38 猫の王女は不満有り
「うぅ、良かったです誤解が解けて……」
「そもそも捕まえるなって話なんだけど」
「まあ、解放されたってこたあ、あの猫娘もちゃんととりなしてくれたんだろうよ」
俺達は改めて解放され、神殿の回廊を案内付きで歩いていた。森と街を見下ろす石造の通路には夕日が差し込み、川の水面がキラキラと光る中、船がゆったりと進んでいくのが見える。
「こうしてみるとずーっと森なんだね……それにしてもここどこだろ?」
「神殿だよ、川向こうにあったろ」
「え、あそこなんだ!? うわ~、見てみたいって思ってたけど、まさかこんな形で来ることになるとは……」
「と、得したって考えましょうか……? ほら、あの壁画とか立派ですよ!」
壁に並ぶ石板に刻まれているのは獣人の姿。それが耳や尻尾の無い姿……これは人間だろう。それと出会い、争い、手を取り、怪物と共に戦う姿が表されている。
「お~……これって、何かの物語かな?」
「建国の様子……に見えますね。ひときわ立派なのが獣人の王様でしょうか?」
「まあ、そんな感じだな。だが……」
「皆さん、どうぞこちらへ」
立ち止まって壁画を見ていたが、バク獣人に急かされて回廊を進み、神殿の中にある立派な両開きの扉に案内された。そこが開かれると……
「おお、やっと来たか!」
件の猫娘が、派手な色調のラグマットに座り俺達を出迎えた。そこはリビングのようなところなのか、大きな絨毯に何人分かのクッションが置かれていた。
「この度は済まぬな。わらわも止めたのじゃが、聞き入れてもらうのに時間がかかってしまった」
そこに鎮座するのは人騒がせな猫娘。赤や青で鮮やかに染められた服と金や銀で飾られた腕輪やティアラを身に着けたその姿は、街中で見た姿と違って上流階級と一目でわかるものだった。
「ほんと、ひどい目に遭ったよ。リオなんてめっちゃ泣いてたし」
「め、めっちゃというほどでは、あの……はう……」
「迷惑については置いといてだ。とりあえず、ちゃんと自己紹介って奴をしてもらおうか。まあ、大体想像はつくけどよ」
「それに関しては、私から……」
奥まった扉から、声と共に従者を伴った獣人の女が姿を見せた。すらっとしていながら肉感的な体に白いベールを纏った姿と、頭に突き出た耳、中心に向けて黒くなっていく顔……サイアとよく似た……ってことはだ。
「神官長コラトーである。我が娘サイアが迷惑をかけたらしいな」
「神官長って……この国の二人の王様の一人だよね?」
「ってこたあ……王女様かよ! 大物とは予想はしてたがそこまでか!」
「や、やっぱり大逆罪案件だったじゃないですかぁ! はわわわ……!」
リオは慌てて片膝をついて頭を下げる。俺は……膝とかねえ!
「おいストラ、リオの真似しろ!」
「ええ? 何で……」
「相手は女王様だぞ! 俺達の首なんてどうにでもできるんだ! いいからしろって……!」
「あたた、悪いのはあっちでしょ……」
ぶつくさ言うストラの膝を強引に曲げて座らせた。度胸があるのはいいことではあるが、さすがにこの場面ではまずい! 俺も先端を床に向けてそれっぽい形をとる……
「よ、よいよい! 楽にしてたもれ!」
「娘の監督不行き届きは私の責任……侘びと言っては何じゃが夕食の席を設けたゆえ、ゆっくり寛ぐとよい」
「触手……これどうしたらいいの?」
「王族の招きだぞ、受けない訳にはいかねえだろ……まあ、何かするつもりならこんな回りくどいことしねえ、大丈夫だろ」
「う、うん……」
とりあえず、俺達は勧めに応じて草で編まれたクッションに腰を下ろした。胡坐を組むストラと横座りのリオ、こういう所でも育ちが出るなと思っていたら……神官長が手を叩き、料理が運ばれてきた。大皿に乗った肉やらスープのボウル、小料理の皿が次々と……!
