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8 川とそこのヌシ

「これ、私に?」



 カリルの家で朝飯もご馳走になり、いざ出発という時、熊のように大柄なこの家の主人もまた、ストラに礼をしたいと言いだした。そうして持ち出してきたのがちょうどストラに合う大きさの背負い鞄。革製でポーチがいくつもついたそれは年季が入っているが、見たところちゃんと手入れされていて穴なども無い。



「俺が昔使っていた物だ。あんた旅をしてるのに身一つだろう? 鞄くらいは持っておいた方が良いだろうと思ってな。いずれカリルにと思っていたんだが、今必要なあんたに譲るよ」


「ま、くれるって言うんならありがたく貰っとこうぜ」


「そだね、鞄はあった方が良いか」



 薄茶色の鞄を背負い、旅人らしさの高まったストラはさらに弁当として包まれたパンやらを貰い……



「さようならー! 絶対にまた来てねー! 僕もバーニーも待ってるからねー!」


「道中気を付けるんだよー!」



 わざわざ村の出口まで見送りに来たカリル一家の声援を背に、次の街へと旅立つのだった。



「な、なんか気恥ずかしいなぁ……」


「少年のヒーローになった気持ちはどうだ~? ん~?」


「うっさい、さっさと行くよ!」



 さっさと歩き始めたストラだが、報酬としてもらった時計を鞄から出して眺めている。ゼンマイ仕掛けで針も動かないそれだが、それを見つめるストラは、小さく笑みを浮かべている。



「素直でないでやんの……あ、やめてぇ~、絞るのはやめてえ~」



 手荒い照れ隠しをされている間に、村は木々の間に隠れて見えなくなる。人が土を踏み固めてできた道を、枝葉の間から降り注ぐ木漏れ日の下進む。狼だのが出ることもない平穏な時間の中、俺は口を開いた……まあ飯を食う時以外口はそもそもないがそれはさておき。



「で、当分はこのまま道沿いに行くわけだが……その先どうするかとか決めてんのか?」


「ん~……特には」


「じゃあ、北に行くのはどうよ?」


「北? なんでまた」


「別にどっちに行くって決まってねえなら良いだろ? 北に行けばよ、俺が人間に戻れる場所があるらしいんだよ」


「一体どこでそんなこと聞いたわけ? まあ……べつにいっか。北のが暖かいし」


「あん? ってこたあここ大分南の方なのか。そもそも、なんて国なんだ?」


「王国だよ、フィルス王国」


「聞いたことねえな……」



 とりあえず南に居ることはわかったが、それだけ。それなりに世界を巡ったりもしたが、フィルス王国なんてのは聞き覚えがねえ。



「(てこたあ、200年の間に新しくできた国ってとこか。字や言葉はわかるわけだしな……そのうち有名な山なり川なりに出るまで自分の場所はわからねえか)」


「な~に黙ってんだよ触手~」


「うるせえな、考え事してるの!」


「スケベな事?」


「ちがうわ! お前俺を何だと!」


「エロ触手」


「んなろー! じゃあエロ触手らしく……アババババ!」



 この世界のことはおいおい知っていくとして、まずこのストラに礼儀というものを教えた方が良いかもしれん……そんなこんなで半日ほど道を行くと木の密度が減り、草の割合が増えてきた。目の前を川が横切り、その手前で隊商か何かの一団がたむろしている。



「川か。見たところ橋はねえな……」


「道はまっすぐ続いてるし、歩いて渡れる程度に浅いんでしょ」



 確かに道はそのまま水中へ。そう遠くも無い対岸へと続いている。その対岸にも隊商らしい集団……



「まて、なんか変だ」


「え?」


「昼飯って時間でもねえのに、なんで誰も渡らねえ? なんかあるぞ」


「なんかって……なにさ」


「それを調べんだよほら、聞いて来いよ」


「また指図した……まあいいけどさ」



 ストラは水に入ろうとしていた足を止め、隊商へと近づく。なにかあると思ったのは正直勘だが、どうもストラは前のめりな傾向がある。こっちは多少慎重なくらいでちょうどいいかもしれねえ。



「(何もないならそれでいいわけだしな……)」



 川の流れは穏やかで、渡るには一見問題なさそうに見える。なら、なぜ誰も渡らないのか? 俺達は川渡りの前に情報収集としゃれこむことにした。



「ねえ、どうして川を渡らないの?」



 ストラはなんの工夫もなく、焚火をしてたむろしている集団に近づいて話しかける。多少なりとも不審者らしく思われないよう、さしあたり俺はうなじに引っ込んでいるが……相手は殆どが旅商人のようで、見知らぬ相手への対応も慣れたもののようだ。



