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40 人間側の王

「さてと、どうしよっかな」



 俺達は朝食……スープで炊かれた粥を食べてから、神殿を出た。入国初日に牢に入れられるなんてことになったせいですっかり出ばなをくじかれた形になったが、そもそも何をするのかもはっきり決まっちゃいなかった。



「とりあえず樹海を渡るのは決まってるんだ。色々と買いこまねえとな。金はまだあるだろ?」


「あるけど、樹海渡るのってどのくらいかかるの?」


「渡ったことねえからなあ。単純な距離で言うなら歩きで3~40日程度ってとこだが。そもそも、ちゃんとした道があるかどうかだな」


「ん~、まずその辺街で聞いてみよっか。って……なんかこのあたり、街並みしょぼくない?」


「神殿の周りですから、自然を残しているのでは?」


「そうなのかな……?」



 とりあえず俺達は神殿からの一本道を進む。しかし行くにつれて、リオの意見はどうも的外れだったらしいと思い始めた。



「やっぱりしょぼいよ街」


「そう、ですね……」



 神殿側の街は、建物の量も質も河向こうと比べ劣る……高床式などの様式は同じだが、家は小さく、掘っ立て小屋に近い。道もあまり整備はされていない……精々人が引く荷車が通れる程度か。市場もあるが、品数や種類は明らかに少なかった。買う物も特に見つからないので俺達はひとまず川を渡る船着き場に向かい、船が対岸から戻ってくるまで道端の石に腰かけて待つことにした……



「同じ街なのに、なんでこんなに違うのかな?」


「なんだか、住人の顔つきも何となく怖い気がします……」


「神殿の近くってことはスラムってわけでもないはずだがな……」


「街の南北で、明確な経済格差が存在するようです。これは複数の要因によるものと思われますが、最も大きな理由はこの川の存在であると推定されます」


「どういうこと、ニック?」


「この地域の輸送は現状陸路に頼っており、このような大きな河川は障害となります。そのため、主要な生産・消費地である南部からの物品が対岸で取引され、こちらまで回ってこないのでしょう」


「北側は樹海で産業らしい産業もなさそうだしな。あんな石造りの神殿を作れるくらいだ。地力はあるんだろうが……それも活用する場がなけりゃ宝の持ち腐れか」


「でも、南側はいい暮らしできるんでしょ? 引っ越せばいいのに」


「なかなか、そう言うわけにもいかないんだと思いますよ……」


「なんで? 同じ国なのに」


「生まれ育った土地を離れるって怖いものなんですよ。それまでの自分の生活を全部捨てるってことなんですから。たとえ他の場所より見劣りするとしても、故郷って特別なんです」


「ふ~ん……よくわかんないや」


「船が来たようです。会話を終了します」



 ひとまず俺達は獣人の渡し守に運賃を払い、対岸へと移動する。川幅は広いが、力強いオール捌きで船はぐんぐん進んでいき、そう待つことなく反対側へたどり着いた。



「とりあえず、市場に行って帽子買いなおして、それから買い物にいくらかかるか調べて……足りないならまたこっちで仕事しないとだね」


「それから、樹海を抜ける道のことも聞かないといけませんね」


「遊ぶところも探そうぜ~」


「お前の言う遊ぶってやらしいことでしょ。ダメ」


「妥協するから~。踊り子とかそう言うのでいいからよ~」


「それ妥協してるかあ?」


「ま、まあ踊りなら異文化体験の範疇でしょうか……?」


「ほらほら、リオもこう言ってることだしな? 異国情緒あふれる熱情的な奴を体感してみようぜ~」


「ったく……見るだけだからね」


「よっしゃ約束したあ!」


「まずはやること済ませる!」



 喜んで伸びあがった俺はベチッとはたかれて肩の高さに戻る。ひとまず市場を回って旅の物資を物色していくが……



「ん~……40日分でしょ。食べ物だけでもかなりするなぁ」


「余分に買っておいた方が良いと思いますよ、何があるかわからないですから」


「食い物だけじゃねえぞ、ランタンの油に、虫よけの類も欲しいな。あと魔水薬ポーション、あれもいくつか持っておいた方が良いだろ」


「う~、あれこれ一度に言わないでよ。えっと保存食と油は毎日使うでしょ。虫よけ……要る?」


「要る。蚊やらハエやらが滅茶苦茶たかってくるぞ」


「じゃあ、それも毎日? 魔水薬は……ある程度良いの買いたいよね」



 ストラは無意識にか、この前魔人族にやられた頭を掻く。あの時は薬が無いと危なかった……そう思えば、なるべく良いやつを買いたい。幸い流通量は多いのか市場でも普通にみられるのだが……



