次の日、場所は応用魔法学部の教室。

 サラさんの蜃気楼で姿を変えたカオン君とともに、教室の席に座っているところです。

 張り切って来てみたらまだ誰も教室にいなかった状況です。

 あ、プキは寮を自由に探索中です。自分で部屋に帰れると言っていたので大丈夫だと思います。

 

 今から一旦教室を出る? いやいや、それはカオン君に悪いだろう。教室を出た時にクラスメイトに出会ったら最悪だし。


「ああああ……っ」

「アイラルちゃん、どうしたの」


 私の計画では、教室に集まったクラスメイトの中に自然に「おはよう!」と溶け込む予定でした。

 美男美女の両親のおかげで目つきは悪くないはず。幸せなことに、七年間の人生で怖いと言われたこともない。あと私に足りないのは、クラスメイトに話しかける勇気だ。

 と、昨日の夜、頑張って最初の挨拶をしようと決意したわけです。


 結果、気合いが空回りしました。


 誰もいないんじゃ挨拶なんて出来ないでしょう、アイラルさん? ここでクラスメイトを迎えるほうが緊張するでしょう、アイラルさん?


「おーい、アイラルちゃーん?」


 激しく自己嫌悪です。

 なんだかものすごく小説が書きたい気分。

 前世の私は周囲の視線や声から逃げるために、小説を書くことで自分の世界に入り込んでいた。その結果、どんどん視力が落ちて目つきが悪くなり、挙句の果てには小説のノートを守って転落死したのだが。

 

「アイラルちゃーん? 聞いてるー?」

 

 サッシャ君みたいなユニコーンが出てくる話なんてどうかな。実物を目にしたんだからきっと面白い話が……。



「……おい」



 ぎゃーっ! 第一陣来ちゃった! 

 余計なこと考える前に逃げておけば――――


「あ……」


 机を倒す勢いで立ち上がった私は目を見張った。

 教室の入り口に立って、気まずそうに目を逸らすその人を、私は知っていた。


「えっと……リスルに応用魔法学部にいるって聞いたから」


 茶色い髪の中から覗く耳は灰色の三角耳。

 ふわふわが増した尻尾は綺麗なグラデーションなんだ。

 恥かしがりやで、すぐ顔を真っ赤にして、口が悪くて、でもすごく優しい狼の男の子。

 


「ルーグ君…!!」



 身体が勝手に動いていた。

 机に躓きながら、飛びついていた。


 ギュッと抱きしめると、ルーグ君は身体を固くしたけど、その後で尻尾が揺れたのを私は見逃さなかったもんね。


「やっと会えたー!」


 私にも尻尾があったなら、きっとちぎれんばかりに振っていたことだろう。

 

「あ、アイラル。苦しい、離れて」

「やだ!」


 ふふふー。なんだか一歳のあの時を思い出すやり取りだー。

 離れてと言いながら、やっぱり無理矢理引き剥がそうとはしないんだよね。優しいルーグ君。大好きー!

 あ。そうだ。

 パッと離れて向き合うと、ルーグ君はキョトンとする。

 

「アイラル、何……痛っ!」

「お仕置き! 尻尾もふもふの刑!」


 サッと背後に回ってもふもふな尻尾をギュッ。

 おおーっ! あの頃と変わらない触り心地。私のもふもふランキング一位継続中だ。


「はーなーせー!」

「いーやーだー」


「あのー……アイラルちゃん、その人誰?」


 と、そこで私の奇行を呆然と見ていたカオン君が、ついに声をかけてきた。

 ああ、カオン君の耳がしゅんとして元気がない。

 ごめんね、放置しちゃって。久しぶりの再会にテンションが上がっちゃったんだよー。


「カオン君、私の幼馴染のルーグ君です」


 一度会ったきりを幼馴染と表現していいのかはわからないけど。


「で、こっちがカオン君。私の……お友達」


 騎士団や護衛という言葉は隠したほうがいいだろう。


「カオンです。よろしくね」

「……ルーグ・リュコス」


 ルーグ君。もっと元気に挨拶しなきゃ。ほら、握手も。

 カオン君が差し出した手に私が無理矢理ルーグ君の手を重ねると、渋々握手した。


「ルーグ君はどこの学部にいるの?」

 

 立ち話もなんだからと教室の中に入って、誰もいなくて座り放題な席に座った。


「獣人闘技学部。リスルと同じクラスだった」

「そっか。お姉ちゃんにここを教えてもらったって言ってたね」


 獣人闘技学部は学園で一二を争う規模の学部なので、小規模で隅っこに追いやられている応用魔法学部の校舎とはかなり離れたところにある。

 ここに来た時、息切れしてたけど……もしかしてお姉ちゃんに教えてもらって、走って来てくれたのでしょうか。

 だったら嬉しいなー。おっと、にやけちゃう。


「ルーグ君、大好き!」

「なっ……」 


 また飛びついた私に、ルーグ君は変な声を出した後、黙り込んでしまった。

 カオン君も驚いた顔をしたかと思うと、頬を膨らませて黙り込む。

 あれ、ふたりともどうしたの?

 私もつられて静かになって、訪れる一瞬の静寂。



「あーっ!!」



 それを破ったのは、教室になだれ込んできたクラスメイト達でした。


「コクハクだぜ! コクハク!」

「すげぇ!」

「きゃーっ!」


 一斉に囲まれた私達は、それぞれの反応を示す。

 私はクラスメイトに囲まれているこの状態にポカンと口を開け。

 カオン君はだんまりを続けて。

 ルーグ君は……ルーグ君は見たこともないような赤い顔で怒鳴っていました。


「だっ、黙れ! どっか行け!」


 なんでルーグ君、あんなに怒ってたんだろう。

 別に告白じゃないのにね。




アイラル(渚)は例の中学高校生活のせいで恋愛経験がないので鈍いです。



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