転生先はガチャ次第──売れない女優、悪女役を極める──
ガチャガチャ、……ゴトン。パカッ。
「また、ざまぁキャラ……」
周囲が固唾を飲んで見守る中、手の中の紙片を握り締め、その女性はがっくりと肩を落とした。
世はまさに、大「転生」時代。
「ニッポン」という国で生きていた平凡な「オーエル」が、目が覚めたら「オトメゲーム」の中の悪役令嬢に転生していた。
悲劇的な場面で生命を落としかけ、あるいは実際に生命を落とした無実の貴族令嬢が、意識を取り戻した瞬間、過去のある時点に戻っていた。
社会に馴染めず苦労していた青年が事故に遭った瞬間、別世界で、無敵の能力を備えながらも冷遇される魔法使いになっていた。
様々な人間の生が交差し、入り乱れ、逆行し、先行し――人の生命、具体的には輪廻転生を司る神は、発狂寸前だった。
「……無理だって、管理しきれない!」
生を終えたり、一時的に時間を止めた者が、別の人物の生に赴くことは、これまでも多々あったこと。
けれど、現在のように、その向かう先に「創作の世界」があることは珍しかった。必死に交通整理をしながらも、慣れない行為に、万能たる神ですら戸惑う事態だ。
初めのうちは性別や年齢、何よりその世界観への親和性――その創作世界に馴染みがあるか――などを考慮して転生を導いていたが、次第に世界観は大渋滞。今ではもう、くたびれた「サラリーマン」が「ショタ公子」に生まれ変わったり、「シャチクオーエル」が「龍の番」に生まれ変わったり、しっちゃかめっちゃか、何でもござれ状態だ。
すっかり疲弊した神は、「ガチャ」という仕組みに頼ることにした。転生を必要としている登場人物の名前を、一枚ずつ「カプセル」に入れて、転生者自身に引かせるのだ。そうやって当てたキャラに、順次転生させていく。
この「ガチャ」システムを教えてくれた「ショウガクセイ」には感謝している。おかげで管理が随分と楽になったものだ。
さて、そもそものんびりと人の生命を繋いで、気の遠くなる時間を過ごして来た神が、急にこんな目の回るような日々を送る羽目になったのには、理由がある。
元々は、「サクシャ」の好みと大衆受けのため、不幸な目に遭う人物を、とある上位神様が憐れんだことがきっかけだった。
否、単なる情だけではなく、たとえ創作といえど、「世界の不均衡」が重なればどこかで重大な破綻が起こり、他の世界へ悪影響を及ぼすことを恐れたその神が、調整を図ったのだ。
ただし一箇所で調整をすれば、別の世界に歪みが出る。それをまた調整し、また次……と状況は錯綜。その上位神は早々に音を上げた。
「ちょっと、俺の代わりに色々良い感じに辻褄合わせといて。お前、創作世界転生の専門神に任命するから」
その神の系列下にあり、序列も底辺にいる「輪廻転生の神」が絶句したのも無理はないほどの、華麗な無茶ぶりだった。
内心でどれだけ悪態をつこうと、上位神の言うことは絶対。神は渋々、「世界観に影響を与えそうな」人物のピンチを見つけると、転生を待つ別の魂を派遣していった。
転生を待つ魂がどんな理屈でその神のもとに送られてくるのか、神自身は知らない。それは人の業と処罰を司る、別系統の神の領域である。
けれどその中に、前世で何をやらかしたのか、やたらとどこかの世界へ生まれ変わっては戻ってくる女の魂があった。
彼女は何かの冗談のように、「ザマァキャラ」の役割を引き続け、呆気なく舞台から退場させられたり、酷い場合は処刑されては、この空間へ戻ってくる。先程も、「悪役」とされた主人公を貶め、聖女の座を奪おうとして、最終的には断罪される「ヒロイン」の生へと向かっていった。主役級ばかりではなく、「主人公への悪意から偽証し、あっさりと見破られ袋叩きにあう『モブキャラ』」まで引き当て、次の誰かがガチャを引くまでの瞬きの間に戻ってきたこともある。
今ではすっかり、この空間の有名人だ。神がその存在を覚えてしまうほどに。
(もういい加減、帰ってくるなよ……)
けれど神の願いも虚しく、彼女はまたすぐに、その姿をこの空間に現したのだった。
希実は女優だ。
ドラマや映画で主演を張るような有名女優――ではない。残念ながら。
普段は小さな劇団に所属し、そこでもサブキャラの座を争いながら、一方でテレビ仕事の端役を次々こなしている。もちろんそれだけでは食べていけず、居酒屋バイトや倉庫作業派遣業などで生計を立てていた。
……はずなのだが。
ある日目が覚めたら、真っ白なだだっ広い空間に、謎のガチャが一台だけ置かれたこの場所に立っていた。周囲には、老若男女様々な人、人、人。彼らは順番にそのガチャを引いては、ふっと光に包まれて消えていく。
