23 都会の仕事探し
リオとストラは寝たが、俺はまだやることがある。二人が寝息がする中、俺は心の中で呼びかけた。
「(神……おい、神……!)」
すると、意識は体から離れてどことも知れない黒い空間へと導かれる。俺が神と話す、謎の空間だ……姿はなくとも呼べば応えるあたり、神はずっと俺を見ているんだろう、自分で言ったように。
「呼びましたか」
「ああ、呼んだよ。さすがに無関係とは言わせねえぞ。俺がお前と会ったのが200年前! それを皮切りに自然魔法の発生だの神々の戦争だのが立て続けに起きてる! どういうことだ!?」
「私はあなたをずっと見ていました。世界のことはわかりません」
「それは前にも聞いたっつの」
「ですが、あなたをその体にするとき私は多くの私を注ぎ込みました。その時、漏れ出した私が世界に溢れたのかもしれません」
「それが、世界を変えちまったって言うのか……?」
実際、俺はこの通り触手になっちまったわけだし、だったら魔物やら何やらが出てきてもおかしくないのかもしれん。だが、俺一人を変えるのに世界丸ごとはさすがに行きすぎじゃねえか?
「なあ神よ……お前の目的は何なんだ?」
「私はあなたに求められました。求められた通りのことをあなたに。それが私の目的です」
「随分と懇意にしてくれてるようでありがたいぜ。それで……もうこれ以上世界が変わることはねえのか?」
「世界に漏れ出た私はもはや私ではなく、それが世界をどう変えるかはわかりません」
「そうかよ……」
状況を整理する。世界が大きく変わったのは、確証はないがまあおそらく俺のせいだろう……神だからか知らんが、どうもこいつは細かいことを気にしていないらしい。もっとも、『無限』を自称するだけあってその細かいことのスケールもバカでかいようだが。結果として世界はこうなっちまった。それに関してはまあ、迷惑をかけたってことになるんだろうが……
「(200年も経っちまった今さら、どうのこうの言ってもな。みんなこの世界に適応して生きてるわけだし。問題は、だ)」
現状俺は人間に戻ろうとしているわけだが、単純に考えるなら、変わった物を戻すのにも同じくらいの力が要る。なら、その時も神が世界に染み出すことになる……
「なあ神よ、俺を戻すときにもまた200年かかったりするのか? それはさすがに御免なんだが」
「多くの私を注ぎ込めば、より早く終わるでしょう」
「だがそうしたら世界にまた漏れ出すんじゃねえのか?」
「あなたが変わらぬことを望むなら、そうしましょう」
「できるのかよ!? じゃ何で最初から……それも俺が条件に入れなかったからか?」
「はい」
どうにもこの神はズレてるきがする。会話こそできるが、機微ってもんを理解しないというか……とにかく、今度は気を付けて頼むとしよう。
「とりあえず納得はしておくけどよ……頼むから世界を変に変えたりしないでくれよな。魔物だの魔族だのがまた増えるのは勘弁だ」
「世界の殻が薄い場所を開かない限り、大きく私が漏れ出すことは無いでしょう」
「(てことは、開けば漏れ出す可能性はある、と。きっちり頼めば気を付けてくれるみてえだが、それを知らない誰かが開いたりするって可能性もあるよな……)」
ともかくやることは変わらん。北にある塔を目指して人に戻る、だ。誰かに先を越されるってのは考えたくねえが……今気にしても仕方ない。ストラはこれといった目的が無いから良いとして、リオの聖地へ向かう旅とやらとは、うまいこと折り合いをつけにゃなるまい。
「(どのあたりで言いだしたもんかな……)」
「……い、お~い触手、起きろ~」
ペチペチと頭をはたかれる感触がする。目を開けるといつもの服に着替えたストラが、紫の瞳でこちらを覗き込んでいた。その隣ではリオが鎧の留め金を付けている。
「もうちょっと早く起こしてくれりゃ、生着換えが拝めたのによ……」
「袋詰めにしてやろうか」
今はまだこいつらに神の事を話すべきじゃあねえだろう。俺は定位置に体を納めると、揃って階下の食堂へと降りて行った。今日の朝飯はパンに潰した芋を挟んだもの。シンプルながらマスタードとコショウの効いた具は付け合わせのピクルスの食感と酸味が合わさり、寝ぼけた頭に活を入れてくる。
「さって……少なくとも三日はこの街にいるわけだよね」
商人たちや旅人がめいめい会話する中、朝飯をかじりながらストラは呟く。時計の修理を待つ間、何もしないというわけにもいくまい。
「その間どうしましょう? 市内の名所を巡ってみるとか……名物を食べてみるのもいいかもしれないですね」
「稼ぐ当てだって探さないといけないよ。待ってる間お金は出てくばっかりなんだから」
「まあ、稼げるなら稼いでおくにこしたことはねえがな。稼ぐだけじゃなくて使わなきゃ意味ねえぞ~」
「なんにしても街には出ないとね。で、こいつの出番」
「ニャ~ン」
足先でつつかれたニックは猫のふりをして鳴く。こいつが得意とするのは大勢が集まる場所での情報の聞き分け。こういった人の密度の高い場所はそれこそこいつの独壇場なわけだ。朝飯を終えた俺達はいったん部屋に戻り、早速いい話がないか確かめる。ニックはベッドの上で香箱を組みながら話し始める。
