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20 触手一行、都会を楽しむ

 夜は山羊の焼肉、そしてまた移動……やがて、サール王国と同じ名を持つ首都、サールの街が地平線に姿を現した。



「外壁とその周りの新市街、栄えてる街の典型って感じだな。王国ってわりには城が見えねえが」


「重厚な城は今どき流行りませんからな。帝国時代からの物が残っている程度でしょう」


「そう言えばフィルスの街にもお城は無かったな。金持ちの屋敷はあったけど」


「私の地元にはありましたね。どっちかというと観光地ですけど……」



 雑談をしながら街への道を進む。人の往来も増えて、建物の間を進むようになるが……



「んお!?」


「何よ」


「今! 今なんか変なの歩いてたぞ! こう……ネコ科人間? みたいなのが!」


「ああ、フェリ族でしょう。北の樹海地帯に住む獣人の一種ですよ。未開の連中ですが力は強いんで、帝国崩壊後の乱世では活躍したんだとか」


「いや、あんなもん見たことも聞いたことも無いぞ!?」


「200年前にはいなかったんじゃないの」


「馬鹿言え! この辺は帝国領だったんだぞ、あんな奴ら居たら絶対耳に入ってる!」


「触手さん、帝国人だったんですか?」


「あ~……その辺りはよく覚えてねーんだが。だが少なくともそんなもんが居たら話くらい伝わるはずだ」


「200年経てば世界も変わるでしょ、慣れなよ」


「そう言う話じゃねえと思うんだが……」



 道を行く人間を見る。ほとんどは俺と……厳密には元俺、と同じ人間。肌や髪の色こそ違えど、だ。だがその中に混じって明らかに人間じゃないものが歩いている。どうやら世界は俺が思ったよりも大きく変わったらしい……



「さて、皆さんどうされますかな。私は積荷をさばいてから、行きつけの宿に行こうと思っていますが」


「その宿って安いの?」


「ええ、安くて飯もうまい! ですので人も集まって情報交換にも向いているんですよ。看板娘は、居ませんがね」


「じゃあ、場所聞いとこうかな。で、リオは配達屋で私たちは協会、と。そんなに時間かからないだろうし、一緒に行く?」


「そ、そうですね! 見知らぬ土地で別行動なんて危ないですし……」



 ちょっと不安そうにしていたリオが明るい声を出した。分厚い兜の上からでも表情がわかる……かくして俺達は入市税を払い、サールの街壁を越えて市内に入るのだった。



「でかい街はストラの住んでたとこ以来だな」


「こういう所で表通り歩くの、なんか落ち着かないな……」


「そうですか? いろんなお店があって楽しいですよ」


「だからだっての」



 不機嫌そうにするストラ……なるほど、何となくわかった。俺はパシッとストラに気合を入れる!



「わひゃっ!?」


「な~に弱気になってんだって! もうお前はスラムの浮浪児じゃないんだ、何一つ後ろめたいことなんてねえ! 堂々と胸を張って俺はお客様だぞってやってやりゃい痛い痛い痛い!」


「し~り~を~た~た~く~な~っ!」



 思いっきり(つね)られた。だがまあ変に俯いてるよりこっちの方がストラらしい。



「と、とりあえず……広場に行きましょうか。案内板なんかもあるでしょうし」



 とりなされて手を離したストラはリオと並んで通りを行く。気を引く物があったのか、時折店を覗き込んだり、雑貨屋で旅の道具を物色したり。交易で栄えているだけあって、商店の品ぞろえも豊富と見える。



「串焼きや素焼きだけじゃね……小さい鍋とか持っておこうかな、あとコップと水袋と」


「毛布やテントも要るだろ、いつも都合よく雨を凌げる木なんかねえぞ」


「私としては魔水薬ポーションも買っておくべきではないかと……」



 多少寄り道して荷物を増やしながらも俺達は広場にたどり着いた。人や馬車が行きかい、石で舗装され、ベンチと水場、何かしらのモニュメント。それらの周りで寛ぐ住人と、そこから餌をせしめようとする鳥。人々の憩いの場というやつに必要なものがそろった空間だ。案内板と掲示板が立ち、端の方では物売りが品物を地面に広げたりしている。何の気なしにそれを眺めてみると……



