3 触手を見つめるモノ
山賊たちから逃げ出すついでに戦利品を頂いてきた俺達は大回りして道に戻り、それからさらに歩いて夕方になったころ、ようやく隣村にたどり着いた。街道沿いに十数の建物が並んだ小さな村だが、人通りはそれなりにあり、一応木の塀で囲われてはいる。
「まあとりあえず、金だな、金。それから飯と宿。結局昨日一日なんも食ってねえしな」
「そうだね。まあお店なんて、通りのどこかにあるのが……あった」
村に入ってすぐ看板を出している店を見つけた。そこに書かれているのは『雑貨屋』の文字。ストラは入るとカウンターに戦利品を広げ、太った中年女の店主に買取を持ち掛ける。
「指輪とブローチ、ボタンは買うよ。ま、2500ってとこだね」
「ええ、それだけぇ? この指輪銀だよ銀! 日雇いでもその倍は貰えるよ!」
「嫌なら他所に行きな。見たところ文無しだけどそれでいいならね」
「くっそー……わかったよ、それでいい」
不満そうな表情を浮かべながらも、ストラは店主から銀貨と銅貨数枚を受け取る。そのデザインは見慣れないものだった。
「おい、なんだ2500って。何のことだ?」
「は? お金も知らないの?」
「金え? 確かに銀貨や銅貨は貰ってたがよ。帝国銀貨じゃあなかった……一体どこのだ?」
「銀貨にどこもここも無いでしょ」
「いや、あるだろ単位ってもんがよ! 数字だけで表せるってことは単位が統一されてるってことだが、そんな制度取ってるところなんざ……」
「あ~、うっさいなあ」
雑貨屋を出たストラは、次は宿屋を探し始める。これもまたすぐに見つかり、一番安い部屋を取って、併設の食堂で夕食にすることにした。
「ったく、あんまり騒がないでよね。目立つし恥ずかしいし」
「こちとら寝て起きたらこんな体でわけもわからんところに放り出されてるんだ。何かしら今の状況の手がかりって奴を掴まねえといけねえんだよ」
まったく知らない売買のやり方に戸惑いを覚えている間に、パンと野菜くずのスープが運ばれてきた……一人分。
「……おい、俺のは?」
「え、食べるの? 口も無いのに」
「口、口は……」
口を開けてみる……すると体の先端から左右に裂け目ができ、ギザギザした口になった。奥には喉もでき、物を飲み込めるようになる。
「おお、出来た! よっしゃ、これで食え……」
「はむはむはむモグモグごっくん!」
「あー! てめ! 一人で!」
「へっへーん、早食いはスラムの基本だよーだ!」
なんか自慢げなストラが笑う。飯を食い損ねた……といっても別に腹は減らない。少なくともこの一日ではそうだ。が、それはそれとして自分一人で飯を食うってのはどうなんだ。
「あーあ、くそ……」
食事を終えたストラは部屋……寝室というにはシーツすらない、ただ横になれるだけの狭い空間でストラは眠っている。
「なーんか……思ってたのとはちげえな……」
最低限明かり取りにはなるような窓から顔を出し、俺はぼやいた。空に見える星座は、俺の見知ったものと同じ。だというのに俺の知る世界とは色々なものが変わってしまっている。星を眺めてもしょうがないので、眠くもないが体をうなじの中に引っ込めた。真っ暗な中、俺は愚痴った。
「神め、一体何考えてこんなことにしやがった……願いを叶えるんじゃねえのかよ」
「はい、叶えました」
「……は!?」
どこまでも続く暗黒の中で、神の声がした。何も見えないが、聞こえる声は確かに神のものだ。
「か、神……か?」
「そう、あなたをその体にした者です」
「者です、ってな……なんだってこんなことにした!?」
「あなたの心の中を見てそうしました」
「心の中ぁ?」
言われて考える。俺の触手のイメージと言えば……
「(……そーだ! 人間の男なんかでてこねーわ! 女と触手だけだわ!)」
触手モノを読んでるときに人間の男なんて不要と思っていたが、まさかそれがこんな形で我が身に降りかかるとは……だが、だからってこれは困る。
「……いやそうじゃなくて! 俺は人間のままこういう感じの触手を使いたかったんだよ!」
「そうだったのですか……」
「とにかく俺を人間に戻してくれ! その上でこういう感じの触手を今のストラみたいに生やせる感じで頼む!」
「今は不可能です」
「なんでだ!?」
「私とあなたが出会った場所はこの世界の殻が最も薄い場所……それ故に、私もあなたに力を使えました。しかしその場所は200年の間に埋まってしまい、もはやたどり着けないでしょう」
「世界の殻……? って200年!? あれからそんなに経ってんのか!?」
「はい」
「マジか……俺の身内や知り合いみんな死んでるんじゃねえか……何だってそんなに経ったんだ!?」
「私は無限ですが、世界はそれに耐えられません。一つの命に私の力を注ぐにはゆっくり時間をかけなければならなかったのです」
「そうかよ……まあいいや。そんじゃあ……その世界の殻が薄い場所ってとこなら人に戻れるんだな? どこにある?」
「最も近いのは北
「おい触手! いつまで寝てんだ! 起きろー!」
話に突然ストラの声が割り込んできた。頭をベチベチと叩かれて目を覚ますと、時間は既に朝。あぐらを組んだストラが不機嫌そうに見降ろしていた。
「なにすんだよ、今大事な話をしてたってのによ~……」
「夢の中で? 寝るのは勝手だけど。床でぐでーって伸びられてたら困るんだよね、ズルズル引きずってく訳に行かないし」
「わーったわーった、起きりゃいいんだろ……」
体を持ち上げた。ストラの肩口に先端を浮かべたまま、俺は昨夜の夢を思い返す。ただの夢というには、はっきりしていた……