その現実離れした光景に度肝を抜かれていた希実も、気が付けば何かに操られるように、そのガチャを回していた。
「『ヒロインをいびり倒す、義理の妹?』」
出てきたものは一枚の紙片。そこに書かれた文字を読み上げた瞬間、希実は、撮影セットのような豪奢な洋館の中に居た。
身に纏うのは淡いピンクのドレス。結婚式の参列者として着るようなものではなく、引きずるほどの長さの裾がふんわりと広がった、いわゆる中世ヨーロッパ風のものだ。
エクステやウイッグを付けやすいよう、ショートボブにまとめていたはずの髪が、するりと肩から流れ落ちる。腰までありそうなゆるふわウェーブの、ストロベリーブロンド。
(あ、これ、まさか)
バイトの休憩時間の暇つぶしや、眠れない夜のお供にネット小説を愛読していた希実には、ピンと来る状況だった。いわゆる、異世界転生。
(正ヒロインか、悪役令嬢を貶める偽ヒロインか……)
世界観には残念ながら、思い当たる節はない。有名どころではないか、あるいはこれから世に出ようとする作品か。
(とりあえず、物語を進める中で判断するしかない)
早々に覚悟を決め、希実は物語世界に一歩を踏み出した。
結論から言うと、そのキャラは見事にざまぁを食らう偽ヒロインだった。
侯爵令嬢である自分と血が繋がらないと義姉を蔑んで来たが、その正体は王族のご落胤、しかも国の護り手となる結界師であったという。そんな人物を不当に扱った結果、国家反逆罪に問われたのだ。
盛りだくさんの設定に目を白黒させているうちに、あっさりと希実――正確には希実が扮した悪役少女――は断頭台の露と消える。悪あがきをする暇もなかった。
そして希実の意識は再び、先程のガチャ空間に戻っていた。頭の中に響き渡る、気怠げな声に否応なしに促され、訳も分からずガチャ列の最後尾に並ぶ。
そうして希実が再び引いたのは、
「『ライバルをことごとく陥れる、小悪魔系皇妃』……?」
読み上げた途端、今度は派手な朱色や黄色、翠に彩られた、木造の大きな建物に囲まれていた。
頭が妙に重いのは、複雑に結い上げられた黒髪にこれでもかとさされた簪のせいか。胸の下で結われた帯、そこから落ちるひらひらとしたスカートは、後宮ものの小説の挿絵でよく見る衣装だ。
(今度は中華ファンタジー系……?)
まるで統一感のない世界観に困惑していると、パタパタと軽い足音を立てて近寄ってくる人影がある。まるで聞き覚えのない名で呼ばれ、希実はキュッと眉根を寄せて振り返った。
「まあ、淑妃様! どこかお加減でも? いけませんわ、高貴な御身に何かあっては……!」
そう叫んだ女性に瞬く間に寝台に放り込まれたと思ったら、またストーリーは凄まじい勢いで流れていく。あっという間に皇帝の子を身篭った妃の毒殺未遂犯として糾弾され、早くも強制退場を食らった。「高貴な御身」と呼ばれたが、自分がどういう立ち位置の人間であったのか、知ることすら出来なかった。
そこからはもう、どこかで見た光景が延々と繰り広げられる。
列に並ぶ。ガチャを引く。親友のフリをして常に傍に張り付き、とある伯爵令嬢の婚約者の略奪を企む伯爵令嬢Aになる。
またガチャを引く。王太子を誑かして婚約者の座に収まり、滅ぼされた祖国の復讐を企む平民Bになる。
更にガチャを引く。今度は主人公に嫉妬し、『主人公がライバルを虐めている』ように見せかける嫌がらせ工作を繰り返す、子爵令嬢Cだ。
主役級、脇役問わず、引き当てるのは全て「悪役」。「敵役」と言っても良いか。どの役を引き当てようとも、数日から長くとも数週間のうちに処刑され、断罪返しを食らっては、謎の空間へ逆戻りする。しかも自我は保ったまま、他の世界で経験した記憶も薄らと残したまま。
心の弱い人間であれば、気がふれていた可能性すらある。辟易とするだけで済んだのは、希実が曲がりなりにも「女優」であったためだ。誰かの生をトレースし、その人物になりきることは、彼女の日常であったから。
(でも、もういい加減に、解放されたい……)
この空間に迷い込んで、もうどれくらいが経過したのか。あまり仲が良いとは言い難いが、それでも劇団の仲間や家族に会いたい。学生時代からの悪友たちと、下らない話で盛り上がりたい。ジャンクフードやコンビニスイーツを満喫したい。
それに何より、悪役ばかりなのは、さすがに堪える。
人に憎まれ、糾弾され続けるのは、いくら図太い希実とはいえ限界だった。
(次こそ、次こそは愛されヒロイン役を……!)
