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33 血と悲しみを濯ぎつつ

 魔人族を倒した俺らは何も知らなかったダンカンの所へ戻り、事のあらましを話すことにした。ダンカンは驚いたようだが、すぐに感心の表情を浮かべる。



「魔人族と戦うとは! いやはや、お強いですなあ!」


「私は止めたんですけど……」


「勝ったんだからいいでしょ。あ、魔水薬(ポーション)ありがとね」


「あれは、その。死んでた人から奪ったもので……」


「緊急事態だったんだ、気にすんなって」



 ともかく、俺達は揃って宿に移動した。治ったとはいえストラが怪我をしたこともあり、大事を取って今日はここで休むことにした。リオは遺体の片づけを手伝い……ビビりなくせにああいうのは平気らしい。ダンカンは死体が残した品を売りつけられて、困りながらも商機は逃せないのかカウンターに並んだ物品を品定めしていた。それらを尻目に、ストラはタダで使わせてもらえることになった客室に行ってベッドに転がった。



「あ~……つっかれた……」


「今のうちに服脱いどけよ……や~め~れナイフ構えるな! 血ぃついてんだろが、洗濯しろって!」


「……血だけ綺麗にするとかできない訳?」


「服だけ溶かす粘液なら出せるはずだがなぁ」


「エロ触手め……着替えるから引っ込め」


「へいへい」



 見たらまたビリビリが来そうだ。おとなしくうなじの中に頭を引っ込め、音だけが聞こえてくるようになる。ベッドと箪笥がある程度の個室だが、一応一番いい部屋らしい。だが片付けの喧騒や死人の引き取りに来た家族の嘆く声が外から聞こえてくるのはどうにも落ち着かねえ……それらに混じって、ストラが呟いた。



「……もうちょっと早かったら、あの人たち生きてたかな」


「さあな。助けたかったか?」


「少なくとも、ああやってメソメソ泣いてるのを見ずには済んだよ」


「ま、仕方ねえ。これ以上死人を増やされることは防いだんだ、それで良しってことにしとけ」


「そうかな……出ていいよ。洗濯よろしく」


「小間使いかよ……しゃあねな、たく」



 血の付いた服を、前の街で買った代えの上着と着替えたストラはベッドで横になった……まあ、治ったとは言えストラは怪我をしたばかり。休ませた方がよかろう、だ。服を水洗いすべく、それを抱えて俺は部屋から伸びていくのだが……タライを借りて裏の井戸に行く途中、ニックがテチテチと着いてきた。



「よろしいでしょうか」


「お、ニック……あ、お前洗濯とかできねえの?」


「当機にそのような機能は搭載されていません」


「あっそ。で、何か用か?」


「はい、ストラの行動についてです」



 店の裏に水タライを置き、血の付いた服を揉み洗い。せめて下着でもあればまだ楽しかったかもしれんが。で、ニックの話というのはその服の持ち主に関してらしい。



「これまでのストラの行動を鑑みて、彼女のパーソナリティは刹那的かつ無分別と分類できます」


「その場その場で思うままに行動する猪ってか? わはは! なるほどそんな感じだな!」


「はい。突破力がある一方で、長期的視点から見れば高リスクであると言えます。彼女が10年以内に死亡する確率は高いと言わざるを得ません」


「縁起でもないこと言うなって……まあわかるがよ」


「そこで、リスク低減のための措置を提案します。具体的には提供する情報を制限します」


「検閲ってことか?」


「はい。危険性が高いと思われる事案を事前に排除することで安全性を高めます。リオの聖地と呼ばれる場所への移動、あなたの女性との性的関係を持つという目的も、より達成しやすくなるでしょう」


「……それをやりてえなら、黙って一人でやりゃ良かったじゃねえか。何で俺に言う?」


「独断で行った場合、私の判断基準に異常が発生しても、私自身が気づけないという問題があります。そのため全情報を把握し、中立的な判断ができる相手に通達しておくのが望ましいと考えました。リオは精神面から不適切であり、あなたが最良となります」