「……高っ!」


「あの時使った奴、こんなにするのか……」



 一番安いのなら精々ちょっといい食事一回分程度だが、それだと深めの傷を治すくらいしかできんらしい。もっと効き目の良い奴……俺がストラに使ったようなのは、10倍20倍の値段がする。



「う~ん……」



俺達は道端に逸れ、地面に棒きれで必要なもの一覧とその値段を書き出したが、合計額は随分なものになった……



「どれか諦める?」


「しかしなあ。水や食い物は絶対要るし、薬をケチりゃ命にかかわる。どれも外せねえぞ」


「どこかで稼ぐしかないかなあ……」


「しばらく逗留するなら、宿を確保しないといけませんね」


「じゃあ、まず……」



 と、その時。書き出していた数字に影が落ちる。



「失礼する。昨日屋敷の前で騒ぎを起こした者たちだな?」



 見上げれば、そこには薄手の白いシャツに赤い飾りサッシュをかけた男が立っていた。短い赤毛と蓄えられた口ひげ、歳は中年という頃合い、その立ち振る舞いや鍛えられた体つきは軍人のそれだ。



「誰?」


「……あの時門番をしていたものだ」


「あー、あのときの! 一体何の用事? 私達もう疑い晴れたんだけど」


「知っている、だから来た。エミル様が会いたいと仰せだ」


「エミル様って言うと……人間側の王様じゃねえか!」


「き、昨日は獣人で、今日は人間の王様ですかぁ!?」


「どうする? 触手」


「まあ、行くしかねえだろ。少なくともまた牢屋ってこたねえだろうしな」



 なんで呼ばれたのか疑問ではあるが、俺達はその門番に続いて、昨日すったもんだがあった館の前までやってきた。サイアは門前払いを食らっていたが、今回はその門番の案内なわけだからすんなり入ることができた。館に入って、ホール正面に飾られた肖像画がいかにも貴族の家という感じがする。



「お連れしました」


「ああ、入ってくれ!」



 俺達は2階にある部屋に通された。壁には本棚が並び、年季は入っているが質の良い家具が部屋を彩る。そして正面にある執務机には、見覚えのある栗色の髪をした男が座っていた。



「よく来てくれました、僕がエミルです。イフト双主国の王の一人ということになっていますが、どうぞ気にせず、一人の人間として接してください」



 膝をつこうとするリオをやんわり手で制し、その人物……エミルは俺達に椅子をすすめた。ひとまずそれに座りつつ、まず口を開いたのはストラだった。



「それじゃあ聞くけれど、何の用事?」


「ストラさん喋り方ぁ!」


「気にせずって言ったし」


「社交辞令ですよ社交辞令!」


「いえ、良いんです本当に。僕も見ての通り宮殿に住んでいるわけでも無し、家臣なんて言えるのは彼……皆さんの迎えに行った門番兼騎士長のウスターシュ、あとは執事や使用人も兼ねた何人かだけで、到底王なんて言えないのが実態です」


「ほら、本人もこう言ってるし」


「うぅ、昨日今日で寿命が10年は縮んだような気がします……」


「それで、用件なのですが……」



 物怖じしないストラにエミルは苦笑を浮かべながら言葉をつづけた。



「昨日あなた達は拘束され牢に入れられたものの、冤罪と分かって神官長自ら夕食に招きもてなされたとか、とか」


「耳が早いですね……」


「まあ、自分の家の前で起きた騒動ですからね。それで、その席には神官長の娘も同席していたと思うのですが……」


「ああ、居たぜ。そもそもあいつに巻き込まれた形になるんだがな」


「結局触手も普通にしゃべるんじゃん」


「なんかよさげな感じだからな」


「ええと、彼女とは許嫁だと聞いていますが……」


「ええ、そうなんです。それで、その……」



 エミルは机の上でモジモジと手を動かし……



「彼女は、僕のことについて何か言ってませんでしたか!?」


「は?」



 そんな、思春期みたいなことを言い出した。思わず俺が『なにいってんだこいつ』という声を出したとしても責められまい。



「僕と彼女は許嫁ではありますが、神官長の子は成人まで神殿を出てはいけない決まり。会うこともできず……それが昨日自分から会いに来てくれたんです! それがすぐあんなことになって。どう思っているか、知りたいんです!」



