9 川のヌシ釣り
「さてさて、と……」
ストラから生えてる方と、川底に置いた方。どっちも俺の体なわけだが、意識のメインはストラ側にある。だが置いた方にも感覚はあるし二つの異なる感覚も問題無く認識できる……
「(これは大いに可能性ありだな……そもそも触手は何本も出せてこそだ! よし、練習だと思って……)」
触手を荷物の方へと伸ばす。釣り竿から伸びる糸さながらに太さを変えることなく、荷物までたどり着き……
「よーし、そのまま巻き付け!」
「わかってるって……」
浮かんだ荷物は背負子のようだ。乗せたものを崩さないよう縦に巻き付き、伸ばした背負う触手を縮める。
「もっとひょいって持ち上げなよ」
「嫌だね。重いし疲れそうだ」
「疲れるの? アビリティのくせに」
「多分な」
水面に波を立たせながら荷物は近づいてくる。あと半分といったところか。にしても、これは……
「まるで釣りしてるみたいだな」
「そう? 釣りってやったこと無いな」
「こう、糸の先に餌があってよ。そんで……」
と、そう世間話をした時嫌な予感がした。それなら釣れる魚は……
「おぼあっ!?」
「びみゃっ!?」
全身を針で刺されたような痛みと同時に、ストラが奇声を上げて仰向けに倒れた。
「いってえ……おい、おいストラ? おい!?」
「あ、あ、え、れぅ……」
金髪を川の流れのままにたなびかせ、ろれつが回っていない、痺れているみてえだ。となるとこれは……
「大食らいが! 一人じゃ足りねえってか!」
水面が盛り上がり、巨大魚が引っ張っていた荷物を飲み込んだ。触手が引っ張られ水中へと伸びていく!
「おいストラ! 立て! 食われるぞ!」
「か、から、ちから、はい……」
「くっそ! 頭だけでも守っとけよ!」
体を一気に伸ばして対岸の木に巻き付け、一気に縮む。ストラを岸辺に転がし、ひとまずの安全を確保した。
「(息はしてるな、心臓も動いてる。よし……)」
獲物に逃げられた大ナマズは反転して深みに戻ろうとして、俺の触手を引っ張り続けている。あっちは所詮分体、このまま切り捨てても問題ないだろうが……
「人の女に手ェ出しといて、何もなしで返すわけ、ねえだろうがよお!」
食われた触手を荷物から解き、エラめがけて突っ込ませる。暴れるナマズに、逃がすまいと巻き付く! 向こうも相当な力だがそもそもこれは釣りじゃねえ、こっちはいくらでも伸ばせる!
「さあどうするよクソナマズがよお! このままだとテメーのエラがむしり取られるぜ!出せよ自慢の電撃を! さあさあ! ……ぐえっ!?」
強烈な電撃が体を走る。本体ではなく分隊の方だが感覚は同一、さっきと段違いの激痛に目が回る。地面に伸びた俺は……周囲から上がる歓声を聞いた。電気を生み出す動物は当然自分の電撃に対する防御はしてる。だがそれは普段の話であって、口からエラの外まで何かに貫かれた状態なんて経験はしてねえだろ!
