36 お忍び、そしてお縄
イフトの国を二分する大河。俺達はそのほとりで、渡し舟や漁船が行きかう川を見ながら、ストラの風呂に落ちてきた猫娘を取り囲んでいた……が、いつまでも猫娘ってわけにもいかねえ。まずは名前から尋ねることにした。
「とりあえず……お前、名前は?」
「わ……私は……ミーズ、じゃ」
「ミーズさんですか……追われてるって言いましたけど、どうしてですか?」
「私は、そう……囚われていたのじゃ! そこから逃げ出したので探されているのじゃ」
ミーズとやらはそう言う、が……
「……どう思います?」
「どう見ても噓でしょ……攫われたとかなら元居た場所に戻りたがるはずだよ」
「だが、見た感じ割といい身なりしてるぜ。コソ泥とかそんな感じじゃねえな。そもそも言葉遣いがモロに上流階級のそれだ」
「どっかのお嬢様?」
「だったら、大ごとになる前に返した方が良いんじゃないですか……?」
「うーん……」
3人顔を突き合わせて頭を悩ませ……ストラが振り向いて一言。
「ミーズはこれからどうするの?」
「うむ、街歩きというのをして、いろんなところを見てみたいぞ! そうじゃ、お主らに案内を頼もう!」
「案内も何も、私達も今日この国に来たばかりなんですけど……」
「おお、旅人か。それはよい! 旅路の話など聞かせてたもれ!」
「割と遠慮ねえのな……」
「ん~……いいよ、じゃあとりあえず一緒に行こう」
「おお! 助かるぞ!」
「いいのかストラ? お前の嫌いな上流階級だぞ」
「そうだけど、お金持ちに恩を売っておくのは悪くないし……それに放り出して何かあったら寝覚め悪いし。どこに連れてけばいいかもわかんないなら、とりあえず連れ歩くしかないでしょ」
「大丈夫なんでしょうか……」
「ではさっそく行こうか! 人間の王宮を見てみたい!」
「人間の王宮って……どっち?」
「ん~……お、あっちか?」
体を木々の上に伸ばして見回すと、街の南東に建築様式の違う……俺達の良く知る街並みが広がる一角があった。俺達はそっちに向かいつつ、自己紹介など済ませていくのだった……
「街を飛び出して騎士を拾って……旅とは楽しそうなものじゃのう」
「危うく死にかけたのも一度や二度じゃねえけどな」
「でもまあ生きてる……なんか街の雰囲気変わってきたわね」
街並みがどこか雑然とした植物製のものから、レンガや石造りのものに変わってきた。住人も獣人が減り、俺達の知る人間の街並みとそう変わらないものになっていく。特徴的なのは……
「漆喰やら何やら多用してるんだな。日光を防ぐためか?」
「白い家ばかりじゃのう! 眩しいぞ……」
「お~、目がキュッってなってる。猫なんだなあ……」
「それにしても、なんで獣人の人が、人間の王宮に……?」
「うむ、そこに住んでる者に用があるのじゃ」
「王宮に住んでるって……王様?」
「いやあ……まさか……」
「まあ、とりあえず行ってみるか」
俺達は白い街並みを歩き出した。市場、色々な店、宿に馬車道、公共井戸と、生活に必要なものは一通りそろっていて、ここだけで小さな街になっている、そんな印象だった。時折道を尋ねながら、王宮とやらを目指していく。そう広くも無い街、それはすぐ見つかったが……
「王宮……ではないですよね」
「でも、ここで間違いないよ。ほら、なんか門番いるし」
通りの突き当りにあり、塀を持ち、門に見張りこそいるが、そこは大き目の屋敷程度……質素ではないものの、王宮という程の華美さは見られない。というか、だ。
「これ、荘園主の邸宅だな。帝国じゃよくあった奴だ」
「どういう事?」
「王様なんて格じゃねえってことだよ、精々下級貴族だな。なるほど、帝国が崩壊して地方領主が勝手に独立して王様名乗りだしたってとこか……」
元々このあたりは帝国の製材所や大規模農園などが存在した。それらを取りまとめる荘園主の屋敷もまた。だがそれらを纏めていた帝国はなくなっちまった。そうなりゃ、自分たちで生きて行かなきゃならん。荘園は事実上の小国になる。おそらく帝国中で似たようなことが起きたはずだ。それらの中で生き残ったのが、今の国ってことだろう。
「歴史を感じるねえ……」
「何言ってんだこの触手」
「……あ、ちょっと! ミーズさん!?」
「エミルは居るか? 出してたも!」
「なんだ貴様? エミル様を呼び捨てなど、無礼だぞ! とっとと失せろ!」
「なんじゃと!? ならばサイアが会いに来たと伝えるがよい!」
しみじみしている間に、ミーズは堂々と門番の所に行って誰かを呼び出していた。当然、文字通り門前払いを食らってやいやい言っていたが……
「なんの騒ぎですか?」
「は、エミル様!」
その騒ぎは奥から聞こえてきた声が収める。2階の窓から顔を出す男……それもまだ若い。
「この、サイアとか言う獣人の娘が……」
「サイア!? そこに居るんですか!? 待っててください!」
顔を引っ込めてバタバタと走る音がする。程なくして玄関に姿を現したのは……まあ、色白で線の細い美男ってとこか美青年というには若いが美少年という年でもない、そんな感じだ。そいつはミーズ……サイアと名乗っていたが。とにかく猫娘を見てうれしそうな表情を浮かべている。
「お、お主が……エミルか……?」
「はい! 会いに来てくれるなんて……!」
一方の猫娘はと言えば、なんというか……後ろからでもわかる微妙な空気。耳がぺたんと閉じられ、尻尾がバタついている。
「なにあれ? どういうことなの?」
「うーむ、お互い知り合いではあるのか?」
「でも、ミーズさんはなんだか初対面みたいな……?」
状況がよく呑み込めず困惑する俺達……その時、大勢の荒々しい足音が近づいてきた。
「いたぞ! サイア様だ!」
「後ろにかどわかした連中もいるぞ! 逃がすな!」
駆けつけてきたのは、種こそバラバラだが一様に体格のいい獣人たち、統一された赤い服装は何かの制服のようだが……刺又を持ったそいつらはたちまち俺達を取り囲んだ!
「え、な、な、なんですか……!?」
「よくわかんないけど……逃げた方が良い感じ! リオも逃げるよ!」
言うが早いかストラは駆け出し、向けられた刺又の先端を踏んで、そこを土台に雄牛獣人の頭を足蹴にし、跳び越える! そのまま包囲を抜け……目の前に黒ヒョウの姿!
「あっ!?」
「(身長の倍はあるんだぞ!?)」
ストラは黒ヒョウに叩き落とされた! 落ちたストラに周囲から追撃が襲い掛かる!
「がっ! う! リオッ! 何とかして!」
「む、無理ですよぉ! この人たちきっとこの国の兵隊ですよ!? 勝てても後が続きませんよぉ!」
リオは無数の刺又に手足を抑えられて動けない、こっちはストラの身を守るので手一杯、多勢に無勢でどうしようもない!
「ま、待て、お主たち待てい!」
「サイア様をお連れしろ! 神官長様にたっぷりお叱り頂かねば!」
「こいつらも連れて行くぞ! 手枷をはめろ!」
あれよあれよという間に俺達は手枷をはめられ縄で縛られ目隠しをされ、連行されてしまった……




