第3話 再訪の余韻
あの時の感動が本物だったのか確かめたくて、ここ数日、彼はいつも以上に多くのカレー店を巡っていた。
「やはり、あの店のあのカレーが理想なのか…」
その答えを求めて、彼は再びあの店を訪れた。
前回と同じ席に腰を下ろし、彼女の姿を目にする。
数日が経っていたが、二人の時間は止まったままのようだった。
まるで、時が巻き戻されたかのように。
彼は再び「普通のカレーライス」を注文した。
数分後、彼女がカレーを運んできた。
「早く…あなたの“あの食べ方”を見せて…」
彼女の胸は静かに高鳴っていた。
あの美しいスプーンの動き、ルーとライスが彼の口元へと導かれる運命。
彼とカレーが一体となる瞬間を、もう一度目にしたかった。
彼はいつものように、まずカレーを見つめ、香りを嗅ぎ、食べる体勢を整える。
その姿は、短距離走のランナーがスタートを切る直前の緊張感に似ていた。
残暑の厳しい午後、少し早足で店に入った彼の額には汗が滲んでいた。
その一粒が、テーブルに置かれた布巾に落ち、吸い込まれた瞬間——まるでスタートの合図のように、彼はスプーンを動かした。
あの時の感動は本物だったのか。
これは、彼が求め続けてきた理想のカレーなのか。
一口目を口に運んだ瞬間——
彼の心は遥か彼方、内なる宇宙へと溶け込んでいった。
一瞬、意識がふっと遠のく。
同じはずなのに、何かが違う。
同じメニューを頼んだはずなのに、前回とはまるで違う感覚。
理屈ではなく、五感がそれを感じ取っていた。
感動と困惑が入り混じり、彼の身体は小刻みに震えていた。
「すみません、普通のカレーライスを頼んだのですが…間違ってませんか?」
少し震えた声で、彼は彼女に問いかけた。
「すみません。普通のカレーライスではあるのですが…」
彼女がそう言いかけた瞬間、彼は気づいた。
「これは…まさか、一晩寝かせたカレー…!」
その通りだった。
彼女は、彼が来ることを予感していた。
カレー好きとしての本能か、第六感のようなものか——彼のためだけに、ルーを一晩寝かせておいたのだ。
彼はその行動を瞬時に理解した。
そして彼女も、彼の気持ちを理解していた。
言葉は要らなかった。
カレーとルーが混ざり合うように、二人の心も自然と一体化していた。
なんという一体感。カレーを通じて、互いがひとつになった。
半年後、二人は結婚した。




