4 最初の依頼(クエスト)
「北か……」
「ん、何が?」
「いや、なんでも……」
だが触手になっただけのみならずそれから200年も経っていると言われて、はいそうですか、とも受け入れがたい……が、自分が触手になっていると言うことがまさにそれの真実味を裏付けているわけで……そんなこんなで考えていたら、パンとスープが一人前だけ運ばれてきた。
「あ、また自分の飯だけ!」
「何、お前お腹減るの?」
「減らねーみてーだがよー、態度ってゆーの? 仲間置いといて自分だけ食うってどーなの?」
「お前仲間じゃなくてアビリティだし」
「扱い辛辣うー! こうなりゃ実力で……」
「させるかー!」
パンを横取りしようとしたら顔面をわしづかみにして阻止された。だがこっちは別に先端以外でも口が作り出せる。うまいこと体をくねらせ……
「あ、あの……」
今こそ齧りつこうとした時、席の後ろから遠慮がちな声が聞こえた。そちらを向こ……うとしたその瞬間パンは食われた。
「あー!」
「はい残念でした~」
一瞬の気のゆるみで奪い合いを制された……その原因となった声のもとを改めてみる。それは見たところ5~6歳程度のガキんちょだった。
「あの……! お姉さん、それ、アビリティ、ですよね……僕、お願いしたいことがあって……!」
「あ~? なんだお前」
「ここの子? 人にものを頼むなら、まずどんなお礼をするか見せてからでしょ」
「お礼……あの、これで……」
そいつが出してきたのは……時計だ。金色、おそらく真鍮の何の変哲もない時計。骨董品に詳しくはないが、どう見ても値打ち物には見えん。
「何、これ?」
「死んだお父さんの時計。これで……バーニーを探してください!」
「バーニー? 何それ」
「僕の、犬です……」
「犬だあ~? 俺は猫派だぜ」
「それはどうでもいい。こんなガラクタで人を働かせようなんて甘いよ。それにこれ止まってるじゃん」
「うう……」
「これ、カリル!」
ストラが渋い顔で時計に気を取られている間にスープだけでもせしめようとした時、机の横に女が立っていた。
「いい加減、諦めな! ……すいません、うちの子が……」
「でもママ……!」
母親だという、30前くらいで髪を頭の後ろで結ったその女は、少し日々の疲れをにじませているものの、体は女性的な丸みを帯びていて、最低限の化粧が快活そうな顔を整えている。カリルの話では未亡人……アリだ。
「よっしゃ引き受けた!」
「本当に!?」
「は!?」
カリルの明るい声とストラの驚いた声はほぼ同時だった。
「こら何勝手に決めてんの!」
「いいじゃねえか、掴めそうなものは掴めるときに掴むんだろ? どの道、ここの泊りで金ほとんど使っちまったろうが」
「ガラクタ掴む意味なんかないでしょ! ていうかお前が決めるな!」
「へっ、俺にも自由意志ってもんがあるんだよ~。俺だって掴む! このチャンスを!」
「ふざけんなこの……ぬ、ぬぬ~~……!」
「ヘッヘー! やっぱ思った通りだ、あのビリビリはお前に直に害があるようなことじゃないと発動しねえんだろ!」
「こいつ~……! だったら、私は放っておいて行くだけだからね」
「おっとそうは行くか!」
「んぎぎ……! こ~いつ~……!」
席を立とうとするストラに対しこちらは手近な柱に巻き付いて対抗! しばらくの引っ張り合いの後、結局先にストラが折れた。
「あーもう! わかったわよ犬見つけりゃいいんでしょ!」
「やってくれるの!? ありがとう!」
心底不満といった顔で乱暴に椅子に座るストラと、キラキラした目で見てくるカリル……はどうでもいい、子供を助けてもらった恩人として一泊くらいはさせてもらって、そして……
「旦那を亡くした寂しい人妻と……グヘヘ……」
「エロ触手が……」
少々出だしで躓いたが、これでようやく、俺本来の目的に前進できる。そのためにも、さっさと犬を見つけだす。俺とストラは詳しい話を聞くことにした。
「で、どんな犬なんだ? 色は? 大きさは? いついなくなった?」
「色は濃い茶色で、大きさは僕と同じくらい……頭に白い十字が入ってるんだ。居なくなったのは……5日前だよ」
カリルが言うには、その日は天気も良く、少しだけ遠出をしてみたくなったんだそうだ。森を抜けた先の川とその向こうに見える街を見に行こうと思い立ち……
「っておい、その街って俺らが出てきた所じゃね?」
「だね……そっちに行ったってことは……」
「……森の中で見たこと無い男たちに会って、捕まりそうになったんだ。でもバーニーがそいつらに噛み付いて、守ってくれて……」
「あ~、やっぱり……」
俺たちの遭遇した山賊とこいつらも出会ったらしい。で、見事犬は飼い主を守ったわけだが、一目散に逃げだしたカリルが村にたどり着いた時、バーニーの姿は無かったとか。
「このあたりに山賊なんてねえ……物騒になったもんだよ」
同席しているカリルの母、アナベルもため息交じりに呟く。比較的大きい街との最短ルートに陣取られているとなると、この街としても困ったもんなんだろうが……
「山賊なら国の管轄だろうがよ。兵士は何やってんだ?」
「こんなちっぽけな村なんか、助けに来てくれるもんかい。ましてや、村が襲われたでもなく近くにいるだけじゃね」
「なんでえ、税の納めがいのないこった」
「っていうかさ……犬ってかなり遠くからでも帰ってくるって言うじゃん。5日も帰ってこないってもう死んでんじゃない?」
「うぅ……」
ストラの言い分はごもっとも。山賊たちが邪魔をした犬を放っておくとも思えねえ。かといって死体を見つけたとか、諦めさせるとかそう言うのでは話がおしまい、それではこの未亡人の懐にもぐりこんで物理的にも潜り込む俺の計画が……
「ん、いや、まてよ……? たしかあの時……」
山賊どもから逃げるとき、犬にほえられた。その時はちらと見ただけだったが……その犬、顔に白い十字模様があった……
「……あの犬か?」
「え、あの犬って……あの犬ぅ? 普通飼うかなあそんなの」
「見たんだって! 白い十字の犬!」
「本当!? どこで!?」
「その山賊たちのねぐらで。番犬代わりに使ってたみてえだな」
「山賊につかまってるんだ……お願いします! バーニーを助けてください!」
「本当にそうだったとしてどうすんのさ。またあいつらの所に行くの?」
「正面からやりあおうってんじゃねえんだ。こっそり忍び込んで犬だけ連れだせばいいだろ」
「めっちゃ吠えられてたじゃん。すぐにばれて追いかけられるのがオチだよ」
「まあまあ、そこは考えってもんがあんだよ」
「本当だろうな~……」
「策があるんなら……私からもお願いするよ、どうかバーニーを連れ帰ってやってくれないか? 子犬の時から一緒だった、この子の……私にとっても、大事な家族なんだ。私からも、お礼はするからさ」
「お礼!! よっしゃ、がぜんやる気がわいてきたぜ!」
ストラが何か白い目を向けてきているが、俺の欲求は満たせて人助けにもなる。誰もが喜ぶ素晴らしい計画だ! それにこの未亡人が悶える姿を見れば、ストラもその気になるかもしれん! そうと決まれば善は急げ。俺たちは潜入計画を練り上げることにした。