第2話 静かな交差
迷わず「普通のカレーライス」を選んだ彼。
彼のスプーンに導かれて消えていったルーとライスは、まるで悦びに満ちているかのようだった。
SNSには残らないその光景は、彼の舌と、彼女の瞳に鮮烈に刻まれていた。
「あの人に食べてもらいたい…」
気づけば、彼女は彼の隣に立っていた。
彼はカレーの余韻を味わっていた。
食後はいつも目を閉じ、静かに反芻する——まるで坐禅のような、静寂の境地。
今日のカレーは、彼の理想に限りなく近かった。
毎日のようにカレーを食べ、数えきれないほどの店を巡ってきた彼が、求め続けてきた味が、今まさに目の前にある。
…いや、本当にこれが理想なのか?
何かが惜しい。何かが足りない。何かが——。
そんな思いがふと頭をよぎる。
だが、美味しいカレーに出会えたことは紛れもない事実であり、彼の瞑想が長ければ長いほど、それは確かな証でもあった。
そのときの彼には、周囲の気配など一切届いていない。
彼女の存在にも気づかず、ただ満足感に身を委ねていた。
彼女は思った。
彼の姿は、まさに“禅”。
悟りの境地。
彼の体内に溶け込んだカレーは、彼自身と一体となり、さらには周囲の空気までもが溶け合っているように見えた。
「この人にこそ、食べてほしい」
気づけば、声をかけていた。
「カレー、お好きなんですね」
右斜め上、頭上からの声に、彼は一瞬驚いたが、当然の問いには当然の一言で返した。
「はい」
それだけで十分だった。
二人の間に、言葉は要らなかった。
彼がまたこの店に足を運ぶことは、もはや必然であり、彼女がそれを迎えるのもまた当然のことだった。
それ以上、言葉を交わすことなく、彼は静かに店を後にした。




