19 仲間を増やして次の街へ
「さてと。後はダンジョンで見つけた物鑑定しないとね」
「ダンカンさん、まだ街にいらっしゃるでしょうか?」
ストラとリオは宿で朝食を食べながら今日の予定を話しあっていた。俺は他の客がドアを開けたところを見計らって中に滑り込み、丸まった体を引きずってテーブルへと這っていく。
「よっせ、よっせ、と」
「うわ、何してんの」
「お前がやったんだろーが」
「普通に消えてまた生えてくると思った」
「ん~? そういや妙に長持ちしてるな。戻れんのかこれ……よっ……」
体をそのままに意識だけ移すようなイメージで……戻れた。安定の首元ポジションに戻ると、丸められていた方は塵になって消えた……
「よし、戻れた。だが何なんだろうな。これまでは切られたらすぐ勝手に消えてたんだが」
「アビリティも使う間に慣れて上手く使えるようになるそうです。体を鍛えるのと同じような感じで……」
「……なんか変わったの?」
「う~む……自分ではよくわからん。そもそも本領発揮をやったことがないからな」
「それはやらなくていい」
「もが」
口にパンを突っ込まれたのでおとなしくモサモサと食う。レベルアップとやらがどうなったのかわからんが、少なくとも不便にはなるまい。朝飯を食べ終えた俺達は宿を引き払い、首飾りを見てもらうためダンカンを探すことにした……と言ってもこっちには耳のいいニックが居る。居場所はすぐに突き止めたのだが……
「このランタンは値段が付きませんなあ」
「え~!? でもずっと点きっぱなしのランタンだよ!?」
「ダンジョンの中で明かりが点きっぱなしなのは良くある話で、ダンジョンから持ち出すと2,3日で消えてしまうんですよ。そうなるとただの中古のランタンでして……」
「じゃ、じゃあこっちの首飾りは? 綺麗な石もついてるよ!」
「ふ~む、大理石のビーズと蛍石……悪くはないですが、ちぃと素朴過ぎですかな。もうちょっとちゃんと細工されてりゃ、もう少し良い値になりますが……これだとまあ、5000ってとこで」
「それっぽっち~!? 私達命がけで手に入れたんだよ!」
「まあ、いいじゃねえか。金なら十分貰ったろ?」
「貰ったけどさ~! なんていうか、こう……それと同じくらいはついて欲しかった~!」
「しゃ~ね~だろ。苦労とか努力ってのは報われないことも良くあるんだよ」
馬屋に停められた荷車に腰かけたまま不満げに天を仰ぐストラ。だがこればっかりはどうしようもない。がっかりした様子のストラに、ダンカンが言葉をつづけた。
「ところで……私はこれから大理石を積んでサールに向かうのですが、馬車に同乗しませんか? あちらは最近景気が良いようですし、もっと稼げる話もあるかもしれませんよ」
「サールって言うと、隣の国だったか?」
「ええ、ここからだと北西の方ですな」
「北かあ。私達もそっちに行くし、足が使えるならそうしようかな」
「そうですね、また魔物に襲われたらいけませんし……」
「……あ、私達を体よく護衛にする気だ!」
「いえいえ、そこはほら、持ちつ、持たれつ、ということで……」
「ま、行き先が同じ方向だってなら別に断る理由もねえだろ」
「話はお決まりになったようですな、では善は急げ! 皆さんがよろしければ早速出発いたしましょう!」
こうして俺たちは再びダンカンと道程を共にすることになった。荷車には白い石材のブロックが積み込まれて随分と手狭になっていたが、その隙間に乗り込んで。俺達はシャルリを離れて北西へと向かう……ほぼ獣道のようだったシャルリへの道と違い、人通りもあり石畳で舗装された道。ゴトゴトという音は旅情があって嫌いではない。が、暇なのは確か。国境の関所を特に問題なく通過した辺りで、俺は行商人ダンカンの方に体を伸ばした。
「なあ、サールってどんなとこなんだ? 行商人ならそう言うのも詳しいだろ?」
「あ、私も聞きたい。街から出たことなんてなかったもん」
ストラと一緒に運転席に移動し、暇つぶしの雑談を始める。自分のことをうだつの上がらないなんて言っているが、本当に駄目なら独立なんかできねえ。いっぱしに経験を積んできているはずだ……何かしら面白い話も知ってるだろう。
「詳しいって程でもありませんがねえ……サールはハイノ地方の中心にあって、交易で栄えてる国ですな。私ら商売人にとっちゃ、第二の故郷みたいなもんです」
「ハイノって言うと……ここはアーディン大陸の南か! ようやく知ってる名前が出てきたぜ。だがこの辺は帝国の植民地じゃなかったか?」
「それは大昔の話でしょう。帝国の植民地なんて今じゃどこにもありゃしませんよ」
