2 第一村人……ではなく盗賊!
濡れネズミだったストラだが、日差しはそうかからずしてその水気を飛ばす。一方の俺はというと、その間この体の動かし方を模索しているところだった。
「(先端が目で、胴体で動く感じで……動き方はわかってきたな。しかしこの感覚は当分慣れそうにねぇ~……)」
触手となったこの体は根元、つまりストラを起点にかなり自由に動き回れる。体の感覚もある。だが問題はそれが人間とまるで違うこと。なんとなく、ここは人間で言うとここの感覚、というものはあるが、自分の動作とそれを連動させるのには時間がかかりそうだ。
「よーし、そろそろいくか」
靴を履いて立ち上がるストラ。ひとまず今の所確かなのは……このじゃじゃ馬が死んだりすれば俺もそこまでということ。その上行動の優先権はこのストラの方にあり、意に沿わないことをすれば俺は制裁を受けると来た。
「(まあ、今は大人しくするしかねえか……そのうちどうにか出し抜いて、この生意気な面をトロトロにしてやるがな!)」
「なんか変なこと考えてない?」
「いーやなにも」
かくして、俺とストラはどこかしらへ続くの道を歩いているのだが……道といっても草が生えてない地面が続いている程度のもので、どちらかといえば森の中といった方が近い。
「っていうか、人の目の前プラプラしないでよ鬱陶しい」
「どこに居ようと勝手だろ、そもそもお前が引っ張ってるんだしな」
「こいつ……逆らったら、こうだぞ!」
ストラはこっちを睨んで何やら力んだ……が、なにも起きない。
「あ、あれ? なんで?」
「……はっはー! どうやら好き勝手にあのビリビリは使えねーみてーだなあ! ほーれほーれ、プーラプーラ~!」
「ぬぬぬー!」
ストラの目の前で振り子運動をしておちょくる。掴みかかろうとするストラは猫めいて跳ねるが何しろ当の本人が根元だからどうってことはない。
「どうしたどうした、捕まえてみろよ~!」
「こんにゃろ……お……?」
そうして気が付けば、俺達は数人の男たちに囲まれていた。こん棒や手斧をもち、こちらをぎらつく目で見るそいつらは……
『山賊だーーー!?』
俺とストラの声がハモったと同時に、男たちはじりじり近づいてくる。
「や、やれ、触手! アビリティの強さを見せてやれ!」
「やれったって……おらあっ!」
俺は手斧を持った一人に突進した。ボスッ、と音がして男はたじろぎ……斧を振り下ろした。濁った音がして目の前が真っ暗になり、少し手前で見えるようになる。山賊の足元にはビチビチと跳ねる俺の先っぽだったもの……
「いっでえええええ!?」
「ちょっと! 普通に切り落とされてるじゃん!?」
「当たり前だろうが普通斧振り下ろされたら切れるわ!」
「普通じゃないのがアビリティでしょうが!」
「こいつらどうってことないぞ!」
「捕まえろ!」
『ぎゃー!?』
一斉に襲い掛かってきた盗賊たちに俺たちは成すすべなく押さえつけられ、縛り上げられてどこかへ運ばれて行くのだった……
「ここでおとなしくしてろ!」
「ぐえっ!」
「あいた!」
街道から脇にそれてしばらく。山賊たちのねぐらになっているらしい廃村で、俺達は納屋に放り込まれた。木戸がバンと締められて閂のかかる音、夕方の日差しが壁の穴から差し込む暗い納屋で俺たちは顔を見合わせ……
「もう! 全っ然役に立たないじゃん! なんだよあのヘッポコ体当たり!」
「うっせーな! 俺がそんなパワフルに見えるか!?」
「じゃあお前何ができるのさ!」
「女に天国を見せる」
「こいつ……! とにかく、何かできないの? このままじゃ私たち売られちゃうよ」
「それか、あいつらのオモチャか。そりゃごめんだな」
縄で後ろ手に縛られたストラは器用に立ち上がると、壁から頭を出していた釘に縄をこすりつけて切りはじめる。こっちは……
「ここから……いけるか?」
壁に空いた穴は手首ほどの大きさ。そこに頭を突っ込んで体を押し付け……ポン、と先端が外に出た。雑草だらけで家も半分以上が崩れた廃村だが、一つだけまだましな建物が残っていて山賊たちのアジトになっているらしく、2,3人の見張りがその周りにたむろしている。
「見張りは居ねえな。夜になったら逃げれそうだぜ」
「あんた、根元からも声出せるの?」
「そりゃそうしないとヤッってる間中、腹の中で喋ることになるからな」
「最っ低」
穴から引っ込むと、待っていたのは縄から解放されたストラの冷たい視線だった。
「なんだよ、ちゃんと逃げ出す手伝いしてるだろうが!」
「うっさいエロ触手! とにかく、じゃあ夜になったら逃げだすよ。それからついでに、盗れそうなものあったら盗っていこう」
ひとまず時間をつぶすわけだが、ストラは納屋の床に座ってとんでもないことを言いだした。
「おいおいおいおい、何寝ぼけたこと言ってんだ! 逃げるのが一番だろ!」
「せっかく相手が油断してるんだよ? 掴めそうなものは掴めるときに掴む! 当たり前でしょ」
「まず自分の身だろうが! 死んだら何にもなんねーぞ!」