「商取引に関する話題はいくらかありましたが、初期投資が必要なため除外します。他には隊商の護衛、土木工事、荷役等の単純労働があります。その中でも、魔法やアビリティを用いる役割は給与が高い傾向にあります」
「触手が使えそうなのは?」
「現在、市内の旧区画再開発において重量物の荷積みや輸送を行う人員が募集されているようです。触手氏の強度と柔軟性、対応性を利用できるでしょう。詳細は必要ですか?」
「うーん……もっと割の良いのが良い」
「地道に働くのも大切ですよ?」
「名家のお嬢様が何か言ってる」
「名家は名家でそれなりに気苦労とかあるんですよぉ……」
「より高利益を得られそうなものとしては、特定の貴重な品の入手を希望する人物が居ます。上流階級の収集家への販売により多額の利益を得られるようです」
「貴重な品って?」
「骨董品、特殊な効力を持つ薬品、曰くのある宝石などです。なお、入手方法はいずれも不明です」
「駄目じゃん」
「やっぱり、地道に安全に働きましょうよ……」
「アビリティもあるし護衛の騎士までついてるのに何で日雇い労働なのさ」
「安全ですしぃ……」
「その鎧は何のためなのよ」
「身を守るため……」
「とはいえ、俺だってロープ代わりに使われるのは嫌だぜ。男ばっかりでムサそうだしよ。なんかこう、美人や美少女と仕事できそうなのはねえの? 接触ありな感じでギャン」
サクッと刺された。ナイフを抜いたストラは顎に指を当てて唸る。
「うーん、街を歩いてみようか。なにか新しい情報があるかもだし」
「情報収集目的の外出。了解しました。目標地点の提案があります」
「当てがあるのか?」
「そうみたいですね……」
「じゃあ、そこ行ってみようか」
結局これといった目的もなく街歩きをすることになった。宿を出るとニックは先頭に立ってテクテクと歩く。朝の街はどこか落ち着いた空気で、仕事に出る奴らが道を行く……大体は小奇麗な身なりをした市民様だ。
「平和なもんだ。金になるようなトラブルなんてあるのかね」
「無いと困る。ニック、広場に向かってるみたいだけどそっちに何かあるの?」
「はい。第一目標地点、間もなくです」
歩いているうち広場に出た。昨日も来た場所だが、ニックが向かうのはその片隅に立つ掲示板。
「公共掲示板ですね……」
「地域住民が使用するローカルな情報共有ツールです。掲示物を確認します」
「まあ、確かに有用だろうがよ」
掲示板を見上げるニックの首が右から左へ動く。本棚の本をたちまち読み終えるなら、掲示板に張り出された紙程度、一瞬で読めるんだろう。
「なるべく手軽で、終わりがはっきりしてて、支払いの良いの探してね」
「あと美人が依頼人だと嬉しい」
「ばっかだなあ、紙で美人かどうかなんかわかるわけないじゃん」
「気品とかそう言うのが字には出るもんなの!」
「美人かは不明ですが、女性からの依頼があります」
「お、どれだどれだ!」
「これです」
体を伸ばして張られた紙を舐めるように調べ……ニックがストラの肩、俺の頭と飛び移って前足でテシ、と一枚の紙を抑えた。
「『墓地の異常調査への協力求む。詳細は面談にて。 墓守のライア』ねえ。墓守か、ちょっと陰のあるおしとやかな黒髪美人さんとか……! あるいはシスター服か!」
「その妄想力はどっから来てんのよエロ触手」
「墓場の異常って何でしょう……わ、私怖いのはちょっと……」
「ま~ま~。とりあえず行ってみようぜ! 場所はどこだ?」
「先日の図書館に市内の地図がありました。先導します」
ぴょん、と飛び降りたニックが歩き出す。それに続いて街のメインストリートを行くと、小屋ほどの大きさのずんぐりした人型のものが、背負子状の背中にいくつもの木箱を背負って通りの中央を歩いていく。
「土人形が動いて……! あれがゴーレムってえ奴か?」
「そうですね、あれは荷役ゴーレムです。触手さんは見たこと無いですか?」
「ああ、初めてみるな。ほ~、なるほどなるほど」
俺は体を伸ばし、ゴーレムを近くで観察する。全身が土で出来ているが歩行はスムーズ、人間のように筋肉で動くのではなく関節を起点に糸人形のように動いているように見える。
「う~む、俺が人間だったころは理屈じゃ作れるが実用に耐えんって感じだったんだがな。強度とかバランス取りとかよ。足裏どうなってんだこれ。土を歩かせたら摩耗するだろ……」
「え、エロ触手のくせになに知的階級ぶってるの。変な物拾って食べた?」
「しっけーな。俺だってな~、この姿になる前は触手の実現のためにあれこれピギュ」
「あ、踏まれた」
「ゴーレムの前に出るから……」
「すぐ消えるし戻るから大丈夫だよ、行こ」
足裏を見ようとしていたのに振り向いたのはまずかったかもしれん。ゴーレムに関してはまた機会があればにしよう。そう考えながら、潰れた俺がサラサラと空中に消えて行くのを横目に、ストラはすたすたと歩いていった……




