6 カリルとその家族たち
「バーニー! バーニー!!」
犬を送り届けたら、依頼人カリルは大喜び。犬を抱きしめて涙を流している。
「ありがとうね、うちの子のために……危ない目に遭わなかったかい?」
「遭ったよ、思いっきり……」
「えっ!? 山賊に見つかったのかい!?」
「いいや、そんなもんじゃねえ、ヤバかったぜあれは」
「大変だったみたいだね……そうだ、お礼をするって約束だった! もう村を出るに
は遅いし、大したものは出せないけど、うちに泊まっておいでよ!」
「え~、そんなのよりお金
「喜んでお泊りさせていただきます!!」
ストラのふざけた意見を大声でかき消してアナベルに迫る。望むべくもない展開、これはもう今夜の展開は決まったようなもんだ!
「ははは、そんなに喜ばれたらこっちも期待に応えないとね。それにしても、随分よくしゃべるアビリティだ」
「鬱陶しいだけだよ、弱いし」
「こんにゃろ……」
隠れてブルブル震えていた自分のことは棚に上げやがったが、それも今は良い。そんなことより今夜の楽しい時間に思いをはせる……適当に村の中で時間を潰し、夕方になってからカリルの家へとお邪魔するのだった。
カリルの家はごく平凡な木造の平屋。テーブルにはクロスが敷かれ、皿が並んでいた。ささやかながら目一杯歓迎の準備をしてくれたらしい。
「いらっしゃい。もうできるからね、座っておくれ」
台所ではアナベルが鍋を火にかけ、オーブンからは何かが焼ける匂いが漂ってきている。テーブルにはカリルがすでに座っていて、その横にはバーニーの姿。ストラもテーブルに着くと、テーブルに大皿が運ばれてきて……
「おおー!」
「こりゃあ、ミートパイか! うまそ……ってあ、おい!?」
切り分けられる前にストラが丸のままのパイに素早く手を伸ばし、むしり取って口に運んだ。思わず俺達は呆気にとられ……そんな俺に目もくれず、頬を膨らませたストラはパイを咀嚼する。
「あち、あち、はふはふ……!」
「おまっ、何してんだ!?」
「むぐむぐ……なにって……私に出されたものなんだから食べて何が悪いの」
「作法ってもんがあんだろーが! こういうのはな、まず取り分けられるのを待っ
て、全員に行きわたってから主催の一言をだなあ……」
「そんなの、知らないもん」
「あっはっは! 良いんだよそんな堅苦しい場でも無いんだから!」
「いやいや奥さん、こういうのはちゃんと言ってやらないといけませんからね。こんな非常識を放っておいたら恥です恥!」
「……仕方ないじゃん、ナイフとフォークでご飯なんてしたこと無いもん」
ストラはつぶやくと膝に手を置いて、しゅんと俯いてしまった……こいつこういうの気にする奴なのか? これじゃまるでイジメてるみたいじゃねえか。場の空気が重くなったのを感じる……これはよくない。
「ったく……」
体をウゴウゴさせて……先端近くから、二本の細い触手を出すことに成功した。体よりも細かく動かせるそれを使って……
「まあ、細かい作法は色々あるが……基本は利き手でナイフ、反対の手でフォークを持ってだな、こうやってまず端を突き刺す。それから一口分切り取って、食べる。やってみ?」
「ん……」
食器に巻き付け、実演してやる。パイをひと切れ口に運んだストラはモムモムと口を動かし……
「おいし……」
「だろうがよ。せっかくの料理だ、あんな半分丸呑みみてえに食っちゃもったいねえだろ」
「うん……」
頷くストラを横目に俺は切られたパイに小触手を伸ばし、とってかぶりつく。ひき肉と肉汁が染みたサクサクの生地のハーモニー!
「って、お前は手づかみするのかよー!」
「さっきのは教養! パイは手づかみでバクって行くのが一番うめーの!」
「こ~い~つ~め~!」
「ふふ、さあさ、タンと食っとくれ! アビリティさんもね!」
「ママのシチューも美味しいんだよ! 今日は贅沢して、鶏肉入りなんだ!」
ストラが怒って俺の頬を引っ張り、空気が和やかになった。アナベルの反応も良い、これは……行ける! 今夜頂くのはパイだけじゃなく……
「帰ったぞー」
「あら、あんた!」
「……へ?」
玄関から聞こえてくる野太い声。
「早かったね、もうちょっと先じゃなかった?」
「おお、運良くすぐ獲物が見つかってな。ん、そっちは……」
熊が二足歩行しているのかというような髭面の大男……いま、あんた、って言った?
「アノ……ドチラサマ……」
「うちの亭主。こちらストラさんって言ってね、バーニーを助けてくれたんだよ」
「カリルクン……? パパ死ンダッテ……」
「うん、今のパパは二人目。一人目はロクデナシ? で僕が赤ちゃんの時に酔っぱら
って川に落ちて溺れたんだって」
「ア、ソウ……」
「どうも、うちの家族がお世話になりました」
「アッハイ」
こちらに頭を下げる大男だが……眼光が怖い。腕めっちゃ太い。寝取りとか全然ありな方だけどこのオッサンからそれしたら毟ったり握りつぶしたりされそう。
「やーい、萎れてやんの。当てが外れたね~」
「ち、ちきしょうめえぇ……」
主の帰った食卓は和やかで……俺は無害な触手としてシチューと涙を啜るのだった……