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僕のいる世界いない世界

 数年前、僕はウェブ小説を投稿するサイトを偶然知った。日記を書く習慣は子供の頃から続けているし、文章を書くのは好きだったから、なにげで投稿し始めてみた。どうせなら読者は多い方が楽しい。そう思った僕は、そのサイトで人気なのが、ファンタジーだと知るとそれを書き始めた。

 題材は戦記もの。でも、ただ架空の世界の戦争を描くのじゃつまらない。だから僕は、現実世界をモデルにすることにした。現実に存在する国々。アメリカ、中国、韓国、ヨーロッパ、そして日本。明らかに実在の人物がモデルだと分かる登場人物も複数人出して、皮肉や揶揄や風刺を効かせてみたり、時にはアイドルや人気作家をモデルにした人物を起用して読者に媚びてみたり。

 その世界は不景気に陥っていて、後進国の経済成長に頼ろうとしているのだけど、後進国が成長してくると、今度は資源の枯渇が問題になって、物資が不足してくる。不景気の問題とも重なり、そのわずかな資源を巡ってやがて戦争が起こる。もちろん、そこはファンタジーな訳だから、魔法だとか超戦士だとかドラゴンだとかが多数出てくる。ただし、それを現実の兵器に当て嵌めが可能な書き方にもしたのだけど。

 物語として楽しめるとなると、やっぱり自分達を正しくして相手を悪く描いた方が良い。だから僕はそうした。

 投稿し始めてしばらくが経つと、僕の小説は徐々に人気を獲得し始めた。僕の狙い通りに。どうやら熱狂的なファンもかなりの数ついたようだった。現実の世界をモデルにしたのが良かったのか、僕の小説はファンタジーファン以外の読者の獲得にも成功した。こういったエネルギーを初めとする資源の奪い合いによって起こる戦争は、現実世界でも懸念されている。きっとその微妙な繋がり具合が良かったのだと思う。不況下の不満、ストレスの解消を僕の小説に求める人もいるみたいだった。

 戦争を起こして、資源を略奪すれば自分達の生活も楽になる。そして、その相手は悪い国で、それを打ち滅ぼす自分達は正しい戦士。

 そんな有り得ない現実逃避の空想に浸る道具にも僕の小説はなったんだ。

 そうして僕の小説が人気を獲得していく中で、現実世界も少しずつ戦争に向かい始めていた。貧困と資源の枯渇。そういった事が起こる時代には、必ず紛争が伴う。充分に予想できる事ではあったけど、僕は自分の先見の明を誇らしげに思った。僕の小説は、色々な場所で紹介されて、少なからず右翼の人達からも指示された。そうした中で、戦争に向かう雰囲気は加速していった。

 自衛隊で戦闘が行えるようにする為の憲法改正、実際に海底資源を巡る紛争が起き、敵意が外に向かい始める……


 ……そんなある日。僕は奇妙な人物と巡り合ったのだった。その人物にはまるで高橋葉介の漫画にでも出てきそうな怪しさがあって、魔法使いかさもなくばマッドサイエンティストかといった雰囲気を醸し出していた。その怪人物は野原にいて、何かの発射台のようなものの横に立ち尽くしていた

 あまりに奇妙な光景だったものだから、僕は思わずマジマジとそれを見つめ、「なんだこりゃ」とそう発言してしまった。すると、その人物は少し驚いた顔をして僕を見るとこう言って来たのだった。

 「なんだい。どうにも、パッとしない奴が釣れたな。こんな奴が世の中に影響を与えているはずがない。失敗したかな?」

 僕はその言葉に少しムッとなった訳だ。それでこう返した。

 「ずいぶんな事を言うな。こう見えても、インターネットの世界じゃちょっとは名が知られているんだぜ」

 「ほぅ、インターネット。何をやっているんだ?」

 「ファンタジーな戦争小説を書いてる。自慢じゃないが、かなりの読者がいる」

 「ほぅほぅ。そいつは面白い。いや、良かった、良かった。どうやら、失敗じゃなかったらしい」

 僕はその言葉に訝しげな視線を向けた。すると、その人物はこう言って来る。

 「なに、こっちの話さ。気にするな。それよりお前さん。この発射台に乗ってみないか? お前さんが、お前さんの言う通りに世の中に影響を与えているというのなら、面白いことが起こるぞ」

 「面白い事?」

 「お前さんのいない世界にいけるのさ」

 僕のいない世界にいける?

 僕はそう言われて不思議に思った。僕がいる時点で、そこは“僕のいない世界”じゃないはずだ。その言葉には矛盾がないか?

 その人物は僕の表情を見抜いたのか、それからいかにも面倒くさそうにこう言った。

 「とにかく、乗ってみれば分かるさ。言葉で説明するよりも、実際に体験してみるのが一番だからな。

 さぁ、乗った乗った」

 そんな感じで、強引に促されて僕はなんとなくその言葉に従ってしまった。発射台は、少しはメカニカルな感じがしないでもなかったけど、動力が何なのか分からないし、それに小さい。とてもそんな事が起こりそうには思えなかった。だから、真に受けた訳じゃなかったのだけど。

 しかし、

 その発射台に足を踏み入れるなり、いきなりそれは起こったのだった。


 ドンッ!


 という物凄い音が響くと僕は空に向かって投げ出されていた。上空に向かって、突き進んでいく。僕はあっという間に点になり、空の向こうに消えてしまった。そして。

 そして、僕はその光景を地上で見ていたのだった。僕が大空の点になり消えていく光景を。

 あれ?