悲壮な顔で列の最後尾についた、その時だった。
「おい、お前」
「……ふぇあ、はいぃっ!」
不意に間近で顔を覗き込まれ、希実は文字通り飛び上がった。この空間では人の姿は数多見かけるものの、話しかけられたことは初めてだ。
(この声、ずっと頭の中で聞こえてた……!)
目を見開く希実を覗き込むのは、一風変わった青年だった。十代と言われても三十代と言われても納得してしまいそうな、年齢不詳の抜群に整った相貌。強いて言うなら高校時代の歴史の教科書に載っていた、ギリシャの彫刻のようなその顔を、希実はまじまじと見つめた。
青年は不機嫌そうに顔を顰める。
「お前、いつまでここにいるんだ。何度も何度も戻って来て。転生していったんじゃなかったのか」
「そう言われましても……」
希実が度々「転生」したことは知っているようだが、そこでどんな生を送ったと思っているのか。行き着く先行き着く先全てが「秒で退場させられる悪役」で、気が付けばここに強制送還。好き好んでループを繰り返しているわけではない。
物言いたげな希実には構わず、その男は横柄に続けた。
「物好きな人間もいたものだな」
無理解なその発言に、希実の堪忍袋の緒はついに、盛大な音を立ててぶち切れた。
「……あのねぇ。誰が好き好んで、人に嫌われる役ばっか引き当てて、処刑されては帰ってくると思うのよ! なんなのあのガチャ、『悪役千本ノック』でもやらせる気!? あんな性悪キャラの役しか入れてないの、そっちの趣味じゃないの? というかもう、充分付き合ったでしょ!? さっさと元の世界に帰してよ!」
腹から鍛えた声でまくし立て、だだっ広い空間に、希実の声はわんわんと反響した。あまりの勢いと声量に、眼前の男が固まっている。
男は恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……千本……ノックとは……なんだ?」
「いや引っかかるとこそこじゃないでしょ!?」
渾身のつっこみを入れ、希実はぜいぜいと肩で息をする。男は目を丸くしたままだったが、希実の目に薄らと涙の膜が張っていることに気づき、バツが悪そうに目線を逸らした。
「あー……役は、その、やはり悪役は需要が多くてな……。主人公とその恋人役を輝かせ続けるために、障害は多ければ多い方がいいと、シリーズ化の度に新しい悪役を出してくるヤツもいるし。世界を破綻させないためにも、変な手心を加えたり、私怨を晴らそうとしたりせず、主人公を上手く導ける『悪役』役は貴重なのかと……」
「……意味分かんない」
「つ、つまり、お前は重宝されてるんだろう。俺はここに来た人間を、創作世界の別の生に送り出す役目しか担ってないから、よく分からんが。……その、確か、『名バイプレイヤー』とか言うんだろう?」
(……何で知ってるの?)
思えば、外見は王道西洋系なのに、なぜ日本語で会話が出来ているのか。ガチャなど日本の文化にも詳し過ぎる。一体、この人物は何者なのか。
訝る希実に、しかしその男はぎこちなく笑い掛ける。
「ほ、ほら、お前の番だ。早く引いてみろ。今度はお前の望むような役が出る……かも、知れない」
しどろもどろの言葉に眉を顰めるが、身体は何故かガチャマシンに向かってしまう。
(ああもう、なるようになれ!)