「お、良い感じの財布あるじゃねえか。これ買うわ。俺の取り分ができる以上、分けて管理しねえとだからな」


「別に革袋で良くない?」


「わかってねえなあ。袋からジャラジャラ出すよりも、ちゃんとした財布からスッと必要な分だけ出す、こういうことが自然にできるのが洗練されてるってことなんだぜ」


「そう言うもんかあ? ……そうなのリオ?」


「ええと……まあ、後者の方が上品ではあるでしょうか」


「そっかあ……私も買お。お前の分は貸しだからね」



 俺とストラはそれぞれ黒と茶色の財布を買って、その次はリオの用事を済ませに配送屋に向かう。手紙を出す手続きの間、俺とストラは店の前で待つことにしたが、道に置いた荷物に座るリオの膝にニックが足を乗せてきた。



「よろしいでしょうか」


「ん、ニック街中で喋って良いの?」


「これだけの往来があれば、目を引かなければ会話による正体暴露の危険は十分に低いと考えられます」


「そう。で、なに?」


「ここは一国の首都であり、様々な施設が存在すると思われます。よって、図書館も存在するでしょう。訪問を希望します」


「図書館~? なんでまた」


「当機は自己学習、論理思考プロトコルを実装しています。しかし、そのために必要なこの世界の歴史や文化、その他多くの分野の情報を有しておらず、その充実を必要としています」


「つまり、お前は凄く頭がいいから本を読ませた方が役立つ、ってことか?」


「端的にいうとそう言うことになります。知識が充実すれば、皆さまにも必要に応じて要約から詳細、さらには情報を基にした推論まで柔軟に出力可能です」


「でも無理でしょ。図書館なんてどこも会員制だもん。そんなお金ないよ」



 実際、図書館ってのは誰も気軽に入れるところじゃない。最低でも市民権くらいは持ってないと入るのは難しいだろう。



「お待たせしました……図書館がどうしたんですか?」


「ニックが行きたいって」


「ゴーレムさんなのに図書館へ? でも、喋りますしね……」


「金銭的理由により要請を却下されました」


「金だけの問題でもねえけどな、会員制ってのは大体入るのに審査があったりしてだな」


「図書館でしたら、私入れますけど……」


「え、入れるの?」


「はい、ええと……」



 リオは荷物を漁り、手のひら大の金属の紋章のようなものを見せてきた。



「これ、修道騎士の証でして。このあたりで図書館と言えばハイネ図書館公社ですから、この証で入れるはずです」


「うわ、上流階級の特権だ」


「長旅をする修道騎士への配慮ですよぉ……」


「ストラ。リオは善意で言ってくれてんだろうが」


「……ごめん」



 しょんぼりするリオとバツが悪そうに横を向くストラ。まあ謝れるだけ距離が縮まった方か。



「問題は解決されました。図書館の訪問を希望します」


「わかったわかった、行くよもう。本読むのもたまにはいいしね」



 ニックの希望で、図書館訪問と相成った。街の一角にあるそこは3階建て程の大きさで、ガラス窓に嵌められた鉄格子がどこか物々しい。



「図書館って言うと、知識層が集まる優雅で綺麗な場所なんだがなあ。まるで牢屋だ」


「本は高いもん。盗まれないようにだよ」



 受付でリオの紋章を見せて、俺達は入館を許される。中央には閲覧用の机が何卓か。そこから見える吹き抜け2階建ての屋内には所狭しと本棚が並び、ページをめくる音が時々する中、入口正面の壁には知識の神だかのレリーフが利用者を見下ろしている。本棚の物陰、人目がない所で、ストラは荷物に隠したニックを出した。



「よいしょっと。で、どんな本を探せばいいわけ?」


「探す必要はありません。透過スキャン機能により、書架単位で書物の内容を把握可能です」


「よくわかんないけど……じゃあ私は適当に時間潰してるから。触手、ニックを見といて」



 ストラは俺を毟ってニックの背中にくっつけた。こういう扱いには抗議したいところだが、図書館で騒ぐのも何なのでおとなしくニックの背中に収まる。



「文化にもよりますが、図書館内に猫がいることは一般に好ましくないと考えられます。周囲の警戒をお願いします」


「わ~ったわ~った」



 ニックは本棚の前に座って、目から青白い光を投げかける。まばたき数回程度の時間で、ニックは隣の本棚に移動した。



「それで読んだのか? 今の光、前は首飾りに当ててたよな」


「はい。当機はある程度の物なら透過して見ることが出来ます。今の書架は歴史書の物でした」


「歴史ねえ……じゃあ、ここ200年ほどの歴史をかいつまんで教えてくれよ。世の中変わり過ぎで付いていけてねえんだ」


「わかりました。およそ200年前は、帝国と呼ばれる国家が世界の約6割を掌握していました」


「そこまでは知ってる。世界最強の軍隊を持った覇権国家だった。俺もそこの人間だった……と思う。あいまいだがよ」


「しかし、ある時魔物と呼ばれる敵対的な生物種が出現するようになり、人間の生活圏への襲撃を行うようになりました。最大の領地を持っていた帝国は、これの対応に追われることになります」