 という事は、ここにいる僕は誰だ?

 見てみると僕の身体は、透明になっていた。手も足も透けている。なんだこれ?

 「ほれ、お前さんのいない世界に来たぞ。お前は、空の向こうに消えた」

 戸惑っている僕を見て、目の前の怪人物はそう言った。その言葉の意味を、よく染み込ませると僕はそれにこう返す。

 『ちょっと待ってくれ。それって、単に僕がこの世界から追い出されたって事じゃないか!』

 「ほぅほぅ。どちらでも同じ事さ。それにこの世界から消えたのは今のお前さんだけじゃないぞ。過去のお前さんも消えた。つまり、文字通りこの世界はお前さんのいない世界なのさ。お前さんがいなければ、こうなっていただろう世界」

 そう言うと、怪人物はいたずらっぽく微笑んでから、こう続けた。

 「ちょっとそこらを散歩してみるか」

 そう言われて、まぁ慌てても仕方ないかと思った僕は、少しこの世界を見物してみる事にした。歩き始めてみる。僕のいない世界。そう言われると不思議な気がしてくる。と言っても、僕のいた世界と特別変わった点は見当たらなかった。ただ、大きな公共施設での工事が目立っていたけど。どうやら、太陽電池を取り付けているらしい。そこではたくさんの人が働いていた。

 何にも面白い点なんかないじゃないか。僕はそう思う。しかし、街角の電気屋で流れているテレビのニュースを見て、僕は驚いたのだった。僕の世界では確かにあったはずの戦争の気配が、この世界からは消えていたのだ。微塵も感じられない。その代わりにエネルギー問題を解決すべく、世界各地で太陽電池や風力発電が競うように建設されて、原料価格が高騰しているだなんだと放送されていた。

 どういう事だ?

 僕は戸惑う。どうして、僕がいない世界には戦争の気配がないんだ?

 そう思ってから気が付いた。


 ――もしかして、あの小説か?


 「ほぅほぅ。どうやら気が付いたようだな。お前さんは、未来を予見した気になったいたようだが、実際は違う。逆だ。お前さんの小説が戦争のある世界を招いたのさ」

 怪人物がそう言う。

 そう言われて僕は微かに震えた。

 「どうやら、自分のしてきた行いの重大さに気付いたようだな。たくさんの人に小説を読ませて、それで何も関係なしにいられる訳がないだろう。お前さんが何をするかで、世界は良くも悪くもなるさ。

 昔から、本当に昔から。それこそ神話の時代から、物語はイデオロギーの生成に利用されてきたんだ。自分達にとっての都合の良い、気持ちの良い物語に耽って、他の国の人間を侵略し支配する。

 お前さんの書いた物語は、まさにそんな物語だった。人々に娯楽を与え、気分を高揚させ、そして戦争へと導いた」

 僕は真っ青になっていた。一体、僕はなんて事をしてしまったんだ? 

 「ふん、後悔しているらしいな。

 なら、どれ、そんなところで、そろそろ元の世界へ返してやろう」

 その怪人物がそう言うと、いきなり僕の視界は変わった。大空を物凄い勢いで飛んでいる。というよりも、落ちている。そう。これは弾き飛ばされた方の僕だ。僕の目の前には僕のアパートの屋根が見えた。

 激突する!

 そう思ったのだけど、僕はアパートの屋根をすり抜けて、そのまま自分の部屋へと落ちていった。自分のベッドの上へと着地する。不思議な事に衝撃はそれほどでもなかった。

 部屋の中を見渡してみる。いつもと同じ部屋の光景。ただし、パソコンが点けっ放しになっていて、その画面には書きかけの小説が映っていた。

 僕はその前に座ると考える。

 この話をなんとか戦争を起こさない話に変えられないだろうか? 登場人物達は、戦争を防ぐ為に努力するのだ。もっとも、そんな話が人気を獲得できるとは限らない。でも少なくとも、自分がいる世界がより悪くなるよりはマシだろう。

 僕がいる世界が悲惨で、僕のいない世界が平和だなんて、それじゃまるで僕が諸悪の根源みたいじゃないか。

 僕は考える。

 戦争は資源の奪い合い。なら、奪い合うという構図を作らなければ良い。そんな構図が生まれない社会体制、状況はどんなものだろう? 登場人物達はそんな事を考え目指す、登場人物達は、煩悶し葛藤し、そして状況を一歩一歩良く変えていく。そして、その登場人物達の行動で、現実の世界の人達も……。


 ずっと前に村上春樹が、インタビューでこんなような事を言っていたのを覚えている。『1Q84』が大ヒットした後の話だ。

 “売れた量は問題じゃない。伝わったかどうかが問題だ”

 正確にこんな表現だったどうかかは忘れたが、今はその言葉の意味がよく分かる。そして、僕はこう付け足そう。“何を伝えるのかも問題だ”。もちろん、あなた自身が。

 まぁ、僕なんかが精一杯努力したところで、たかが知れているかもしれませんが。

 もっと人気のある、世の中にいるたくさんの方々が、努力すれば… と、少し僕は願っちゃったりもします。


 自分がいる世界といない世界。良くなっているか悪くなっているか変わらないか。あなたならどれが良いですか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分ひとりで世の中が良くも悪くも変わるという事は、すこし怖いかもしれません
[一言] 自分の小さな行動でも、もしかしたら社会を大きく変えるきっかけになるのかもしれない。そんな希望を感じさせてくれる作品でした。 自分一人が行動しても何も変わらない、ではなく、何か変わるかもしれな…
感想一覧
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