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43 王女の願い

 怪物が出たといっても、そんなもんの対応は国がやるべき仕事だ。俺達は手紙配達の報酬をもらうと、そのまま近場のちょっといい宿に部屋を借りて夜を迎えた。



「しばらく足止めだな。まあ、まだ来て二日目だ。そんなに焦るこたあないだろ」


「魔人族から取った物も売らないといけないしね。他にもまだ面白い物あるだろうし、のんびり過ごすか」


「そんな暢気に構えていていいんでしょうか……」


「怪物と呼ばれる存在について詳細は不明ですが、市街地に出現したという情報はありません。市内に滞在する限りにおいて過度な警戒は不要であると考えられます」


「そうそう。怪物退治なんてのは軍隊に任せて俺らは観光でもしてりゃいいのよ。むしろ今から観光行くか! リオよ~、熱帯の熱い夜を大人二人で楽しもップギュ!」


 鎧を脱いだリオに近寄ろうとした瞬間。俺は鉢植えに潰された……ちなみに植わっているのは白い花を咲かせるサボテンの仲間だそうだ。



「暗い夜道は危ないから珍しい花でも見てな~」


「鉢植えの下じゃみえね~……」



 二つ並んだベッドの間で大きな鉢植えに押しつぶされたまま、俺は夜を明かすことになった……そして翌朝。



「わ、果物とチーズのサラダ……変わった取り合わせですけどおいしいですね。爽やかな甘さとふにゅっとして淡白なチーズが意外にも合います……」


「私は神殿の朝ごはんのが好きかな~。あのスープで炊いたお粥みたいなやつ」


「ありゃ宮廷料理みたいなもんだろ? ここも良い宿だが比べられるもんじゃあねえわ」



 白基調の食堂で朝飯を食いながら、今日はどうするか話をしていた所……ロビーの方が騒がしくなってきた。そっちに伸びてみると、掲示板に一枚の紙が貼り出されている。俺は人だかりの頭を上から越えて、紙を覗き込んだ。



「なになに……『現在アルバン大道に危険な魔物の出現報告が有り! 目下討伐計画を進行中であるため、安全確保まで不要不急の通行は控えるべし!』だとよ」


「討伐……ちゃんと軍を動かすんですね、安心です」


「じゃあ、街でのんびりして待とうか。これまでの戦利品売って、それから……折角だし南国らしいことしたいな!」


「んじゃ、飯食ったら出かけるか~」



 俺達はまず質屋に向かって、戦利品の鑑定を頼む。魔人族から奪った物は、なかなかの値段が付いた。



「あんな使い道ない物でも買う人居るんだね」


「珍しいし、手に入れるにゃ魔人族に勝たないといけない、高値が付くにゃ十分な理由だろ」


「部屋にでも飾るのかなあ……ま、いいや。お金も入ったし、遊ぶぞ~」


「どこに行きましょうか? 私はお菓子の食べ歩きとかどうかと!」


「そうだなあ……あ……川で舟釣りできるんだって! やってみたい!」


「んじゃ、そっち行くか~」



 それから、俺達は数日遊び歩いた。ストラの希望で向かった舟釣り……



「つ、釣れた! う、重った……!」


「わ、私が引きます! 触手さん、魚を水から上げてください!」


「おう……ってこりゃデカいな! ストラ、踏ん張っとけよ、水に引き込まれるぞ!」


「んぎぎ……!」



 三人がかりで釣り上げた魚はストラの背丈を軽く超える大きさがあり、テンションの上がったストラは記念の魚拓まで取っていた。


 そして別の日にはリオの希望で菓子屋巡り。初日に食べた涼菓子のほかにも、豆の甘いペーストで果物を象った飾り菓子、糸状の砂糖を包んだクレープ、バナナの揚げ物、香辛料をたっぷり使ったケーキなどなど……



「南国の甘味って言えば果物くらいしかないと思ってたが、なかなかどうして充実してんな」


「本当ですねえ。コーヒーと合わせるとまた……」


「騎士の人も飲んでたけど、その真っ黒いの、美味しいの?」


「あ、飲んだこと無いんですか? じゃあ、ひと口どうぞ」


「ん……うぇ~~~~……」



 コーヒーを一口飲んだストラは顔をしかめてカップをリオに返した。



「ストラにコーヒーは無理だろ~」


「かな~、とは思ったんですけど。その……可愛いかな、と思って……」


「こ~の~や~ろ~」


「なんで俺まで~」



 珍しく茶目っ気を見せたリオをペシペシはたく棒代わりにされたりもしたが、まあこれもいい思い出のうちか。


 また別の日には川の北側に行き、広い敷地に作られた動物園を見に行った。大きな象に始まり、ワニ、人よりも大きなトカゲと言った俺も知っているような物から、根を足のように使って歩く樹木めいた生き物、頭から尾まで連なるトサカを持つ蛇、毛ではなく鱗を持った水生の猿など、見たことのない物まで。この国の近くで見られるという様々な動物が飼われていた。ストラも興味深げに見ているが、それ以上に興味津々といった様子なのが……



「ニックがさっきからズンズン先に行ってる……」


「動物、好きなんでしょうか……?」



 檻を一つ一つ回っては中をじっくりと見つめ看板を調べ、満足したと思えば急かすようにニャンニャン鳴く。文字通り、動物園を端から端まで余すことなく見て回り……朝に入って、出てきたのは夕前だった。