「ほーん、200年も経つとあの帝国がそうなっちまうのか……」
「帝国って?」
「世界の3分の1を支配した巨大国家ですね……ですが15代皇帝が崩御した後、後継者をめぐって内戦になり、衰退していったんです」
「むう。名家の教養ってやつ~?」
「い、一般常識の範囲かと……!」
顎ひじ付いたストラの妬み交じりの視線にたじろぐリオ……結局皆前に集まってきやがった。何も無くて暇なのか……
「で、まあとりあえずこの辺じゃ大きい街ってこったな。着いたらどうするよ?」
「まあ、まずは一稼ぎしたいよね。それから、面白い物とか、おいしい物とか見て回る!」
「実家に手紙とか出そうかなと……」
「金あるところには女が集まる! まあまずは慣らしで売春宿でも……」
「却下却下大却下!」
「なんで! おれも活躍したじゃねーか!」
「お前がそういうとこ行くってことは私も行かないとダメってことじゃん!」
「あ~……まあなんでも経験だって! 参加しろとは言わないから! 見てるだけで良いから!」
「ふ~ざ~け~ろ~!」
「ぐえー!」
ストラに足蹴にされながらも、俺は思う。これはちと問題だ……俺の体は大分自由に動かせるが、それでも主導権は基本的にストラにある。そうなると男の楽しみを提供するような場所へもストラが嫌がればいけない訳で……
「というか俺、そもそも今の金持ってねえじゃねえか! ストラ! 俺にも分け前くれ!」
「はあ? なんであんたにやらないといけないの」
「扱いがひでえ!? リオには気前よく半分渡したのによ!」
「にゃーん」
「だってあんた……ん、なに? ニック」
ニックが後ろから話に割り込んできてストラの背中をテシテシする。ニックの視線の先、緑の草原を、一体の動物がこっちに走ってくる……
「左から何か来てる。山羊?」
「角があるからオスだな。だが一匹だけか?」
「おっと、それはまずい! この時期、番を作り損ねたオスがイラついて徘徊することがあるんです! 八つ当たりされる!」
ダンカンが馬車を加速させるが、山羊はこっちに向かってきた! 普通の山羊よりだいぶデカい、牛くらいある!
「お、追いかけてきてますよ!」
「リオ、飛び降りてバチンってやっちゃってよ!」
「飛び降りたらこけちゃいますよ……かといって停めたら体当たりですし……」
「でもどうするよ、飛び道具もねえし……」
「飛び道具……あるじゃんここに」
リオは俺をむんずとつかんで引っこ抜き……
「当ったれー!」
「あ、やっぱそうなるわけねー!」
迫る山羊に投げつけた! 俺は横に回転しながら飛んで山羊の両前足に絡みつき、山羊はつんのめって転倒! 頭を打って気絶した! そして俺はその横で二つに裂かれて土を味わうのだった……
「……ってーわけで! 俺もこうして体を張ってるわけで! 相応に報われてもいいと思います!」
山羊は馬車の後ろに吊られて血抜きの真っ最中。ちなみに吊るしてるのは伸ばしてロープ状にされた俺。
「触手さんの言い分も、まあわかると思いますけど……」
「でも絶対スケベなことに使うよこいつ。大体私も行かないといけないってのは変わらないし」
「いや、それは多分何とかなる」
「どうやって?」
「シャルリで俺は意識を保ったまま一晩外に居た、つまり分離しても大分長持ちするようになったってことだ。だからストラ以外にくっついてそう言う所に行けばいい」
「私以外って?」
「そりゃあ……」
リオを見る。ブンブンと首を振られた。ニック……さすがに猫は駄目だろう。となると……
「ダンカンさんよ~。あんた女は好きかい?」
「こいつ答えに窮したな……」
「いきなり何を言いだすかと思えば。そんな物……」
やれやれ、という風にダンカンは首を振る。
「嫌いな男がいるわけないでしょう」
「同志!」
愚問を、という顔をこちらに向けるダンカンに触手を伸ばしてハイタッチ。そうだ、何もストラにべったりである必要はない。必要なら他の奴を利用すればいいんだ!
「とにかく! 俺に自由を! 後遊びを! くれないなら俺働かないもんね!」
「アビリティのくせにいっちょ前に主張してくるなぁ」
「で、でも触手さんも意思があるわけですし……」
「リオだって取り分減るんだよ」
「私は別に、構いませんが……」
「ほれ! 2対1! 多数決で勝ち!」
「こいつめ~……じゃあいいけど。変なことに使わないでよね」
「よっしゃあ! こんにちは財産権! 自由への第一歩!」
金だけが幸せとは限らないとは言うが、金が無いのは確実に不幸! 俺はようやく、この世界で活動する第一歩を踏み出したと言えよう! 街に着けば何かしら稼ぐ当てもあるだろう。俺はそれを楽しみに、山羊を吊るし続けるのだった。