「浮かんできたぞ!」
「凄い! やりやがった!」
痛みに耐えて体を起こすと、水面では巨大ナマズが腹を上にして浮かんでいた。俺の体を伝った電撃が内側から体を焼いて、川の流れに流されていくそれを、岸辺の方へと引っ張り押しやり、何とか陸に上げたあたりで、ようやくストラは体を起こした。
「ううぅ……ひどい目に遭った……電撃って痛いだけじゃなくて本当に動けなくなるんだね……」
「お前もうちょっと慎重さってもんを身に付けろよな……」
「そっちだって結局やったじゃん。……助かったけど」
「おっ、感謝の気持ちが芽生えたか? そんじゃあまずお礼のキスから行っとこうか」
「ふざけ
「ありがとうございますううぅぅうぅぅ!!」
突然横合いから抱きしめられた。その相手は見知らぬオッサン。しかもなんかヌメヌメする。
「なんだこのオッサン!?」
「あなたは命の恩人です! あなたが居なければ私は今頃! ありがとうございます!」
「食われてた人!? 生きてたんだ……」
見れば、岸に上がった大ナマズの腹は他の商人たちに搔っ捌かれ、内臓が飛び出していた。そこから無事救い出されたらしい。とりあえずヌメヌメするオッサンを押しのけ……
「ひとまず、勝ったか……」
触手になって初めての勝利らしい勝利に、俺は安堵の声を漏らす。
「ところでお前、電撃食らってたよな? 大丈夫なのか? 俺らは荷物に食らった余波だったけどよ」
「そこはそれ、いいものがありましてな!」
オッサンは一緒に出てきた荷物の中から、赤い液体の入ったガラス瓶を取り出し、飲み干した。
「んんん、効くう! これこの通り、ピンピンですよ!」
「飲み薬だあ? ヤバいもん入ってんじゃないだろうな」
「魔水薬だよ、初めて見た」
「ただの水薬じゃねえのか?」
「元はアビリティで作られたんだそうですな。しかし解析のアビリティを持つ者により作り方が広まり、今じゃ私らのような旅人の必需品ってわけで」
普通怪我には塗り薬だがその辺の常識も変わってるんだろう。俺達もこう言った薬を持っておくべきか……
「ところで、命の恩人にお礼の品とか無いの?」
「いやあ……感謝感激雨あられ! なのですが! 私はしがない貧乏商人! 何かお渡ししたりすれば破産! 感謝の気持ちだけでご容赦を!」
「ええー!」
「調子のいい野郎だ……」
揉み手をして頭を下げる商人だが自分から身銭は一切切ろうとしない……逞しいというか図々しいというか。これだけ人目があっては締め上げて出させるってわけにもいかねえ。しかも本人が生きているから荷物も結局パア。
「これじゃあ大損だよ……痛い目見た私が馬鹿みたい」
「やめとけって言っただろうがよ」
「う~……」
ストラの痺れが抜けるまで、人気の消えた川辺で休んでいるが、座り込んだストラの機嫌は悪い。頬を膨らませてぶー垂れるのは愛嬌があると言えばあるが、不機嫌のはけ口に絞られたり結ばれたりするのはごめんだ……
「(お……?)」
何か見えた。と言っても俺ではなく分体の方。ナマズを仕留めてから放置していたが、水に沈んだままの先端にはまだ視覚が残っている。骨やガラクタが積もった川底に、光を反射する彫像のような物があった。
「おいストラ、水の中に何かあったぞ」
「何か? なになに、何か高そうなもの?」
「今から見て確かめるんだ、よっと」
興味ある、とばかりに体を起こすストラ。おれは水中に見えた物に巻き付いて持ち上げ、岸まで持ってくる。それは全体に銀色の光沢を放っていて、耳と言い尻尾と言い、猫か何かを象かたどったようにも見える。だが妙に複雑な外見、それでありながら顔は眼鼻や口の無い、のっぺりした形で、つるつるしたガラスのようなもので出来ていた……
「なんだこりゃ」
「なんだろね。人形? 彫像?」
「ただの人形にしては変わってるが……まあ、珍品として売れるか」
「いいね、出来るだけ高く買ってもらわないと」
「もうちょっと早く見つけりゃよかったな。もう商人たち行っちまった。街まで抱えるのは一苦労だが……」
「お前がもてばいいじゃん」
「俺かよぉ」
とりあえず売れそうなものを見つけたと喜んでいるその時。その像が小さく腹の虫のような音を立て……起き上がった。
「うっ……」
俺とストラは顔を見合わせ……
『動いたあぁーーー!?』
突如動き出した猫の像に、驚きの声を上げたのだった。