マのつくケモノ
最初の目的地に着きました。今日は野宿です。てことは、あれだね。キャンプみたいな感じでしょ。
焚き火とかするのかな! 寝袋で寝たりするのかな!
「危険だから暗くなったら馬車からでないように」
……はい。
馬車から出れないんじゃ移動中と変わらないじゃん! こんなのキャンプじゃないじゃんー!
でも暗くなるまでは外に出てもいいということだったので、長距離移動で固まった身体をほぐすためにも、ちょっと行ってきます!
「お兄ちゃんも行こうよー」
「僕はいいよ。眠い」
はい、強制連行です。お姉ちゃんも手伝ってね。
いーやーだー。と抵抗するお兄ちゃんを引っ張って馬車を出る。
「私の見える範囲にいてね」
はーい!
ご飯の支度をするというウィンディさんに手を振って出発。
森を抜けたといってもまだ木はたくさんだし、草も芝生みたいでいい感じ。子供はこういうところを遊び場にする天才なんだよ。
誰からともなく追いかけっこが始まって、歓声をあげて木々の間を駆け抜ける。お兄ちゃんもなんだかんだ言って参加している。
「待てー!」
お姉ちゃんは走るのが速い。本気で追いかけられると私はまず敵わない。
だって私は人間。あなたは獣人だもの。
「リスルー。僕ヒマなんだけどー」
「なんだと! じゃあディオ捕まえる!」
やった……休憩できる……。
お兄ちゃんを追って行ったお姉ちゃん。その間に私は木に寄りかかって休憩しよう。もう息を吸うのもしんどいよ。
あ、お兄ちゃん捕まった。早いよー。
「アイごめん。僕は疲れた」
あれ、なんでお兄ちゃん、こっちに向かってくるの!? 助けてくれた意味ないじゃん!
お兄ちゃんも獣人だから、もちろん走るのが速い。私はバタバタ音を立てて走るけど、お兄ちゃんは地面を軽く蹴って跳ねるように走るのだ。トンッ、トンッ、というように。私が何回も挑戦して出来なかった走り方だ。
しかも、これが恐ろしく速いの。
「はい。アイが鬼ね」
「お兄ちゃんズルい! その走り方は反則!」
「何とでも」
今度は順番的に私がお姉ちゃんを捕まえねば。でもお姉ちゃん、お兄ちゃんの走り方を見て「その手があったか!」とか言ってたしなー。お姉ちゃんがあの走り方をしたら絶対に追いつかないのは目に見えてる。
正攻法ではいつまでたっても鬼のままだ。
「お姉ちゃん!」
「うん?」
だからお姉ちゃんが木の下を通り過ぎるのを見計らって、魔法を木にぶつけた。
「ぎゃあ!」
葉っぱがお姉ちゃんめがけて降り注ぎ、お姉ちゃんはしゃがみ込んだ。
「な、なんか! 背中にはいった!」
「葉っぱだよ。次はお姉ちゃんが鬼だからね」
しゃがんでいるうちに肩にタッチ。逃げようとしたのだが、お姉ちゃんが立ち上がらないのに気が付いた。しきりに背中を気にしている。
「だから葉っぱだって……」
「違う! せっ……背中でなんか動いてる……」
私もお兄ちゃんも制止。よく見れば、お姉ちゃんの腰あたりの服がもこっと盛り上がっているような……?
葉っぱと一緒に落ちてきて、背中に入る動くモノなんて、あいつしかいない。あいつだとしたら服の中に入っているのはかなり大きい。お兄ちゃんを見ると、私と同じことを考えていたようだ。じりじりと後退して。
「う、ウィンディさーん!!」
「あっ! アイ、ディオ!」
半泣きのお姉ちゃんを残して、助けを求めて走りました。お姉ちゃん、私達だけじゃどうにもできないこともあるのです。特に、特大サイズの毛虫なんて。
ウィンディさんが駆けつけた時には、お姉ちゃんの涙腺は決壊寸前でした。
「う、うう……登ってる……背中……」
お姉ちゃん実況しないで! 想像しちゃうから!
なんでこんなことになったの? というウィンディさんの問いに、お姉ちゃんが震える声で説明する。
「……それで、アイに、背中に毛虫いれられた……っ」
うう、実際私の仕業だから何も言えない。
ウィンディさんが服を捲るのを、意を決して見守ったのだが。
ころん。
「あら」
服の中から転げ落ちたそれは、毛虫なんかじゃなかった。
赤茶色の身体、キツネのような三角耳。身体の半分はリスを彷彿とさせる尻尾だ。大きさは私の手のひらに収まってしまうほど。
落ちた衝撃で目を回したのか動かない。尻尾を抱きかかえるようにしてボールと化している。
「かわいいー!!」
さっきまで怖がっていたのも忘れて、赤茶色の動物に顔を寄せた。
「何これ」
お兄ちゃんがつついても起きる気配はない。怖がって損したとお姉ちゃんは頬を膨らます。
「これは魔獣の子供ね」
「まじゅう?」
ウィンディさんは腰に手を当てて、私達と動物を見下ろす。
まじゅう。マのケモノ。
このかわいいのが、魔獣? 落ちただけで気絶してるけど、魔獣? 魔獣ってもっと大きくて怖いのじゃないの?
「こんなに害が無さそうな魔獣は、私も始めて見るわ」
「ん、アイ、ディオ! 起きたよ!」
危険がないと判断したウィンディさんは、ご飯が出来たら呼ぶから、しばらくしたら森に帰してあげて、と言って馬車に戻った。
起きた動物——魔獣を、逃げるかな、と無言で観察。
しかし、魔獣はぐるりと私達を見回すと、なんと尻尾の毛づくろいを始めた。抱えた尻尾を丁寧にお手入れする。
「ぜんぜん私達のこと怖がらないね……」
そーっと手を伸ばして、人差し指で頭を撫でた。
これにはさすがに毛づくろいをやめて、黒いお目目で私をじっと見つめてくる。
「ぷきぃ」
「あ。鳴いた」
え、何、お兄ちゃん。今の気の抜けるようなのが鳴き声?
な、なんだ! このかわいい生物は!
ありがとうございます。




