21 テンタクル・レスキュー
図書館でストラが読んでいたのは短編でそんなに分厚い本でもなかったが、辞書を引きながらではそこそこ時間がかかり……読み終えたのはもう昼下がりだった。
「しまった……すっかり時間食っちゃった」
「先に宿に行きませんか……? あんまり遅くなると部屋が無くなるかもしれませんし……」
「そうだね……お昼もまだだったし、教えられてたところ行ってみようか」
特に反対意見も無い。俺達はダンカンが定宿にしているという店を訪れた。大き目の店だが時間もあって客はまばら。俺達は席について、適当な昼飯を注文した。
「わ、この揚げ物サクサクしてて美味しい!」
「衣が工夫されてんだな。ちょっと酢を付けてもいけるぞこれ。酒のつまみにも良さそうだな~」
「卵黄のソース……は別注文なんですね。でもあれのあるなしで味が全然違いますし……頼んじゃいましょう」
ストラが鳥肉のフリットをヒョイパクヒョイパクとご機嫌で口に運ぶ。軽い衣の中の肉はふっくらしていながら、鶏肉特有の弾力が口の中で弾むかのよう。
「ソースが余った……勿体ない」
「こういう時はパン使ってぬぐって食べるんだよ。指ですくうんじゃねえぞ」
「ふふ。触手さん、なんだか保護者みたいですね」
「まあ、一応年長者ではあるわけだしな? 包容力ある大人って奴?」
「200年とか年長通り越してジジイじゃん」
「ちょっとは尊重しろよぉ~」
うだうだしている間に皿は空になり、ひとまず今日の予定は一通り片付いた形になる……が、ストラの辞書にはゆっくりするという言葉は載っていないらしい。
「さって、と……次は時計屋探すかな」
「時計屋……ですか?」
「あ~、カリルに貰った奴か? 俺達の記念すべき初仕事の報酬だな!」
「記念すべきかはともかく。壊れたまま荷物の底に置いといても仕方ないしね」
「おや、皆さんこちらにお泊りで! 良い店でしょう?」
「あ、ダンカン丁度良かった! この辺で時計職人知らない?」
ストラが早速次の用事を思いついた時。宿を紹介した本人がやってきた。渡りに船とばかりに椅子から跳ねるように立ち上がって食いつくストラ。
「時計職人? ふむ、このあたりでしたらオーレウの店でしょうな。値段も手ごろで腕も確かだ。場所は……」
「わかった、ありがと!」
「あ、ストラさん待ってください……!」
「悪いなダンカン、なんかストラ浮かれてるみたいだわ! また夜にでも」
「ほらいーくーよー!」
「あー! 川に流されるかのように~~!」
小走りに立ち去るストラから体を伸ばしつつその場にとどまろうとしたが、引っ張られてそのまま持っていかれる! このあたりの優先権もストラにあるらしく、俺はストラの動きをなぞるようにその後に続いていった……
「『オーレウ時計店』ここだね」
表通りから一本入った静かな裏路地で看板を出すその店に入ると、狭い店の中に大小さまざまな時計がかかってコチコチと音を立てていた。そしてそれらの時計に囲まれているのは線は細いが働き盛りの年頃の男。眼鏡をかけ、伸びた髪を無造作に縛っているが、人当たりは良さそうに見える。細かい部品の乗ったカウンターの前で細い工具を手にしたこの男が職人にして店主らしい。
「いらっしゃい……悪いけど今は常連さん以外断ってるんですよ」
「ダンカンって人の紹介なんだけど」
「ダンカンさんの? いや、でもやっぱり無理だ、すみませんね」
「もしかして、敷居の高いお店だったのでしょうか……」
「そう言うわけじゃあないんですけどね……」
「じゃあいいじゃん、こっちはお客だよ? わざわざ来たんだから……」
「ぱーぱー」
困ったように笑う店主だが、店の奥から気の抜ける声と共に……2,3歳くらいの子供がテチテチと歩いてきた。
「こら! こっちには来ちゃいけないって言っただろう?」
「わ、わ……お子さんですか? 可愛い~!」
「うん、この子が手のかからない歳になるまでは仕事を減らそうと思ってるんですよ。何せ妻には先立たれてしまって……」
男やもめ、というやつだ。しかも子持ちとなればまあ色々大変なんだろう。叱られた子供は素直に店の裏へと姿を消した。
「そういうわけなので、今は飛び込みの仕事はうけてないんです。わざわざ来てもらって申し訳ないですが……」
「ああそう、じゃあもういいよ」
ストラはサッと会話を打ち切って、店を出た。リオも一礼して後に続き……申し訳なさそうに頭を下げた店主を背に、ストラはぷりぷりと怒りながらきた道を戻る。
「もう、無駄足じゃん!」
「仕方ないですよ、男手一つで子育てなんて大変なんですから……」
「そんなの私には関係ないし」
「どっか別の店探すしかねえな。ニック、お前その辺わかんねえの?」
「申し訳ありません。そのような詳細な地理情報は所有していません。しかし、先ほどの店舗で修理依頼を請けてもらえる可能性はあります」
「はあ? 断られたばっかりじゃん」
「先行した利益提供、いわゆる『貸し』を作ることで態度が変化する可能性があります」
「貸しと言っても……一体何をすればいいのでしょう?」
「先ほどの店舗に居た幼児が、現在異物の誤嚥により窒息状態にあります。しかし父親は気づいていません。現状、高確率で死亡すると思われます」
「はあ!?」
「これを救助することで心理的な優位を
「子供どこ!?」
「カウンター裏、生活空間です」
ニックの言葉に血相を変えたストラは駆け出し、リオが慌てて、ニックが何食わぬ顔で続く! 戸を蹴破らん勢いで時計屋に飛び込み、驚く店主ごとカウンターを乗り越えて後ろのカーテンへ突っ込む!
「居た!」
狭い廊下に、さっきの子供が倒れていた。その顔は苦しそうに歪んでいる。
「君! 一体……ミルコ!? どうしたんだミルコ!」
「喉に詰まってる、出さないと!」
店主が子供の背中を叩くが効果がない、ミルコ、と呼ばれた子供は段々ぐったりしていく。
「ああ、そんな、駄目だミルコ! 医者! 医者を呼んでくれ! 早く!」
「お、お医者さん……ってどこに!? 私達今日街に来たばっかりで……」
リオは店内でオロオロするばかり。ニックは静観を決め込んでいる。
「間に合わないよ! 今何とかするしかない……触手!」
「俺かよ……しゃーねえなあもう!」
俺とストラは繋がっているせいか、ストラがやらせたいことは言葉にしなくても大体わかる。俺は体をくねらせ細くし、藁ほどの太さになってミルコの口の中へ。喉を通ると、行く手を塞ぐ金属を見つけた。体をさらに4本に分割、四隅からその金属を抱えて引っ張り……
「よっしゃ取れた!」
喉を塞いでいたのは銀色の歯車。それを取り出すと、ミルコの顔の血色がよくなっていく。やがて目を開け、大声で泣きながら父親に抱き着いた……




