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22 猫の冷たさ、人のぬくもり

 幼児ののどに詰まっていた歯車を引き抜き、呼吸が回復した。大泣きしながら、父親に抱きしめられているその様子を見て、ストラも安堵の表情を浮かべた。



「ミルコ! ミルコああよかった……」


「はぁ、何とかなったぁ……」


「ありがとうございます! どうお礼をしたらいいか! この子まで失っていたら私は、私は……!」


「……じゃあ、時計の修理してもらえる?」


「ええ……! 一番にやらせてもらいます! 本当にありがとうございます!」


「じゃあ、店に置いてくから」


「そんくらいの子供はなんでも口に入れちまうからな。気ぃ付けて見とけよ~」



 ストラはカウンターに時計を置き、店を出た。後ろからかけられた三日もあれば済むという声に手をひらひらと振って……角を曲がって。ニックの首根っこを掴んで持ち上げた。目を尖らせて睨みつけている……



「いつ気付いたの? あの子が喉を詰めたって」


「店舗退出直前です。呼吸音の変化を感知しました」


「なんですぐ言わないの!」


「あの時点で救助を行った場合、状況の切迫性に欠け、十分な心理的影響を与えられない可能性がありました。最大効率は父親が発見してから救助に入る形でしたが、結果として求められる水準の成果は達成されました」


「そう言う問題じゃないでしょ! 間に合わなかったらあの子死んでたよ!?」



 ストラは珍しく……いや、普段から怒っている気はするが、これはなんというか……。不愉快だから怒るのではなく相いれない価値観に相対したって感じだ。このままニックを投げ捨てかねない剣幕だが、ニックは臆した様子もなく答える。



「それは、あなたの価値判断基準から外れると考えました」


「はあ!?」


「これまであなたは、自己への利益を重視し、そのために自他へのリスクを許容する行動をとっていました。よって今回もその基準にのっとり、あなたの利益を最大化すると思われる判断を行いました」


「それは……」


 ニックの言葉にストラは返しに詰まった……実際、そう言われても仕方ないというのは俺も思う。


「ま、まあいいじゃないですか。結果として子供は助かったんですし、時計の修理もやってもらえますし」


「リオは何もしてないけどね」


「はうぅっ……!」



 フォローに入ったリオはあえなく撃沈、しおしおと膝を抱え込んだ。



「まあ、確かにだ。お前が見ず知らずの子供のために顔色返るような奴だとは俺も思ってなかったぜ」


「……でもやっぱり、子供は助けないとだよ。損とか得とか抜きでさ。子供が死にそうなのに、それが利用できるか考えるなんて……嫌だ」


「わかりました。行動選択パラメーターを修正。以降、より人道的見地にのっとった行動判断を行います」


「はあ……」



 意にも介さないといった様子のニックを、ストラはため息をついて地面に下ろす。



「なんか疲れたし、宿に戻ろっか」


「そうですね……」


「なあなあ、功労者である俺には何かねえの? 喉の奥に詰まった歯車取り出したんだぜ?」


「どうせスケベなことするための能力だったんでしょ」


「ん~、まあ、普通じゃあ入れないところまで入ってコネコネと……」


「エロ触手」


「今回は良いことしたろー!? イイコトさせてくれたっていいだろー!」


「じゃあお小遣い上げるよ。1000くらい」


「パン2,3個買ったらおしまいじゃねーか!?」



 子供の命を助けたって言うのに相変わらず俺の扱いは悪い。人間味の無い猫ゴーレムなニックなんかよりよっぽど親しみやすいと思うんだが……まあ、俺も3歳そこらのガキがむざむざ死ぬのは寝覚めが悪い。それを助けられたので良しとしておくか……



 時計屋の一件を話の肴に聞いたダンカンは驚いていたようだが、友人を助けてくれたことに感謝し、夕食を一品追加してくれた。それを平らげ、あとは寝るだけといった時。



「あの……ストラさん」


「ん、なに?」



 隣のベッドに居るインナー姿のリオが、シャツ姿のストラにちょっと弾んだ声で話しかけてきた。



「私、ストラさんのこと見直しました! 冷たくてがめつくて野獣みたいな人だとヘプッ」


「なに? 喧嘩売ってるなら買うけど?」


「そ、そうではなくぅ~……」



 顔面を直撃した枕をストラのベッドに戻し、リオはあぐらをかくストラの横に座った。



「ストラさんはスラム出身って言ってたじゃないですか? 私スラムと関わりを持つことなんてなくて、不潔で乱暴で怠惰な人ばかりで他人なんかどうでもいいって思ってるんだとばかり思ってて。私、あなたについていっていいのかなって思ったりもしたんですけど」


「けど?」


「子供の命を守るために迷わず駆けだすストラさんを見て考えを改めました! 私……」


「改めなくていいよ。実際スラムの人間なんてクズばっかりだし。騙して、盗んで、奪って生きてる。私だって……」


「あ、えと……」



 ストラはリオに背を向けて、横になってしまった。ストラに伸ばされていた手が所在なさげに宙へ浮く。せっかくリオが歩み寄ってるって言うのにこいつは……まあ、負い目が無いわけでもないんだろう。



「まあ、俺を買ったのも、自分を身売りした金を持ち逃げしたわけだしな。相手が人買いとはいえ、良いか悪いかって言えば悪い……というか普通に犯罪だわな」


「そ、そうだったんですか……」


「……そうだよ。今さらちょっといいことしたからって私は……」



体を丸めるようにしてストラは縮こまり、絞り出すような声を吐く。俺はその目の前に、顔を突き合わせるように体を置いた。



「でもよ、お前はそうしないと生きられないのが嫌だったんだろ? だから街を出たお前はあんなに晴れ晴れとしてたんだ」


「ん……」


「だったらお前はクズなんかじゃねえさ。必死で生きて苦しんでただけだ。その時のことが、古傷みてえに痛むってのはあるだろうけどよ。今日やったことを考えろ! 子供の命を救ったんだ! 誰にでもできることじゃねえぞ?」


「そ、そうそう! そうですよ! あの親子にとってストラさんは英雄です! 店主さんのあの笑顔はあなたが作ったんですよ、もっと胸を張りましょう!」


「とっさの時に人の本性が出るなんてのは使い古された言葉だけどよ。助けに走り出した自分を否定することはねえと思うぜ」


「……なんだよぅ……触手のくせにまともな事言っちゃって……リオもなんかグイグイ来るし……」


 ストラは毛布を頭までかぶってしまった……と思ったら目だけ出した。



「……ありがと」



 それだけ言うとストラは頭を引っ込める。俺とリオは顔を見合わせ……ニマ、と笑って。毛布から出た金色の頭頂部を、どちらからともなくワシャワシャとなでくりした。



「わわわわ、やめろぉ~」


「よいではないかよいではないか~」


「ストラさん、可愛いです……!」


「う~……うがっ!」



 毛布から跳び出した両手に払われた。



「もう! 子供じゃないんだぞ!」


「可愛かったので、つい……」


「んじゃもう寝るか。また明日な」


「はい、おやすみなさい……」



 リオは自分のベッドに戻り、ストラはまた毛布に引っ込んだ。色々あった一日だが、まあ上手いこと行ったと思っていいだろう。ストラが子供に向けた情の一かけらでも、俺に向けてもらいたいもんだが。そんな事を思いながら、俺は枕の横に体を横たえたのだった……


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