17 ダンジョン・アタック
「さて、もっかい入る前に確認しておくぞ」
「なんでお前が仕切るのさ」
「また喧嘩しないようにだよ!」
目の前には岩肌に空いた洞窟。金属猫のニックは数に入れないとしても、横に並んで歩くにはちと狭い。
「曲がり角は俺が確認、ニックは音を聞いて見えないところを気を付ける。で、リオ! ビビらずにちゃんと戦う! 心配すんな、お前は強い!」
「は、はいぃ……」
「なんかリオに甘くない?」
「男は美人で胸が大きくて自分に靡いてくれる女に甘いの」
「靡いてるか?」
「少なくとも切ったり刺したり引きちぎったりしてない」
「むう」
「逃げたら針の筵、逃げたら針の筵……」
鎧のままぶつぶつ言うリオだが、大戦鎚を構えてやる気は出している。俺たちは再び、ダンジョンへと踏み入った……ピリッとした感覚が体を包み、少し気温が下がったような気がする。
「さて、もうゴブリン共も警戒してるはずだ。ニック、何か聞こえるか?」
「前回侵入時と大きな差異はありません」
「ゴブリンたち、もう気にしてないってこと?」
「不明です。ですが観測する範囲ではゴブリンと呼ばれる敵性存在の個体数は前回侵入当初と一致しています。個体の活動から見て新生児ないしそれに類する若年個体では無いようです」
「ダンジョンは攻略されるまで、魔物を生み出すんだそうです。ある程度限度はあるそうですが……」
「とにかく、進むしかないよ。いくよ皆」
小走りに奥へ進むストラ。慌ててついていくリオ。そして前回ゴブリンと遭遇したところまで来たが……
「ギギッ!」
耳障りな声を上げて、角からゴブリンが飛び出した!
「えっ!?」
不意を突かれた俺達は呆気にとられ、飛び掛かってくるのを受け止められなかった。ナイフに手を伸ばす間もなく首を絞められたストラは壁に背をつき……
「えいや!」
ゴブリンのこめかみを、大戦棍の柄が殴打した! たまらず地面に転がるゴブリン! もう一体も飛び出すが、それは駆け出したストラが腰だめに構えたナイフの突進をもろに食らい、絶命した。
「だ、大丈夫ですか?」
「良いから、そっちの方もとどめ刺して!」
「は、はいっ……!」
槌頭がゴブリンに振り下ろされて、静かになった。
「……ま、さすがに警戒されてるか」
「うん……でもリオ! ちゃんと動けたじゃん!」
「はいぃ……」
ぱん、と笑顔でリオの鎧を手でたたくストラ。気分の上げ下げが激しいことだが、他人の失敗を引っ張らないのは美点ともいえるか。
「しかし……魔物が湧き出るって言うなら、どうやればダンジョンを潰せるんだ?」
「大体は一番奥にダンジョンの主が居て、それを倒せばいい、と聞きます……」
「最奥に複数の動体反応を検出しています。リオの情報通りなら、それがダンジョンの主であると考えられます」
「じゃ、とりあえずそっちに向かっていけば良いってことだよね。っていっても、一本道だけど」
狭い洞窟を再び歩き出す。金属猫の姿に戻ったニックが目から光を出すと共に、壁にかかったままのランタンが乏しいながら灯りになっていた。
「なんで放棄されたのに点きっぱなしなんでしょう? ゴブリンが油足してるわけじゃないでしょうし……」
「内部に油脂類の存在は確認できません。微量ながら、触手氏と同質のエネルギーを感知。燃焼のようにふるまっていますが、全く異なる反応のようです」
「俺とぉ? 前も言ってたが、何だよそのエネルギーって」
「未知のエネルギーであり、詳細はわかっていません。また、それがなぜこの原始的な投光器具に影響しているかも不明です」
「アーティファクトって奴でしょ、聞いたことあるよ、ダンジョンの中で見つかる不思議な道具! 一つとってこう」