「はーっ……発想がお上品だよね、エロ触手のくせに」
「はあ?」
「私達みたいなスラムの人間が自分の身なんか考えてどうするのさ。健康で、動けるうちに、出来るだけ他を出し抜いて沢山のものを手に入れる! それが当然でしょ!」
「おっま……それで死んだらどうすんだよ!?」
「死んだらそれで終わり、それだけでしょ。それまでに何をどれだけできたかが大事なんだよ」
どうも俺とストラとは考え方が違うらしい。こんな調子では早死にするのは目に見えている……
「(とんでもない奴と組まされちまった、クソッ……いくら見た目が良くてもこれじゃあな。じゃじゃ馬は離れて見る分にはいいが身内にするもんじゃねえな……)」
納屋の中で管を巻くうち、差し込んでいた夕日が消え暗くなる。とにかく今は逃げ出すのが先だ……夜中になるのを待ってから再び穴に体を突っ込み、戸の方向に回っていく。
「鍵はねえか……よっと」
閂を押しのけ、扉が開いた。ストラは一歩出ると姿勢を低くし、山賊たちのねぐらに忍び歩いていく。
「大丈夫なのかよ、昼間は見張りがいたぞ」
「夜だし寝てるでしょ。耳は良い方だし」
「ちっ……そんなもん当てにできるか」
地面近くを這うようにしていたが、体を持ち上げて高く掲げる。
「ちょっと、何してんの?」
「見てんだよ……」
高さは3,4階建ての建物程度。見下ろすことで相手の様子も良くわかる。傷んだ家の表側と裏側に一人ずつ、座って居眠りをしている……
「……ってとこだな」
「この暗いのに、良く見えるね?」
「おう、夜這いするとき用に真っ暗でも見えるようにって頼んだからな!」
「発想がゴミカス……」
口の減らないストラは草むらに隠れつつ、家の窓までたどり着いた。木の戸を開け、音もなくストラは中へと忍び込む。中には雑魚寝している山賊4人……頭らしい奴がベッドに寝ていて、その下に箱が隠されている。
「これだな……」
「そーっと、そーっとね」
箱には鍵がかかっていたが、重さはそれほどでもない。それを脇に抱えたストラが長居無用と入ってきた窓をくぐろうとしたとき……チャ、チャ、と木に軽いものが当たる音がした。それに続いて……
「ワンワンワンワン!」
「うおっ!? 犬!?」
物陰に居たらしい犬が吠え、周りの山賊たちが次々と飛び起きる。
「くっそお!」
ストラは窓から飛び出すと、手近の背の高い草むらに飛び込む。そのすぐあと、たいまつを手にした山賊たちが家から飛び出してきた。
「どこに行きやがった!」
「探せ! 次は足へし折っておけ!」
殺気立った山賊たちが辺りを探し回る。幸い草むらに飛び込んだのは見られていないようだが、下手に動いて音を立てればすぐに見つかってしまいそうだ……
「言わんこっちゃねえ、さっさと逃げてれば……!」
「まだ捕まってない。暗くても見えるんでしょ、案内して」
「(いいように使われるってのは癪だが……仕方ねえか、チッ)」
草むらの中で伏せているストラに代わり、体を伸ばして周囲を伺う。
「ちなみにお前、戦ったりは?」
「なんか武器でもあればやってみるけど、丸腰じゃあね」
「だよな……よし、後ろ向いてやや右手方向に行け、そっちが一番森が近い」
ストラは静かに草を掻き分けて進む。こちらは、僅かな動きも見つからないよう山賊たちの顔の向きまで凝視し、指示を出す。
「止まれ! 合図したらあの荷車の裏まで走れ……今! 次はそこの家を通り抜けるぞ、それから……」
この触手の体、なろうと思えばどこでも目になるしどこでも口になる。上に伸ばした体で物を見て根元で声を出して誘導。そうしているうちに、たいまつの光は木々の間に消えていく。俺達は反対側に向かい、廃村を離れ……
「……はあーっ! 逃げ切ったあ!」
「まったく、肝を冷やしたぜ」
「肝ってどこなのさ」
「例えだ例え」
やがて夜が明けたころ、俺達はようやく、腰を下ろして安堵したのだった。
「まったく、初日からとんでもない目に遭ったぜ」
「そうだよ、お前が弱いせいだからね」
「逃げれたのも俺のおかげだって忘れんなよ? お前一人だったら今頃取っ捕まって全員でオモチャだ」
「いちいちエロに絡めるな触手。さ~てと……」
ストラは手近な石を取ると、箱の錠を叩き壊す。中には大ぶりな鞘入りナイフと銀か何かの指輪、貝殻のカフスボタンが一組に鳥をかたどった革製のブローチ。
「大したもの無いなぁ……」
「ヘッ、命かけた宝物だろ? 喜べよ」
「嫌味な奴~……まあいいよ、ないよりましだし。それにお前の使い道もあるみたいだし」
「けっ! 主人気取りかよ! 見てやがれよ! いつか立場逆転させて『ご主人様ぁ❤』って言わせてやるからな!」
「きもっ」
「てんめ……!」
こうして、夢を叶えたはずの俺は触手にされる、上下関係はつけられる、山賊に叩き切られると、散々な目に遭った。手段は有れども対象はおらず、唯一手近な相手は無敵状態。こんなはずではなかったという思いを噛みしめながら、俺はストラのうなじに引っ込むのだった……