34 熱帯の街、イフト
「それではみなさん、用意は良いですかな」
魔人族に襲われた宿を守って一日。俺達はダンカンの馬車に荷物を積み込んだ。宿の前には切り落とされた魔人族の首が三つ、棒に刺さって晒されている。物騒な案山子の横で宿の主が手を振って見送ってくれ……ストラは苦笑いしながら馬車に乗り込み、俺達は当初の目的である、樹海の街イフトを目指し出発したのだった。そして進むこと数日。
「ねえ、イフトまであとどのくらいなの?」
「もう半分は過ぎましたよ、生えてる木もちょっとずつ変わってきているでしょう」
「木かぁ……なんていうか南国なんて言うからもっとこう、異国~~っ、って感じになると思ったんだけどなあ」
「そりゃ気候や植生はそんなガラッと変わるもんじゃね
話をしていた馬車の中に、突然何かが飛び込んできた! バタバタ音を立て、黒い羽根をまき散らす、巨大な嘴の鳥だ!
「うおっと!?」
「わ、わ! みてこの鳥! すっごい南国っぽい! 絵本にあった通り!」
「わあ、本当です……」
目をキラキラさせて、ストラがどんくさい鳥を捕まえようとした時。鳥はけたたましい鳴き声を上げた!
「ア゛~~~~~~!!」
「ひゃわ!?」
「わー!? うるさい! 声は全然可愛くない!」
うっかり飛び込んだ鳥は飛び去っていく。同種の物らしい群れが空に見えて、着実に俺達は南国イフトへと近づいてきているのが感じられた。
「そういえばさ、なんで北にあるのに『南国』なんだろう?」
「俺達が話してるのは帝国語だからだよ。帝都は北にあったからな。そっからみりゃ『南国』ってこった」
「へ~」
とりとめのない話をしながら荷台に揺られ進む日々。いつしか植物は緑色が強く背の高い草が増えた。木々もほとんどは葉を茂らした蔦に巻き付かれ、景色のほとんどを緑が覆う。空気は湿って粘るような感覚を覚え、気温は大分上がり、ストラたちは馬車の奥に引っ込んで日差しを避けている。
「暑い……」
「もう熱帯に入ったな。ストラはまだいいが、リオは大丈夫なのか?」
「そうだよね、鎧着っぱなしじゃん」
「実はこれ結構快適なんですよ。4代前の人はドラゴンの炎に巻かれても火傷一つ追わなかったとか……今も別に暑くないです」
「うわ、いいな~……ねえねえ、ちょっと交代してよ」
「暑いからいやです……」
「けち~……」
うだうだしながら、時折水を口にする。やがて徐々に街道をゆく人や荷車が増え、時折整然と木が並び、変わった形の果実をつけた広大な農園が姿を見せる。小さな川にかけられた橋をいくつか渡り……やがて木々の間を抜けると、大河のほとりに築かれた都市が目の前に広がった。
「見えました、あれがイフトですよ!」
「おお~……!」
御者席に飛び乗ったストラが感嘆の声を上げる。壁の無い街に立ち並ぶ住居はほとんどが木造で、地面から半階ほど空間を設けて作られている。花か果物か、空気に甘い香りが漂う中、街を行くのは獣人たち。日に焼けた濃い色の肌や、模様の入った毛皮や灰色でがさついた肌のそいつらが営む露天には、鮮やかな色のジュースやボウルに入った麺類、よくわからん芋、鮮やかな色の布地なんかが並ぶ。強い太陽の射し込む空を飛ぶ鳥や、草木に着く花は色鮮やかな赤や黄色。とにかく地域特有の色合いが雪崩のように押し寄せてくる。そしてその街の一番奥に鎮座するのは王宮か何かか、三角形をした大きな石造りの建造物が街を見下ろしていた。
「すっごいな~……なんか、ギラギラしてる感じ」
「なんだか騒々しい気がしますね……鳥の声のせいでしょうか」
「あの鳥、うるさかったよね」
「このあたりの人はなぜか声が大きいようで。しかしこの熱気も悪くないでしょう?」
「熱気はともかく……なるほど、この暑さが生んだ文化ってわけか」
暑いと袖の短い服を着たくなるもんだが、熱帯ってのは日差しが強い。そうなると、逆に袖や裾は長い方が日差しを遮って涼しくなる。そしてこの湿気から逃れるため、生地はなるべく薄くなり、結果。
「うおおお……! 半分透けてるようなもんじゃねえか!」
「知っていますか? 獣人はもっとすごい物着ますよ」
「マジか」
「ええ、あの通り体が毛でおおわれているでしょう。なので元々服を着る文化が薄く、せいぜい装飾品程度だったのが、私らの服飾が流入しましてな。そうなると……ほら、あのような」
「う、おおおお!」
若い女らしい、猫型の獣人が歩いていく。ほぼほぼ最低限の布地と、それを繋ぐ薄いベール。それがメリハリの効いた肉体を引き立てる!
「単に裸なだけではああはなるまい! 服が姿勢を整え、一皮奥にあるからこその魅力と興味を掻き立てる! すげえなあ……! 異文化交流万歳だ!」
「切ったのに喋ってるよ……」
ああはのあたりで切り落とされたのだがそんなことよりがぜんこの国に興味がわいてきた。是非ともしばらく滞在していろんなところでいろんなこと
「ていっ」
「をはぁっ!?」
頭から串刺しにされて物理的に口を閉じられてしまった。
「で、ダンカンはここではどうするの?」
「品を捌いたら今度はここで仕入れて、また次へ、ですな。行商人はその繰り返しですよ。ここなら香辛料や砂糖が鉄板ですな。このあたりでしか取れないので、サールでもどこでも売れるでしょう」
「私達は北へ向かいますから……行き先が分かれますね」
「そっかあ。何となくこのまま一緒に旅するのかなって思ってたけど……」
「ま、仕方ねえさ。旅商人にゃ商圏ってもんがある。俺たちゃ目的地がある旅人だからな、いつまでも一緒ってわけにゃいかねえだろ」
「そうですね……一旦はお別れでしょうか。皆さんのおかげで、商売道具を取り戻すばかりか、あわや魔人族と鉢合わせの危機も逃れることができた。本当にありがとうございます」
俺達は街の真ん中でダンカンの馬車を降り、別れた。ストラは馬車が建物の陰に隠れて見えなくなるまで見送り……吹っ切るように表情を変えた。
「よっし、と。じゃあまず街中を見て回ろうか。屋台で売ってた食べ物気になるし」
「まずは宿を確保するべきかと……」
「評判の美人探そうぜ美人!」
こうして俺達は歩き出す。獣人という未知の存在が居る熱帯の街、イフト。その探索の第一歩を、俺達は踏み出したのだった……




