この良き日に
空は快晴。放牧地に吹く風は穏やか。お庭の花は満開だ。
まるで今日の旅立ちを祝福してくれてるみたいでしょ?
石の羊に語りかけ、首から下げた。
「アイ」
大きなリュックサックを背負うのではなく抱きかかえたお姉ちゃんが、早く準備して、と通り過ぎ様に言う。
大丈夫。この羊で準備完了だよ。
お兄ちゃんはどこに行ったんだろう。もう外に出ちゃったのかな。
最終確認、忘れもの……なし!
「お待たせ!」
お庭では私以外の家族が待っていた。荷物を馬車に乗せているところ。
今日の馬車はいつものお買い物用の馬車とは違う。大きさは倍以上。馬車を引く馬は二頭。乗り込む扉には四つの異なる宝石に囲まれた大木の紋章が。これは王家の紋章だ。
というのも、実は王都への旅は国の保護の下、ということになっている。
私の魔法が王様の耳にも入ったとか何とかで、絶対に私に怪我をさせることなく王都までつれてくるように、と王様はご命令なさったそうな。
話が壮大すぎて、正直実感がわきません。
私は農場生まれの三つ子の一番下という、ただそれだけの平凡な人生を送っていくつもりだったのに。いきなり王家の護衛付きとか言われても。しかも、この流れからすると、王様は私に会うつもりだよね?
「アイラルの鞄でおしまいだね」
お父さんが私の鞄を馬車に詰め込む。
「サッシャにお別れしておいで」
お父さんは先程から言葉が少ない。たぶん余計なことを言うと泣いてしまうからだ。鼻をすすって目をこすっているのを私は見た。
だから私も余計なことは言わずに、サッシャ君のところへ向かう。
「アイ、いつもの頼む」
「うん」
風の玉を作ってサッシャ君にむけて差し出す。
お兄ちゃんは私が魔法で会話できるとわかった頃ようやく動物嫌いを克服してきた。でもまだサッシャ君にしか近付かないけど。
サッシャ君が口を風の玉に入れると声が聞こえてくる。
『私が王都までお送りしたいところですが、仕方ないですね』
「王様の家来の人が街を出たところから護衛してくれるの」
『そこまでは三人だけで?』
「お父さんが来てくれる。あの馬さん達はサッシャ君みたいに、勝手に丘の下までつれてってくれないでしょ」
私の会話を聞くふたりは不満げだ。
私にはサッシャ君の声が聞こえるけど、ふたりには私がひとりで喋っているようにしか聞こえないのだから。
学園で魔法を学んだら、この力は上達するだろうか。ふたりにサッシャ君の声を聞かせてあげられればいいんだけど。
「アイ。サッシャにいってきますって言ってくれる?」
「僕は、すぐに帰ってくるって伝えて」
ふたりの言葉は私が代わりに伝える。
『ふたりともお元気で、とお伝えください』
「お元気で、だって」
もう一度サッシャ君に別れを告げ、今度はお母さんのところへ。
お母さんとはここでお別れ。本当はお母さんも護衛さんとの合流地点まで来たいはずだけど、荷物のせいで私達三人しか乗り込むスペースがないのだ。
「むこうに着いたらすぐに連絡をちょうだいね。王都に着くまではなるべく馬車の外に出ないこと。特にリスル、いいわね? 学園では先生の言うことをよく聞いて。最短で卒業するんでしょ? それでも無茶はしないで……」
お母さんは泣かなかった。
馬車に乗り込んで、お父さんが御者台で手綱を持って、二頭の馬が進み始めても、決して泣かなかった。笑顔で手を振っていた。
私達は窓から顔を出して手を振った。いつかは危ないと怒られたけど、今日は何も言われなかった。
だんだん小さくなっていくお母さんに、お姉ちゃんは声を殺して泣いた。お兄ちゃんは何も言わず窓の外を見ていた。
私はガタガタ揺れて乗り心地の悪い馬車の中、考える。
私が転生したのは、誤解されっぱなしだった人生をやり直すためだ。学園に通うことになった今こそ、それを実行する時。
必ず、社交的でかわいい女の子として楽しい学園生活を送らねば、転生した意味がなくなる。また目つきが悪いだの怖いだのと言われるわけにはいかないのだ。
「あたしは、闘技学部で強くなって……一番で卒業するわ、絶対……!」
「……じゃあ僕は王国歴史学部の一番だ」
「私は楽しい学園生活を」
「……は?」
まったく空気の読めない誓いを立てたことに気づかないくらい、私は燃えていた。
もふもふはしばらく我慢! まずは応用魔法学部で人間の友達を作る!
あ、勉強は……目が悪くならない程度にしないとね。もし視力落ちたら、今度こそ怖がらずにコンタクトにしないとなー。でもこの世界にコンタクトがなかったら。やっぱり勉強は控えめにして……。
「ディオ……アイが変」
「うん。感動台無し。……楽しい学園生活って、なんで?」
この後、お兄ちゃんによる謎のお説教を受けるまで、私の学園生活妄想は続きました。
な、なんで? 私、何か変なこと言った? お兄ちゃん目が怖いって!
ありがとうございます。