「大変有益な一日でした、ありがとうございます」



 宿の部屋で、サイドテーブルにちょこんと座ったニックは満足気……かどうかはわからん。声の抑揚は変わらんし、偽装を解除した金属の顔に表情はない。耳や尻尾も動かさんからな……しかし本人がこう言うからには、満足したんだろう。



「ニック、動物とか好きだったの?」


「私に嗜好はありません。しかし、未知の動物から得られる情報は高い価値があります。世界について知ることは私の存在意義でもあり、今後も未知の動物や文献を調査する機会があることに期待します」


「何言ってるのかよくわかんないけど……ニックが喜ぶのって珍しいね」


「私に喜怒哀楽と言った感情はありません。しかし皆さんに同行したため得られた利益です。感謝の念を表すのは、知的存在としての礼儀であると判断しました。」


「前から思ってましたけど……ニックさんって何者なんですか? 使い魔やアビリティというわけではないんですよね? ゴーレムにしては、随分賢いですし……」


「それを回答する権限は、私に与えられておりません」


「言い分からして、誰かに作られたのは確かなんだがな~」


「気にしても仕方ないし、役に立ってるからいいよ。で、明日何する? ニック、何か面白い所の話とか無いかな」


「市内のアクティビティ情報を検索します……中断。来客です」



 ニックが猫の姿に戻る。少しして部屋がノックされた。



「失礼します。ミーズという獣人の方が訪ねてきておられますが……」


「ミーズ、って……」


「姫さん、だよな」


「何なんでしょうか……えっと、通してもらえますか?」



 宿のボーイの声に俺達は顔を見合わせ、ひとまず会うことにした。程なく部屋にやってきたのは、やはり神官長の娘、この国の王女に当たる猫の獣人、サイア……



「会えてよかった、実は折り入って頼みがあっての」


「あの、どうやって私達の宿を?」


「そんな大鎧で出歩けば目立つじゃろ……なぜ脱がんのじゃ?」


「え、ええと、それはぁ……」


「それで、何の用なの?」



 鎧のことを突っ込まれて目を逸らすリオに変わってストラが話す。わざわざ神殿を抜け出してくるからには、相応の理由があるはずだが……



「うむ。その、な……例の返事、伝えたのであろ?」


「伝えたけど。それがどうしたの?」


「そこへ件の怪物騒ぎじゃろ? それで……なんでも、王自ら隊を率いて討伐に向かったと」


「ええっ……! どう見ても、強そうには見えませんでしたが……」


「アビリティって奴があるんじゃねーの?」


「わからぬが……武勇に優れているという話はとんと聞いたことがない。もし、怪物と戦いになれば……」


「死んじゃうかもってこと? でも、そしたら結婚しなくてよくなるじゃん。何かだめなわけ?」


「だからって死んでほしいほどじゃあなかった、ってことじゃね?」


「その……なんじゃ」


 好まない相手とはいえ、死んだら寝覚めが悪いってのはわからんでもない話だ。ストラの問いかけに、姫さんは俯き、耳を畳んだ。



「手紙が届いたのじゃ。これまで向こうの騎士長とやらが隠していたものを、まとめての」


「騎士長さん、手紙全部取ってたんですね……」


「折に触れ、何通も……父上が亡くなった時の物は特に長かった。あちらも、父親を亡くし王にならねばならぬ時期に、わらわのことを心より気遣っていた。他にも、神殿から出られぬわらわのためにずっと南の国の押し花を添えたり。返事も来ぬのにのう」


「そこまで行くと逆にヤバい奴じゃね」


「触手さん、しーっ!」


「それで、その、な……考えてみればわらわも外面(そとづら)だけしか見ておらなんだ。きちんと向き合って……付き合い、という物をしてみるべきかと思うての」


「まあ、自分がそうしたいって思ったならいいんじゃない? なんで私達に?」



 確かに、単にそう決めたなら王様が喜ぶだけで別に誰も困らん。わざわざお忍びで来ることも無いはずだ。



「母上に『神託』で此度の討伐がどうなるか訊いたのじゃ。そうしたら……エミルは死の影に向かいつつある、と……!」


「前も言ってたが、その『神託』ってアビリティ、要は占いみたいなもんだろ? 外れるかもしれねえじゃねえか」


「確かに、絶対ではない……しかしこれまでほとんど外れたことがないのも事実なのじゃ」


「じゃあ、やっぱり怪物に負けて……?」


「おそらく……のう、頼む! どうかエミルを助けてはくれんか!? 神殿に忍び込んだ身のこなし、その喋るアビリティ、騎士の大鎧! 伊達ではないのじゃろ!?」


「ふええぇぇ!?」


「助けろってもなあ」


「何も怪物を倒せとは言わぬ! ただ、無事連れ帰ってほしい! 無茶を言っているのは承知じゃが……わらわは、過ちを(あがな)いたいのじゃ……」


「……わかった、いいよ」


「ストラさん!?」



 目を閉じて腕組みし、悩むそぶりを見せたストラだったが、そうかからずに、その答えを返した。何でもやって稼いでいきたいストラならそう返すってのは予想できたが……!



「引き受けてくれるのか!」


「ただし! 安くないからね! たっぷりお礼は払ってもらうから!」


「おいおい、相手は正体もわからねえ怪物なんだぞ、わかってんのか?」


「わかってるよ。でももし王様が勝ってたら丸儲けだし。それに……」



 ストラは一拍置いて、続けた。



「友達はこういう時、助ける物なんでしょ?」



 その迷いのない顔に、俺とリオは何も言えなくなるのだった。


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