「なんだお嬢ちゃん、旅人かい?」


「まあ、そんなとこ。皆川を渡ろうとしてるのよね? なのに誰も渡らないから気になって」


「へっへっへ、渡ろうにも渡れねえのよ。ここはフィルスとサールを繋ぐ近道だがね、厄介な奴がいるんだ」


「厄介?」


「ナマズですよ、それも雷の力を持った」


「ナマズって……魚の?」


「ああ、確かにそんな種類の魚は居るな」


「うわ、急に出てくんな」



 とりあえず二人ほど話に応じたので俺もその中に混じるが、ストラの扱いは邪険だ。それはさておき、そのナマズが川を渡る障害だと言うことだが……



「だが、ありゃそんなにヤバい魚じゃねえぞ? 直接踏みでもしなけりゃ、襲ってくることなんざ……」


「おお。喋るアビリティ持ちか。嬢ちゃん、それ戦えるのかい?」


「ぜーんぜん。うるさいしスケベだし」


「残念ですね。あのナマズが居なくなればこの道ももっと……」


「お、そろそろ動くか」



 商人の一人が対岸に目を向けた。そっちでは大荷物を背負った男が川に入っていく……そのまま、川の真ん中あたりまで来た。



「なんだ、何も起きないじゃ



 ストラがそう言いかけた時。川中の商人がビクンッと震えそのまま水面に倒れ伏す。そしてその横で水面が盛り上がったかと思うと……バカでかい魚の頭が現れて、倒れた商人を一飲みにすると、出てきた水面へと消えていった……



「な……い……」


「な、なんだありゃあ!? 鮫……いやもっとでけえぞ!?」


「あれが川を渡れない理由さ! ずっと前から居る、この川のヌシだ。電撃も強烈で食らったらおしまい。だからああやって、我慢できずに渡ろうとした奴が食われてる間に渡る」


「焦って踏み込んだ人が犠牲になって他が渡れる。商人には忍耐力も大事ということです」



 ぽかんとするストラの周りで、商人たちはさっさと荷物をまとめて立ち上がり川に向かう。それが当たり前の光景であると言わんばかりに。一方の俺たちはといえば、あっけにとられるばかりだった。



「街の外ってすごいなあ……」


「いやおかしいだろ、あんな大きさのナマズ!? どうみても普通の奴の十倍以上はあった!」


「でも居るんだから仕方ないじゃん。私達も行こう」



 ストラも商人たちに続いて川に入る。川は浅く、歩いて渡れる程度……だが少し脇を見ると底が見えない深みになっている、そこがあの巨大ナマズの住処になんだろう。ストラはそれが気になるのか、川の中で足を止めて、その深みの方を見ている。



「おい、さっさと渡ろうぜ」


「ん~……ねえ、あれ」


「あん?」



 ストラが深みの方を指さした。その先にあるのは……大きな荷物だ。



「さっき食われた奴の荷物か。あれがどうしたよ」


「食われた人、あれ死んだよね?」


「まあ、死んだだろうな」


「じゃあさ、あの荷物私が貰っちゃっても良いんじゃないかな」


「はあ? よせよせ、ナマズが消えてった方じゃねえか」


「別に泳ごうってんじゃないよ、お前が伸びてさ、ちょっとひっかけて来ればいいじゃん」


「ちょっと、ってなあ……」



 距離的には多分行ける。だが……



「いや駄目だ。俺とお前は繋がってんだぞ? 俺が電撃を受けたらお前の方にも伝わっちまう」


「一旦離れるとかできないの?」


「前切り落とされたとき、切られたところから先は感覚がなくなっちまったからなあ。いや、だが……」



 体を絞る感じで、そんでもって根元から着地……それを意識してモギュッとやったら……



「できたわ」


「できたじゃん」



 俺の体は根元近くからちぎれ、切れた部分が地面にくっついて鎌首をもたげた蛇さながらに立ち上がる。



「うごかせ……るな。自分の体が離れてるってのはなんか妙な感じだ」


「よーし新能力もわかったところで! 行け! 触手!」


「俺は犬か何かかっつーの」



 なんか楽しそうなストラがビッ、と荷物を指さす。思わぬところで出来ることが増えたが、それでやることといえば荷物拾い。女相手にこれを使えるのはいつになることやら……などと心の中でボヤキながら、俺は水面に浮かぶ荷物を回収にかかるのだった。



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