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30 襲撃

 サールを出てしばらく。北に進むごとに日差しは強くなっていく。街道沿いには農村が点在し、畑と森と野っ原を眺めながら旅路は続く。事件と言えばせいぜい他の隊商とすれ違うくらいで、これといった事件もなく過ごせていた。



「旅って案外退屈だよね……景色が変わり映えしないし」


「なので、皆さん本を持って行ったりするんですよ」


「でも本って一回読んだら終わりだしなあ」


「ま、盗賊だの怪物だのに襲われるよりは退屈な方がいいだろ」


「平和が一番ですからな。そろそろ宿がありますから、そこで少し休憩しましょう」


「どれどれ……お、あれだな」



体を馬車の幌よりも高く伸ばすと、地平線に建物が見えた。街道が交差していて、そこに近所の農家が収入目当てに宿を建てたって感じだ。木製の、割と大きな建物だが……



「……なんか、様子がおかしいぞ」



 遠目にではあるが、建物の周囲に倒れた人のような物が見える。それだけなら酔っ払いでも寝ているのかと思ったが……数が多い。



「どうするよ? このままいくのか?」


「嫌な予感がします……迂回するのはどうでしょう……?」


「何か起きてるかもしれないなら調べないとだよ。後から気になるの嫌だし」


「私としても、出来れば時間の無駄は避けたいところですな……」


「じゃ、多数決ってことで調べに行くよ」


「な~、俺の意見は~?」


「行きたくないの?」


「いやまあ、行くけどよ」


「よし、じゃあ行くよ」



 気になることは調べておきたいというストラの考えには同意する。だがそれはそれとして意思の確認は必要なんじゃないかなと思うわけで……ともかく、俺達は馬車を近くの林に隠し、街道を逸れて宿屋に近づいていった。そして木陰に身を隠し、ひとまず俺が伸びで様子をうかがうのだが……



「なんてこった……」



 倒れているのは死体。それも一つや二つじゃなく、ざっと数えて10近く。それだけでもただ事じゃあないとわかるが、問題はそいつらが……額から上がないことだ。それから、その中身も。



「頭を切り取って……中身を抜いたのか? エグい光景だぜ」


「な、中身って、その、つまり……も、戻りましょう、もう充分ですよ……!」



 ストラと並んで身を屈めていたリオの鎧がカチカチと鳴る。元々引っ込み思案のリオだ、この異様な状況じゃビビるのも無理はねえが……



「家屋内に複数の反応。生存者の可能性があります」


「隠れてたのかも。触手、見てきて」


「犯人だったらどうするんですか……!?」


「その時は……逃げる。触手は囮ね」


「俺の扱い悪いな相変わらず」



 俺は地面を這うようにして、宿に近づく。空っぽになった頭の中身が否応なしに目に入るのはどうにも気持ちのいいもんじゃあねえが……それは我慢して、俺は鍵のかけられた入口から窓に回って中へ……



「きゃあああ!!」


「わあああ!!」



 たちまち、クモの子を散らすように中の人間が物陰に隠れて行った。まあとりあえず、生存者というニックの見立ては当たっていたらしい。



「居るぜ~、何人か生き残り」


「わかった、私もそっちに行く。ほらリオ、行くよ」


「うぅ……」



 引っ込んだ俺と共にリオは宿に近づく。転がる死体に、ストラは顔をしかめ、リオは口に手を当て……



「うぶ……!」


「おいおい待て待て! 鎧のままはまずいだろ!」


「てか、兜の上から手を当てても無駄じゃん! 我慢我慢!」


「お、お二人は……平気なんですかこれ見て!?」


「平気じゃないけど……スラムじゃ死体は別に珍しくなかったし。そりゃ、こんなんじゃなかったけどさ。それより自分の事だよ」


「俺はそもそも胃がねえからなあ。まあエグイっちゃエグイが、なんかここまで来ると逆に現実感がねえな……」


「うぅ……」



 頭を抉りだされ、頭蓋骨の底が見えている死体の数々。リオは上を向いてそれが目に入らないようにしながら、何とかついてくる。宿の戸を開けると、中はテーブルや食器やらが散乱したひどい状態だった。人の姿は生死ともに見えないが……



「居るんでしょ? 出てきて」



 ストラの呼びかけに、カウンターの陰やテーブルの下から、コソコソと人が姿を見せた。農民、行商人、宿の店主、そんな感じのが合わせて5,6人。



「た、旅人さんかい……? 奴らは、奴らはもう居ないのか!?」


「奴らって?」


「魔人族だよ! 3人でやってきて、うちの客を次々と……!」


「ま、魔人族って、あの魔人族……ですか……?」



 魔人族。俺とストラが旅を始めてすぐのころにも遭遇した……人間よりも大きなトカゲが両足で歩いているような。そんな……生き物だ。少なくとも人間じゃあねえが、言葉を話すし道具も使う。そして何より、人を狙って殺し、頭の中身を吸うんだとか。