「魔物が出るようになったってのも200年前か?」


「記録されている限りではそのようです」


「……で、それからどうなった?」



 俺が知りたいのはここからだ。俺が神に会って、飛んでしまった200年間。その間に、国や世界に何があったのか……過ぎ去ったこととはいえ、やっぱ知らないってわけにはいかん。



「帝国は魔物への対応を行いましたが、特に遠隔地においてそれは不十分でした。植民地の不満の高まりは自主武装、地方の軍閥化を呼び、徐々に中央の統制が及ばなくなりました。崩壊の決定的出来事となったのが、約130年前の『神々の戦争』と呼ばれる事件です」


「前も聞いたな。何なんだその『神々の戦争』ってのは」


「詳細な記録が残っていないため不明です。しかし空に星々が現れ、昼でも見えるほどに瞬いた、といった記述が多いようです。そのさなか帝都に星が落ち、15代皇帝アイフィウスを始めとした皇帝家は滅亡、後継者を争う内戦が勃発しました」


「リオの言ってた奴か」


「そのようです。約5年にわたる内戦の中、植民地での反乱、独立が相次ぎ、帝国と呼ばれる国体は事実上崩壊に至りました。以後元植民地同士の衝突などを経て、現在の国境が確定していくことになります」


「そうか……」


 こうして言葉にされると短いもんだが、その間に起きたことを考えると何とも言い難い感覚に襲われる。ここはもう、自分の知る世界じゃねえ、そんな物はとっくに消え去った、そう思い知らされた。


「……それで、他に目ぼしいことはあったのか?」


「世界情勢に影響を与えた事象としては、180年ほど前から見られた、自然魔法の発生が挙げられます」


「自然魔法? どう違うんだ」


「大きな違いは血統や特別な訓練無しに使用できることです。また、体系だった効果を持つ従来の魔法に対し、突飛な効果を持つ物も多かったようです」


「訓練無しって……じゃあ、何か。そこらの村人が急に魔法をぶっ放したりできるようになるってことか!?」


「はい、それによる混乱が記録されています」


「そうか、それでそこらのチンピラみたいなやつも魔法を使えたりしたわけか」


「自然魔法の発生は治安の悪化を招きましたが、同時に人類の種としての戦闘能力は底上げされる形になりました。結果として魔物からの生活圏防衛に成功することになります。中でも特殊な効果を持つ魔法を特にアビリティと呼んで区別するようになったそうです」



 魔物の出現と時を前後した自然魔法とやら。これをただの偶然と片づけるほど、俺は心がまっすぐじゃあない。



「次に、先ほど遭遇した獣人と呼ばれる種族の出現が挙げられます。従来知られていなかった知性を持つ種族は人間の勢力図に食い込み、当初魔物と混同されながらも」


「あ~、いい。大体わかる。小競り合いしてなんだかんだ独自の小さな勢力圏持ってる感じだろ? 異民族ってのは大体そうだ……ああ、そういや。魔人族ってのも獣人なのか?」


「定義上はそうです。しかし他の獣人と違い根拠地が不明なことや、強力な魔法の武器を使用する点が明確に他と異なるようです」


「なるほどな……よし、大体わかった」


「また何かありましたらお気軽にどうぞ」



 小さな国の興亡なんか聞いても仕方ねえ。必要があればまたニックに聞けばいいだろう。俺は人が来ないかの見張りに徹し、本棚をめぐっていく。人目を避けながら本棚を一通り回って戻ってくると、ストラとリオは並んで本を読んでいた。リオは女性向け文学かなにか。ストラは……二つの本を左右に並べて眉を寄せながら両方の本を広げていた。



「何でえ、冒険小説に辞書片手かよ」


「なにさ、辞書使うのが悪い?」


「いや、別に悪かねえが」


「私達、まだ読み始めたところなのですけれど……そちらはもうよろしいのですか?」


「ああ、もう済んだ……出るか?」


「……続きが気になるから、これ読み終わってから」


「あっそ」



 荷物の中にもぐりこんだニックから体を剝がし、ストラの定位置に戻る。机に肘をついたストラは気にする様子もなく、子供向けの小説のページをめくっていた……

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