 俺達は顔を見合わせる。わざわざ呼びつけた理由はそんな年相応の理由だったというのは予想外だが……



「ボロクソ言われてたね」


「ありゃあ脈無しって感じだな」


「もっと逞しい方が良い、と言っていましたね……許嫁のくせに手紙の一つも出さない、って怒っていました」


「なっ……え……!!?」



 俺達の言葉にエミルは愕然とした。口をパクパクとさせながらこの世の終わりのような表情を浮かべ……ガクリ、と肩を落とした。



「そ……そうです、か……ハハ……」


「よくわかんないんだけどさ、そんなに気になるなら会いに行けば良いじゃん。神殿から出られなくてもこっちからは行けるでしょ?」


「……なかなか、そうもいかないんですよ。イフトは双主国、一つの国、と言ってはいます。しかし実態として、僕ら人間と獣人の間にはマグフルの流れのような隔たりがあるんです」



 エミルは窓の外、名前を呼ばれた河とその向こうにある神殿に顔を向けた。



「それぞれの種族を束ねる者同士での結婚はその隔たりを無くすための手立ての一つ、だったのですが……そうですか……嫌われていましたか……」


「ですけど、王族の結婚ともなれば本人の意思は関係ないのでは……?」


「ええ、それはどうなのですが……僕は……彼女が好きです! 彼女にも僕を同じように好いてもらいたい! 政治的に必要だからなどではなく!」



 見た目に寄らず中々に情熱的らしい。まあ貴族と言えど一人の男、そう言う気持ちを持ったとしても不思議じゃねえが……



「だがなあ、顔も見たこと無かったんだろ?」


「いえ、一度会っています。一昨年のことでした、僕は成人祝いのお礼に、神殿を一人で訪れることになったんです。ですが……広い神殿で迷ってしまって。神官長との約束の時間に遅れそうになり、泣きそうになってしまいまして」


「大人なのに?」


「恥ずかしながら、僕は甘やかされていたので……けどそんな時、彼女に出会ったのです」


「わ、わ、ひょっとしてロマンチックな出会いですか……!?」



 リオは兜の上からでもそうなのだろうとわかるほど目を輝かせ、前のめりになった。



「迷って厨房に出た私は、お菓子を盗み食いしていたサイアと鉢合わせて……」


「な、なんだか思っていたのと違う感じです……」


「ふふ、でも今でも思い出します。僕の口にお菓子を突っ込んで『内緒じゃぞ』って。悪戯っぽく笑って……そのまま道を教えてもらって、何とか……」


「えっと、その話長くなる? 私達を呼んだ用事は終わったよね?」


「そ、そうですね。ですがよろしければ、一つ頼まれてくれないでしょうか」


「内容次第だけど……」


「少し、待ってください」


 エミルは机から便箋びんせんを取り出し、南国の鳥の物を使った羽ペンにインクを吸わせて何やら書き始める。数枚の紙を文字で埋めると封筒に入れ、ストラに手渡した。



「この手紙をサイアに届けて欲しいのです」


「俺達みたいな馬の骨に預けていいものなのか? 使用人とかにやらせりゃいいだろ」


「そうなのですが……皆さんならサイアに直接会えるのではないかと思いまして。それで、直に返事を聞いてきてほしいのです! もちろん、お礼はします!」


「うーん……まあ、手紙届けるくらいなら良いかな?」


「相手はお姫様だぜ? 直接ってこたあ神殿に潜入しろってことだぞ」


「こ、今度こそ牢屋送りになるんじゃあ……」


「隠れながら行けば何とかなるでしょ。お金、たくさんくれるよね?」


「引き受けてくれるんですね! ありがとうございます!」



 エミルは顔を輝かせて、蝋で止められた封筒をストラに手渡した。前金として結構な額ももらって俺達は屋敷を後にし、今朝出てきた神殿へとまた戻ることになった……


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