「そ、そうなんだよ! 見ただろ、外を! あいつら人の頭を……ああ、恐ろしい!」


「『持ちきれないから一度戻る』って言っていた……またすぐに戻ってくるんだ!」


「あんた達、見たところ強そうだ……た、頼む、助けてくれ!」



 口々に助けを請う生き残り達……大体状況は飲み込めた。大きな鎧を着込んだリオを見れば、そんな印象を持つのも無理はないかもしれん。



「え、無理だよ」



 だが、そんな懇願をストラはばっさり切り捨てたのだった……



「え、ええっ……! その、見捨てちゃうんですか!?」


「なに、魔人族と戦いたかった?」


「そ、それはあ、嫌ですけどぉ……」


「そ、そんな! それじゃあ私達は、どうしたら!」


「知らないよ、逃げるなり隠れるなりするしかないじゃん。行くよリオ、ダンカンにも回り道させて……」


「警告、警告」


「ニック? お前人前で喋るのは……」



 普段、自分の正体を隠したがるニックが口を開くのは珍しい。だれも居ないときか、逆に人が大勢いて自分の話し声が紛れる状況じゃないと喋らないはずだが。



「より緊急性が高い状況であると判断しました。接近する反応があります。数、三。二足歩行、かなりの大柄です」


「え、それ……」


「散開しました。この家屋を包囲するようです」


「き、来た! 来たんだ!」


「おしまいだわ! みんな殺される!」



 店内はたちまちパニックの様相……って見てる場合じゃねえ。



「おいどうする、ずらかれそうか?」


「裏口は二人が回り込んでいます。さらに玄関方面から一人が接近中」


「逃げるのは無理かな……リオ、戦うしかなさそう」


「そ、そっそんなぁ!」


「あいつらも普通に死ぬって言ってたもん。リオ、ちょっと出てぶんなぐってきてよ」


「嫌ですよぉ!?」


「ちょっとした冗談じゃん。で、どうするかな……」


「真正面からは行けねえだろ……上だな」



 この建物は平屋だが天井が高い。玄関の真上には梁が通っていて、丁度いい高さ。そこに体を伸ばして巻き付け、もう一本触手を出して支えにし、ストラをその上に上げる。


「玄関、接近してきます。まもなく侵入」


「あわ、あわわわ……」



 オロオロするリオ達を他所に、ストラはナイフを逆手に持ち、足元をうかがう。そして、玄関が開け放たれた! そこからノシノシ入ってくるのは、前に見た魔人族と同じく、服を着て歩くトカゲといった見た目の大柄な影……白と茶色の斑模様の顔をしたそいつは、大きな口を開き声を出した!



「狩られるのを待っていたか、殊勝なことだ! 一人も逃がさ……!?」



 だがその視線が、目立つ鎧姿……リオに引き付けられて固まる。声は少なからず驚きを含んでいるようだった。それを見逃さないと言わんばかりに、ストラが身を躍らせる!



「食らええっ!」


「ッ!?」



 切っ先を下に向けたナイフが魔人の頭上から迫る! 魔人は身を反らしたが、刃がその顔と左眼を抉った!



「グア!?」


「まだっ!」



 着地したストラはそのまま弾むように魔人へ突進、脇腹にナイフを突き立てる!



「ガアアアッ!」



 魔人の悲鳴! だがまだ致命傷には届かず、右手が振りかぶられた! その手にはめた籠手には唸りを上げ回転する円盤が取り付けられていて……



「(やべえ!)」



顔めがけて振り抜かれるそれの前に出る! 体が引き裂かれて一瞬視界が消え……



「ストラさん!」



 リオの悲鳴、ストラの体が倒れ込んだのを感じる。体を再生させて視界を取り戻すと、頭から血をあふれさせるストラが仰向けで床に倒れていた……



「おい!?」


「うっ……ぐう!」


「生きてんな……」



 ストラの呻きにほっと一息、とはいかねえ。刺した魔人族は……



「グ、ガ……! アアア!」



 こっちも生きてるが、苦しんでやがる。とどめを刺すか、ストラの手当てが先か。一瞬悩んだ隙に、裏口の方で扉が蹴破られる音がした。



「Δουσιτα!?」


「Υαραρεταυοκα!? Κυσο! Ενζοσιρο!」



 魔人族が二人! 何か叫んで、一斉に手首の腕輪から稲妻を乱射、リオが次々と打たれる!



「ひゃわわわわ!?」


「リ……なんか平気そうだな」


「Ιμαδα!」



 攻撃されて右往左往するリオを突き飛ばし、一人が突進してくる!そのまま刺された一人の肩を抱え、玄関から飛び出し……残る一人は稲妻を乱射したまま、裏手の方に消えて行った……突飛ばされてすっ転んだリオと、傷口を手で抑え血を流すストラ。そして、焦げた木と血の臭いの混ざった空気が、あとに残っていた……


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