28 また新たな地を目指して
夕食時の宿。満席に近い食堂で、金色の時計はチクタク規則的な音をさせながら針を動かしている。真鍮のチェーンにつながれたそれを、ストラはゆらゆらと左右に揺らしながら眺めていた。
「結局売らないのかよそれ」
「ま、まあ時計くらい持ってても良いかなって」
俺達はのんべんだらりとしながら注文した晩飯が来るのを待つ。日中に旅の道具を買いそろえ、そろそろ出発、と考えているところだが……
「で、次はどこに行くんだ?」
「え、えっと、私としては聖地を目指してほしいんですけど……」
「聖地……ってそう言えばどう行くの? 場所も聞いてないよ」
「ここからなら、西に行ってオウスから海路で北へ。大青海を越えてディーオ大陸に入ったらまた陸路で北西へ。といった感じですね……」
「口で言われてもよくわかんない……」
「ええと、ですね……大陸が大体こんな感じで、街が……」
リオは手帳と羽ペンを取り出して何やら書きだした……
「はい、こんな感じです」
それは大雑把な地図。二つの大陸とその間を分かつ大青海、俺達が居るのは東側のアーディン大陸、比較的細長く、南北に伸びた大陸は寒帯から熱帯、そしたまた寒帯に至るまで跨る広大な土地だ。そして西側にあるのがディーオ大陸。俺の時代じゃ、まだ対岸に街ができ始めたくらいだったが……今はどうなっているのかわからん。聖地はこのディーオ大陸にあるという。
「海を越えんのか。金も時間もかかるぞ」
「騎士の家系なんでしょ? お金くらい渡されるんじゃないの?」
「いえ、その……私はあくまでも巡礼者の護衛という立ち位置でして……旅の差配に関しては巡礼者がやらないといけないというか……」
「じゃあ聖地は保留ね」
「そんなぁ~!」
目を逸らして鎧の指先をもじもじさせるリオにストラは冷たい決定を突きつけた。と、その時。
「おお、皆さんお揃いで!」
「お、ダンカンじゃねえの」
空いてる席に座った中年太りの男……商人のダンカンだ。俺達がこの街に来るのに馬車に同乗させてもらった相手。まだ街に残っていたらしい。
「噂になっておりますよ、墓場の怪物を倒した女騎士って!」
「女騎士……ってそれリオじゃん! 私は!?」
「まあ、リオの方が目立つからな……デカいし鎧だし」
「むぅ~……」
「で、どうしたダンカン。俺たちゃそろそろまた出発しようかってとこなんだが」
「ほうほう、どこに行くかはお決まりで?」
「まあ、戻るのは無しだから北か西かなって思ってるけど」
「おお、それは丁度よかった! 私、イフトに向かおうと思っていまして。もしよろしければまたご一緒しませんか?」
「イフトって?」
「北の方ですね。イフト双主国、樹海地帯に面した国です。獣人も多く、人と一緒に国を作っているとか……」
樹海地帯と言えば、このアーディン大陸を東西にまたがる巨大な熱帯林だ。俺のいた時代から木材の産地として有名だったな……
「護衛の依頼、ってことで良いんだよね?」
「ええ、それもありますし……先ほどちらりと聞こえましたが、皆さまディーオに行こうとしている様子。しかし、今オウスからディーオへの便は止まっているのですよ」
「え、そうなの?」
「なんでも南大青海に化け物が出るとか……なので、ディーオに行きたいなら樹海を抜けて北航路を使わないといけませんなあ」
「化け物……そ、それは駄目ですね……」
「化け物ねえ……」
ダンカンの言葉に、俺はテーブルの下で座っているニックの方を見る。ニックもこちらを見て、肯定するように頷いた。似たような噂はあるってことか。樹海地帯を抜けられるようになったってのは初耳だが……
「ま、西に行ったところで足止めだってなら、北で良いんじゃねえの?」
「そうだね。じゃあまた一緒に行こうか」
「おお、ありがとうございます! このところマシになったとはいえ、やはり街の外は物騒ですからなあ」
「お礼は出すんだよね?」
「もちろんですとも。まずは手付金代わりに、今夜の食事代は私が持ちましょう」
「え、ほんと? よーし追加の注文しよう! 肉たくさんと、あとお菓子も!」
ブンブンと手を振って店員を呼ぶストラは無邪気なもので。にわかに宴席のようになったテーブルで俺達は料理を頬張った……
そして翌日。俺達は街の北側にある街門に集まっていた。幌が付いたダンカンの荷馬車には商品の箱が満載、ストラの荷物が大分増えたため手狭になったが、俺達はその隙間に身を押し込め、出発した。
「ダンカン、今度の荷物は何なの?」
「鉄地金に、歯車なんかの機械部品、あとは岩塩に薬ですな。大事な商品だ、しっかり守ってくださいよ」
「が、頑張ります……」
緊張気味なリオの声と裏腹に、麗らかに晴れた空の下。街道から出入りする人や馬車に混じって、俺達は北へと向かう。ライアとお楽しみできないままに街を後にするのは断腸の思いだが……次の街に行けば次の美人がきっと待っている! 南国美人の褐色肌にあれやこれやしてコントラストを刻めばきっと映える……
「よーし、切り変えていくか! 待ってろ次の街、次の出会い!」
「なんかろくでもないこと考えてる気がする」
ストラの冷たい声と視線と共に馬車は進んでいき、サールを出る……新たな旅路の先にある物に期待をはせながら、俺達は街道を行くのだった。