半ばヤケクソのように内心で叫び、希実はマシンを動かした。
「……センパイ、希実センパイ!」
まず目に入ったのは、正方形の模様の白い天井だった。横長の蛍光灯が柔らかい光を放っている。
「……あれ、ガチャがない……」
「何言ってんですか」
ひょこりとこちらを覗き込んできたのは、先程の西洋系イケメンではなく、見慣れた女性の顔だった。
「ゆ……結花?」
彼女は同じ劇団に所属する、二歳下の後輩だ。広報や衣装の手配などの裏方として入団してきたが、社会性や実用性に乏しい役者たちの生活をサポートする、マネージャーのような役を自主的に務めてくれている聖人である。
何故彼女がここにいて、自分の顔を覗き込んでいるのか。理解できず、目を瞬かせる希実に、結花は大きく溜め息を零した。
「もう。いくらオーディション10連敗したからって、やけ酒の挙句酔い潰れて、真冬の公園で爆睡するなんて。何やってんですか。よりによってこの冬一番の寒波襲来の日にですよ? ここに運ばれて来た時、センパイ低体温症になりかけで、それなりにやばかったんですからね」
「……」
全く記憶にないが、結花の頭越しにこちらを睨みつけている人の表情の渋さを見るに、事実なのだろう。服装からして看護師、そしてここは病院か。
冷ややかな視線に居たたまれない気持ちを噛み締めているうちに、看護師に呼ばれた医者によって問診と軽い検診が行われる。医者は軽く頷いたあと、何事かを看護師に告げて病室を去っていく。看護師も点滴の調整をした後に、軽く目礼して去っていった。
結花も看護師に目礼を返し、そのままベッドサイドに腰掛けた。
「さすがにご実家の連絡先までは分からなくて、入院の手配はこちらでしておきました。去年、リョーコセンパイの勧めで全員で入った入院保険、多分使えるはずですよ。後で確認しときますね。着替えとかは量販店で揃えてきたので、あとで清算させてください」
「面目ない……」
実務能力が異様に高い後輩に、希実は恐縮しきりである。ベッドの上で小さくなる希実に苦笑し、結花は「そうそう」と話を変えた。
「センパイ、こないだ箸にも棒にも引っかからなかったって言ってた、ヒロイン役ですけどね」
「……古傷を抉るな」
「スミマセン。……じゃなくて、昨日うちの劇団に連絡あったんですよ。ケータイ繋がらないからって。『ヒロインを虐める悪役令嬢役、やってみない?』って」
「……!」
今話題の異世界転生もの小説のメディアミックスの一環で、二.五次元の舞台が来年に予定されていた。希実は主役のヒロインのオーディションを受けたのだが、案の定大手事務所の話題女優がかっさらって行った。悪役令嬢役も、別の中堅事務所のアイドル歌手に決まっていたはずだ。
「あの子、こないだ週刊誌にすっぱ抜かれたんですよ。よりによって、入れ上げてたホストが半グレ集団の一員だったみたいで、無期限活休」
「あらー……」
それはさすがに、どうしようもない。
絶句する希実に、結花はにっこりと笑いかけた。
「『ヒロインらしい華やかさは皆無だけど、悪役なら意外と輝きそう』。スタッフの一人が覚えててくれたみたいですよ。良かったですね」
「……それ褒め言葉?」
希実は明け透けな結花の言葉に顔を顰めるものの、実は満更でもない気持ちになる。何より、悪役修行は嫌というほど積んできた。
(あれは夢? それとも……)
定かではないが、一通りの憎まれ役はこなしてきた自信はある。今度こそは、チャンスを掴める気がした。
あの、訳の分からない男も言っていたではないか。「変な手心を加えたり、私怨を晴らそうとしたりせず、主人公を上手く導ける『悪役』役は貴重」だと。悪役千本ノックを受けてきた今なら、自然で憎たらしい「悪女」を演じられる気がする。
(やってやろうじゃない)
拳を握り締める希実に、結花はにこりと微笑んだ。
「マネージャー役は任せてくださいね。……ギャラの四割で良いですよ」
「……」




