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29 金属猫と空を見る

 サールを出てからしばらく経つ。分かれ道のたびに近くにいた馬車は減っていき、いつしか、俺達の馬車は単独になっていた。



「なんだか、随分寂しくなってしまいましたね……」


「他所は隊商(キャラバン)を組んでまとめて移動しますからな。私はそう言うのがどうも性に会いませんで」


「へえ、一匹狼ってことか?」


「いやあ、狼なんて大したものでもありませんが……」



 焚火を囲んでシチューが煮えるのを待ちながら、口に登る話題はダンカンのこと。スプーンで鍋をかき混ぜながら、ダンカンは言葉をつづけた。



「商売というのはね、楽しい物なのですよ。自分の才覚で物を仕入れ、売れると思ったところへ持っていって売る。これが上手くいったときの快感と言ったら!」


「まるで賭け事だね」



 ぐっ、とこぶしを握って力説するダンカンに、いまいち理解できなさそうなストラがシチュー鍋を覗き込みながら気のない返事。



「運が絡むという意味ではある意味同じでしょうな」


「じゃあ、私たちに会えたのは運が良かったわけだ」


「いやはや、まったく……ですが、隊商となるとそうはいきません。売れ筋を皆が一斉に運べばあっという間に値崩れしてしまいますからな」



 それだけでなく、保険の意味合いもあるだろう。当てが外れても他で補填できるよう、あまり売れないかもという物も運ばなければならないはずだ。



「取りまとめ役が何を運ぶか決めるって感じか?」


「ええ。そうなればもう、商人ではなくただの荷運び人になってしまう。私はそれが嫌でしてね」


「ですけど、その方が安定しているのでは……?」



 リオの言うことももっともだ。大抵のことは集団に属してやった方がリスクが分散されて、結果として長続きする。しかし、だ。



「リオよ……女にはわからんかもしれんがな。男には美学ってもんがあるのよ。やりたいことをやりたいようにやる、それは男の夢なんだ!」


「そう、そのとおり! まあ、おかげで未だに男やもめですがな。おっと、そろそろ煮えてきました」



 豆と肉のシチューを取り分けて夕食にしたら、あとは寝るだけ。小さなテントを立て、毛布にくるまったストラ達……だが。



「(俺は外なのね……)」



 俺は毛布の中には入れてもらえなかった。この体は別に凍えるってわけじゃねえが……土の上に横になるのはなんか嫌だ。虫に這われたりする。



「(ストラに潜ればビリビリだし、男の毛布は嫌だし、リオは鎧のまんまだし……う~む)」



 首をもたげた形のまま、もうこのまま一晩過ごすかと体を固定したまま意識を半分飛ばしていると、しばらく経って何かが動くのが見えた。目を覚ましてそっちを見ると……ニックだ。顔を月の輝く空に向けながら微動だにしない。猫には時々あることだが、ニックは本物の猫じゃあねえ。体を動かしてそっちを向くと、ニックもそれに気づいてこちらを向く。



「おはようございます。まだ真夜中ですが、睡眠妨害だったでしょうか?」


「いいや、別に眠たくはならねえんだわ。寝ようと思えば寝れるし、起きようと思えばいくらでも起きてられそうだ」


「それは良かったです。現在周辺に問題が発生する兆候は見られません。なにかご用件はありますか?」


「別にねえが……何してんだ、空をじっと見てよ」


「仲間に呼びかけていました」



 ニックは再び空を向いた。まるで空の上に仲間がいるとでもいうみたいだ。



「仲間? いんのかそんなの」


「はい。当機はある目的のために製造された機体であり、同様の目的をもつ機体群のうち一機でもあります」



 どうも、ニックみたいなのは何体もいるらしい。こんなに高度なものを複数用意して、作り主は一体何をしているのか……



「なんだ? その目的って」


「それを開示する権限は私には付与されていません。しかし、とても重要な任務でした。ですが開始と同時に当機はトラブルに見舞われ、活動停止に陥ったのです」


「任務ねえ……じゃあ呼びかけって言うのはその報告か?」



 どうやらニックはどこかの誰かが作ったというわけではなく、組織的に用意された物らしい。こんなもんが他にいくつもあるというのは驚きだが……空を見ていたニックは、顔を下ろし目を閉じる。



「はい、ですが今日も応答がありませんでした。当機があなた方に発見されるまでの休眠期間は約120年に及んでおり、その間に計画が完了または破棄された確率は非常に高いです」


「120年だあ!? 俺も200年ほど寝てたらしいが、そっちもなかなか大概だな……まあ、切り替えて行こうぜ。他の生き方見つけてよ」



「それは不可能です」


「なんでだ?」



 120年もたてば人間なんて2世代は入れ替わる。それほどの期間がたてば、大抵のことは何かしらの形で終わる……少なくともニックを知っている人間はこの世にいないはずだ。それでもなお元の仕事を続けるというのか。



「私が自由意志を有する生命体とは本質的に異なる物だからです。私は感情や幸福の追求といった欲求は無く、あくまでも機械なのです」


「心がないってことか? あの街で動いてた、ゴーレムみたいに?」


「そういった理解で問題ありません。機序として理解し、コミュニケーションの参考値として用いることはありますが、私自身が感情に基づいて行動しているわけではありません。私はあくまで、当初設定された目的のために行動しています」



 ニックの言葉はピンと来ない所もあるが、とにかく俺達と精神性が根本的に違うものだ、という事らしい。



「でもよ、その目的が中止されたかもしれないんだろ? どうするんだよ?」


「中止の指令を受け取らない限り、私は当初目的達成のために行動し続けます」


「お前にゃお前の生き方があるってわけか……まあ、俺もそうやって生きたいようにやってたらこうなっちまった口だから、あんまり人のことは言えねえな」


「はい。現状の協力体制の維持が双方にとって合理的であると考えます」



 少なくともニックが協力的である以上、その目的に関してウダウダ言う義理も無い、わけだが……それでも気にはなる。



「それで、いつかその目的ってのが終わったらどうするんだ?」


「わかりません。その後のことは指令にありません」


「じゃあよ、俺と一緒に美人探しの旅をしようぜ! 世界中の街を回って、美女美少女をものにして……現地妻が良いか? でかい屋敷に囲うのがいいか? やっぱ囲う

方がロマンだが金が要るからなあ……その辺の稼ぎ方も含めて、な!」


「……わかりました。タスクの優先順位末尾に加えておきます」


「当てにしてるぜ~」


「本日も応答はありませんでした。警戒待機に移行します」



 ニックは箱型に座って目を閉じた。こいつはこいつで色々とあるらしいが……ま、上手く付き合っていくとしよう……ところで、結局俺は寝る場所がないままなわけだが。



「(ニックが見た目通りに毛皮ならよかったんだがなあ……)」



 結局俺は体を立たせたまま、今度の街で自分用のクッションを買うことを心に決めて、一晩過ごすのだった……


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