「なるほどな……」



 俺はチャプチャプと服を洗いながら考える。無難な情報だけ与えて無難に稼ぎ無難に旅をする。まあ確かに安全なのかもしれんが……



「……無しだな、それは」


「なぜでしょうか」


「今回みたいに、危険ってのは時として向こうからやってくるもんだ。その時それを乗り切れるかは、そこまでどんな経験を積んでるかってのが大きいだろ」


「否定する材料はありません」


「それにだ。たとえ悪い結果になろうが、全部自分で全力を出した結果だってんなら、まあ……ある程度納得は行くだろ。身内に干渉された結果じゃあそうはいかねえぜ」


「その結果、当人の生命が危険にさらされるとしてもでしょうか」


「あいつ元々人買いから金をだまし取って旅の資金にした奴だからな。リスク上等で自分の人生を切り開こうとしたわけだ。俺としちゃ、その方針は応援してやりたいわけよ。俺も神なんてもん追いかけてこうなったタチだからな~」


「……了解しました。協力が得られませんでしたので、このプランは破棄します」


「おう、そうしてくれ」



 ちょいと偉そうなことを言っちまったが、俺達の人間関係の中心にいるのはストラだ。事実上リーダーと言っていい。それをこっそり裏から操ろうというようなのは……あんまり感心できる話じゃねえからな。きっちりと阻止しておく。



「追加で質問ですが、神とはどの神でしょうか」


「ん、言ってなかったか? 俺を人間からこの体にした張本人よ。ああ、神ってもそこらに神殿パンテオンがあるような奴じゃないがな。もっと古い奴で、何でも願いを叶えてくれるんだが、俺の願い方が悪くてこんな体になっちまってな」


「興味深い供述です。続けてください」


「続けろってもな……俺はもう一度そいつの所に行って、ちゃんとした形で願いを叶えなおしてもらうつもりよ。北にあるって言う天を衝く金属の巨塔、そこに行けば良いらしい」


「その神はなんという名前なのでしょうか」


「名前は……無かったな。調べてた時も、『神』としかなかった。今の神話体系と繋がらねえから、何かしら異質なものだと考えたわけよ。んで、古代の遺跡やらなにやら探ってだな。神と話せる場所にたどり着いたってわけだ」


「その場所とは、どこでしょうか?」


「ウッル島って言ってな、大青海の北にある小島だったんだが……そこは今じゃもう埋まっちまったそうだ」


「記録に残っています。『神々の戦争』の折、天から光が落ち、空は裂け、山は砕け、海は割れた、と。その際、小島一つが崩壊したとしても不思議ではありません」


「とんでもない災害だったんだな……うっし、こんなもんか」



 水洗いも大体終わったので後はロープを張って干す。そのころ合いで、片付けも大体終わったらしいリオが戻ってきた。



「お疲れさん。ご苦労なこったな、戦っただけでも十分仕事しただろうに」


「亡くなられた方をそのまま放置はできませんから……私も水使わせてもらっていいですか?」


「おう、何なら中身まで揉み揉み洗ってやっても……」


「そ、それは遠慮します……」


「遠慮すんなって~。戦って汗もかいたろ~? 鎧もいったん脱いでだ、汗の溜まりやすい乳の下とかを~……」


「ひわわ……」


「状況をストラに報告します」


「あ、ちょ、まてまて! 珍しく邪魔が入らないんだぞ! せめて! 触れるところまで!」



 説得虚しく、ニックの告げ口で俺はまた切断されてしまうのだった。



「ニックの奴、感情や欲求が無いってのはフカシじゃねえのか……?」



 洗濯物と一緒に干される刑を受けながらそんなことをつぶやく。少なくとも、ニックにゃニックの目的があって、俺達についてきてるのは確かだ。悪意はなさそうだが独善的ってところか……120年も前の使命をまだ続けようっていうんだから随分な堅物だ。機械だけに。



「人間だったら絶対眼鏡かけた出来る女系だな……しかも猫……有りだな、うん! ……人間だったらなぁ~……」



 干物よろしく天日干しになりながら、俺はそんな妄想に逃げるのだった……


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