夜はまだこれからなのです
「いただきまーす!」
お姉ちゃんが勢いよく、並べられたご馳走にフォークを突き立てた。
「お姉ちゃん……」
作法なんてあったもんじゃない。
お姉ちゃんの隣に座ったウィンディさんも苦笑している。
あの後、無事に合流できた私達は、食堂で夕食を頂くことになった。
騎士団の皆さんがワイワイガヤガヤ食事を楽しんでいる食堂の、一番端のテーブルを貸してもらって、ウィンディさんとカオン君と一緒に座った。アシュさんはカオン君が誘っていたけど、他の副団長達と話があるから、そっちで食べるということだった。
「あたし、もう一回ご飯とってくる! ディオとアイは?」
「僕はいい」
「私は行こうかな」
夕食はバイキング形式です。好きなものをすきなだけ。どれもこれも美味しくて、実はこれで席を立つのは三回目だったりします。
「お肉ーお肉ー」
特にこのお肉が美味しくて。
じっくり煮てあるみたいで、口に入れたらふわっととろける。かけてあるトロトロも食欲をそそる匂いも、最高。
これを一つ……二つ持って帰ろう。
騎士団の人は私を見ると最初は不思議そうな顔をするけど、すぐにアイラル・アフツァーだということに気付いて声をかけてくれる。ふむ。騎士団の全員に私の名前は知れ渡っているようだ。
「ただいまー。カオン君はもう食べないの?」
「もうお腹いっぱい。わあ、リスルちゃんたくさん持ってきたねー」
「まだまだ食べれるよ!」
お姉ちゃんのお皿には一回目と変わらない量が。
「お腹壊すわよ? 明日は朝から学園にご挨拶に行くんだし、食べ過ぎで眠れなくなったら辛いわよ」
それから夕食を終えた私達は仮の寝室に案内され、その部屋も大変豪華で素晴らしかったのですが。
「お姉ちゃん……」
「うー……」
三つ並んだベッドの真ん中を陣取って、唸っているのはお姉ちゃん。食べ過ぎです。はい。ウィンディさんの言った通りになってしまいました。
「僕はシャワーに行ってくるから」
服を抱えたお兄ちゃんは教えてもらったシャワー室へ行ってしまった。
「お姉ちゃんも行こう? 私も久しぶりにシャワー浴びたいな?」
二日とは言っても、もと日本人の私には耐えられなかった。濡らしたタオルで身体を拭いてはいたけど、髪はゴワゴワして気持ち悪い。
「いい……行かない……」
「だーめ。明日は学園に行くんだから」
気持ち悪い、動けない、と繰り返すお姉ちゃんを引きずって、部屋を出た。
お姉ちゃんもちゃんとシャワー浴びないと駄目だよ。お姉ちゃん達の耳や尻尾は洗って梳かさないとすぐに毛が絡まるんだから。そんなの許さないよ。
シャワー後、少し気分が良くなったらしいお姉ちゃんはベッドの上でゴロゴロしながら、今日のことを教えてくれた。
「広くて、一回迷子になっちゃったよー。それで……痛いっ、ディオ痛い!」
「だったら動かないで」
その向こう側でお姉ちゃんの尻尾にブラシをあてているのはお兄ちゃん。
是非とも私がやりたい役目だけど、同じ羊の獣人にしか分からない絶妙な力加減があるのだそう。
はぁ。つまらない。
別に深い意味も無く、バルコニーに出てみる。
借りた部屋は二階にあって、星空の下に王都の町並みを見ることが出来た。高低差のない王都では、丘の上にいたころのような絶景は望めない。しかし、庭園の向こうに見える家々の明かりが街をオレンジ色に染めていて、思わず、ほぅと溜め息がこぼれた。
なんか。
「落ち着くなぁ……」
あの高い塔は学園だろうか。ん、近くに大きな建物も見えるから多分そうだろう。
まだ多くの窓に明かりが灯っている。こんな時間まで講義を受けている学生さんがいるのかな。
「次はあたしがディオのブラッシングするね!」
「え……うん。自分で出来るけどな……」
痛い痛い! と響く悲鳴にクスリと笑って、もう暫く街を眺めた。
「あ、アイラルちゃんだ」
カタン、と窓が開く音を聞いて、目を向けると、隣の部屋のバルコニーにアシュさんがいた。
「何見てたの?」
「学園です。あの高い塔が学園ですよね?」
アシュさんはシャワー帰りなのか髪が濡れていて、肩にはタオルをかけていた。
「アシュさんは何してるんですか」
そこの部屋は空き部屋だとウィンディさんは言っていた。静かに眠れるように隣の部屋は空けといてくれたんだって。
なのになんでアシュさんがいるの?
「えー。内緒」
「むぅ……」
「嘘だよ。今ね、団長様に隠れてお楽しみ会してんの。ほら、声聞こえるでしょ」
あ、ほんとだ。開け放った窓の向こうからこそこそ話や笑い声が聞こえる。
「副団長が全員揃えるのって珍しいからね。あーあ、団長さんも酷い人だよ。いつ会っても仕事仕事なんだからさー」
ヘラヘラ笑って言う。ご機嫌なのは、もしかしてお酒が入っているから?
「私もそっちに行っていいでしょうか。副団長さんに会ってみたいです」
「いいよー。おい、お前ら、可愛いお客さんが来てくれるって」
アシュさんが部屋の中の人達に手を振ると、声を潜めた歓声が飛んできた。
そうか。ジェイさんに見つからないように私も小さな声で話さないとね。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。副団長さん達が隣の部屋に集まってるの。来てもいいって、行こうよ」
なかなか学園に行かないですね。すみません。
ありがとうございました。