雪の日のこと2
お、お姉ちゃん? 今なんとおっしゃいました?
「広場にいけば、ゆきがっせんできるよ。ねえ、アイもいっしょに行こうよ」
「アイラルちゃん、だれとお話してるの…?」
「あ……リリー」
ほら、どんどん事態が悪化してるじゃん。私が帰ってこないのを不審に思ってか、リリーがテラスに出てきてしまった。
「……アイラルちゃんのお姉ちゃんと、お兄ちゃん」
リリーの目は、なぜこんなところに?と言いたげだ。
「リスル。もうあきらめようよ」
お兄ちゃんが言うけど、こんなことで諦めるようなお姉ちゃんではないことは、知っているはず。
戸惑うリリーの手をお姉ちゃんは、きゅっと掴む。
「リリーもゆきがっせんしたいよね? リスルたちね、これから広場にゆきがっせんしに行くの。リリーも行こ」
こらこら。リリーを巻き込まないで。
こんなにいい子を先生のお説教の餌食にするわけにはいかないし。
リリーだって、脱走のお誘いなんかに乗るわけ……。
「いいの……? 行きたい……!」
「リリー!?」
行くの!?
お姉ちゃん遠回しに、こっそり抜け出そうって言ってるんだよ?
靴とって来るね、ってお姉ちゃん! お兄ちゃんも諦めた顔にならないで!
リリー……なんでこんな時に限って積極的なのさ……!
結局、決行された脱走。お姉ちゃん発の作戦は至極単純なものでした。
門を乗り越えていくだけ。
しかしこれが思ったより大変で。
「リリーがんばって。もうちょっと!」
獣人には簡単でも、門は身長より高いわけで、人間組には同じようにはいかない。特にリリーは、お姉ちゃんお兄ちゃんと駆け回って鍛えた私とは違って、門を超えた時点でもう疲れが顔に出ていた。
脱走、しちゃったけど、先生見てなかったよねー……?
追いかけてこないから見つかってないと思うんだけど。
「リリーちゃん、ぼくと手つなぐ?」
雪に足を取られて遅れがちなリリーにお兄ちゃんが手を差し伸べる。
私はお姉ちゃんに手を引いてもらって、雪道をずんずん進んでいきます。もう幼稚園があんなに遠くに。
お兄ちゃんも今ではなんだか楽しそう。という私も、悪いことをしているという意識はあれど、ちょっと楽しくなってきてたりする。
雪合戦、楽しみだな。
大人しく待機していたサッシャ君のそばを通り過ぎた時、利口なユニコーンはこちらをじっと見ていた。何か言いたげな目をして。
ごめんね、サッシャ君。
「ディオ、この道どっちだっけ?」
「あっち……だと思う」
家が増えてきて道も複雑になってきた。先頭を行くお姉ちゃんは度々後ろを振り返る。
でも仕方ない。
子供たちだけで歩く道は、お母さんについていくだけで目的地に着けるお買い物の時とは、まるで違う場所のよう。この道、こんなに長かったっけ? まだあのお店は見えてこないっけ?
次第に言葉少なになっていく一同。
知っている場所のはずなのに。
「リリー……ここ、来たことある?」
私が尋ねるとリリーは首を横に振った。
私たちは年に数回しかお買い物に下りてこないから…リリーなら道に詳しいかと思ったんだけど。
子供だけで歩いている私たちに、周囲の人は不思議そうな顔をして通り過ぎていく。
「もうかえったほうが……」
冷静にお兄ちゃんが忠告するも。
「リスルまよってないもん! 道知ってるもん!」
お姉ちゃんは意地になっているようで、お兄ちゃんを睨み付けて、ひたすら当てもなく歩く。
このあたり、もう見たことない。
もしかしなくても、これは……遭難?
「おねーちゃん……」
「帰らない! アイきらい!」
き、嫌い……? お姉ちゃんに嫌いと言われる日が来るなんて、ショックでくずおれそう。
……だけど、お姉ちゃんも必死なんだよね。私とリリーに怖い思いをさせないように。
路地に入ったお姉ちゃんを追いかける。
よし、私もお姉ちゃんを不安にさせるようなことは絶対に言わない。そう誓った時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、若い黒髪男性。
「君達、迷子かな? 幼稚園の子達だよね。どうしてここにいるのかな?」
リリーが私の後ろに隠れる。
「ゆきがっせん、しに来たの」
さらにお姉ちゃんが私達を隠すように立つ。
「そう。でも先生はどうしたの? 君達だけで来たの?」
「う、ん。リスル達だけ」
見た感じはいい人。だけど妙ににこにこしているのが不気味。最前線で話をしているお姉ちゃんが心配だ。
「そっちの緑色の髪……君はなんて名前?」
リリーはビクッとして私にしがみつく。
「珍しい髪の色をしているね」
そう言ってじりじりと近づいてくる。同じ速度でリリーは男から離れる。
こいつ、ヤバイ人だ。
頭の中で警報が鳴っていた。
男は私やお兄ちゃんには見向きもせず、リリーに手を伸ばした。
「いやっ!」
バシャ!
「おや、悪い子だね。冬に水なんて」
男の髪から水が滴る。
これはリリーの魔法。恐怖で反射的に魔法の水を投げつけたらしい。
今のうちに! と、リリーに駆け寄ろうとしたのに。おかしい。足が動かない。その場に張り付いてしまったかのように、足が持ち上がらないのだ。
「リリーにげて!」
しかしリリーは動かない。私と同じように足が動かないようだ。
なにこれ、あいつの魔法!?
全員がその場から逃げられないようにされてしまった。
「…や、やだ! アイラルちゃん!」
男がリリーの腕を掴んだ。
このままだとリリーが連れて行かれる。攫われる。
自由な両手で咄嗟に魔法の玉を作った。しかしそれはあまりにも弱々しいもの。
こんなものを投げても、あいつの濡れた髪を乾かすくらいにしかならない。
逃げることもできず、反撃することもできず、ただ玉を持ったまま大声で叫んだ。
「だれか、たすけて!!」
手の中の風が強く、震えた。
やっと物語が動き始めた気がします。
お気に入り登録がすごい勢いで増えていて、あわあわしてます。
ありがとうございます。