「わ、わ、わわ……!」
「見たこと無いものばかりです……」
「ね、ねえ触手、こういう時の作法ってどうするのさ」
「わからねえよ俺が居ない間に出てきた相手なんだからよ……」
「よい。今宵はこちらがもてなす側ゆえ、無礼講としよう」
「って言ってるけど……」
「まあ……あちらさんを真似しながらだな。フォークとスプーンはあるし、まずはスープからいくか。さすがに掬って飲むのは変わらんだろ。赤いのは具のエビの色か?」
「うん、それじゃあ……ん、ん!? うわ、すっぱ……辛!?」
「変わった風味です……ハーブが独特なんでしょうか?」
「うは、これは……味わったことのない味だな」
ストラは慌てて水をくぴくぴと飲み始めた。エビをメインとしたスープだが、味の主体はレモンに近い酸味、それと遅れて唐辛子の辛みがやってくる。……一口目はその辛さの衝撃に意識が向くものの、二口、三口と食べるうち……
「な、なんだろ、なんか、癖になる……」
「ハーブの風味が爽やかさを出して、エビのうま味をベースに、なにか……発酵した味がするな。うん、こりゃ美味いスープだわ」
「汗が出ます~……」
「人間は辛い物を食べると水が出るのじゃのう。聞いてはいたが不思議なものじゃ」
スープのほかにも珍しい野菜のサラダ、魚のすり身を揚げた物、チキンピラフに近い物、カニと卵の炒め物、どれも見たことのない物ばかり! 最初は怪訝そうにしていたストラもだんだん食欲の方が勝ったのかもりもりと食べ始める。
「は~、おいしかった~」
「流石に王宮料理ですね……」
「んむ。で、だ」
満足げに息をふう、と吐くストラの前に食後の果物が並んだところで、俺は話を切り出す。
「王女様……神官長の娘ですから王女ではないのかもしれませんが、とにかく地位あるお方。それが供もつけずお一人で何故市中へ?」
「うわ何その喋り方」
「礼儀だ礼儀。お前も下手なこと言うなよ」
「どっちにしても、あんまり首を突っ込むことでもないと思いますけど……」
「でも、聞いても良いと思わない? これだけ大ごとになったんだからさ」
「いや、その……実はな……許嫁の顔を見に行ったのじゃ」
「許嫁……って結婚を約束した相手ってことだよね? じゃああっちの……エミルだっけ。あれが?」
「いかにも。サイアはアンペール家当主、エミル・アンペールの妻となることが決まっています。いずれは夫婦でこの国を……」
「母上、そのことなのじゃが……」
だがサイアは神妙な顔をして母親の言葉を遮った。
「わらわは、嫌じゃ! あのような男と夫婦になどなりとうない!」
「何を言うのですサイア、国を統べる者が。私も夫は選んだりしなかったのですよ」
「それにしたって、父上は立派な戦士長じゃった! なぜあのような吹けば飛ぶようなひょろい相手と!」
「あ、問題そこなんだ……」
ストラの呟きをよそに、親子喧嘩が始まってしまった。見ず知らずの相手と結婚するのはともかく、男として気に入らんという事か……
「ねえ……どうするのこれ」
「家庭問題ですし……政治的な話でもあります。私たちの出る幕じゃ……」
「そうだな、大人しく果物食っとこうぜ……お、この赤い毛まみれの果物美味いぞ」
「ええ~、なんか気持ち悪い……あ、ほんとだおいし~。なんか、むちゅぷりってしてる」
関わらないことに決めた俺達は熱帯の果物を満喫する……
「わがままは許しません。『神託』にもあるよう、お前は人の王と結ばれこの国を輝かしい未来へ導くのが定め。それを曲げること、相成りません」
「何かと言えばすぐ『神託』! そんなに『神託』が正しいなら、なぜ父上は……!」
「サイア!」
神官長はサイアの手を取ると立ち上がり、こちらを向いた。
「娘が醜態を見せた。客室を用意してあるのでそちらで休まれると良い」
「母上!」
そのまま二人は部屋を後にし、俺達三人と召使が残された。その召使も困った顔だったが……
「なんか知らないけど……とりあえずこの毛のある果物お代わり」
「私、ストラさんのそういう所凄いなって思います……」
「だがまあ、どうしようもねえだろう、これは」
王家……神官長って名前だが事実上王家で良いだろう。そんな所であってもああいう喧嘩ってのはするもんなんだな、などと思いつつ。俺達は飯を食い続けるのだった。