ストラがランタンを手に取り、また少し進むと道が左右に別れた。
「どっちに行くかな……」
「ダンジョンの主は、左方向に存在します。右側には少数の反応」
「少数って、いくつです……?」
「3ないし4です」
「どうするよ? 背後の危険を断っておくってのも手だぜ」
「そうだなあ……不意打ちは勘弁だよね、右に行こう」
「じゃ、じゃあそっちに……」
意見の一致をみて、俺達は右に向かう。こちらが脇道なのかより一層狭くなったそこを、リオの鎧が引っかかりながらも前へ。
「前方にやや小さな空間があります。そこに敵がいるようです」
「触手、見てきて」
「へいへいっと」
体を伸ばし、闇の中を進む。灯りはほとんどないが、俺には関係ない。少し行くと、物置程度の小部屋とそこに雑魚寝するゴブリンが3匹。根元から声を出してその情報を伝える。
「居るぜ、3匹。寝てるみたいだがな」
「じゃあ、私が行く。そのまま見てて」
ストラが足音を殺してやってきた。ナイフを逆手に持ち、寝ているゴブリンの喉をかき切った! さらに、もう一匹にとびかかり刃を胸に突き立て、捩じる! 残る一匹は異変を察知して目を覚ましたが、生憎その頭は俺が抑えてる。大体人の片腕程度の力しかねえが、それでも飛び起きるのを止めるくらいは出来る! 俺を引きはがそうともがくゴブリンにストラの刃が突き刺さり、勝負は決まった。
「よしっ。触手も気が利くじゃん」
「ま、お前が怪我したら俺も困るんでな」
ストラの後を追ってニックとリオもやってきた。とはいえゴブリン達以外のこれといった物は……
「ね、触手。あれ」
と思ったところで、リオが部屋の天井近くにある暗闇を指さす。よく見るとそこは岩肌が一段凹んでおり、そこに木箱が置いてあった。
「道具箱か何かか?」
「開けてみればわかるよ、取って取って」
「へいへいっと」
体を伸ばし、両手で抱える程度の大きさの木箱を引っ張り出す。ワクワク顔のリオが下で受け取って、地面に下ろすと……中身はノミやらハンマーやら、やっぱり道具箱だったみたいだが……一つ、透明な石が連なる首飾りがあった。
「首飾り? 試掘用の穴にゃ場違いだな」
「ダンジョンに出てくるお宝って奴だよきっと! 何の石だろう……」
「分析します」
「わわ」
ニックが目からその首飾りに青白い光を浴びせた。ちらつくそれで首飾りをしばらく照らし……
「分析完了。主成分はフッ化カルシウム。俗に蛍石と呼ばれるものです」
「蛍石……って高いの?」
「一応宝石に分類されることもあるが……そんなに高値ってわけでもねえな」
「なんだあ……凄いお宝ってわけじゃないんだ」
「大きくて強力なダンジョンほど高価な品があると言いますが……」
「まあ、とにかく貰ってこう。それじゃあ、奥に行こう」
「主が居る方、ですよね……」
ストラは首飾りをポケットにしまうと、分かれ道まで戻り、もう一方の道を歩き出す。事前に聞いていた通りこれといった複雑な道はなく、ニックの言う動体反応へと近づいていった。奥の方から、何かゲヒャゲヒャした声が聞こえてくる……
「焚火の前でなんか着飾ってるのが1匹、その横に剣持った大き目のが1匹、それを囲んでるのは普通の奴だな。3匹」
またしても俺が偵察に使われることになり、体を伸ばして先の様子を見たところ。広めの空間にこの5匹がたむろしていた。
「今度は奇襲ってわけには行かねえな、出口はばっちり見られてる。俺はこうやって細くなれるからいいけどよ」
ミミズ程度の太さまで体を壁にはわせれば、まず見つからねえ、が。この太さじゃやれることも相応。不意打ちなんてできやしない。声を殺して、対応を相談する。
「正面切っての殴り合いかあ。数はこっちが少ないしどうしようか」
「待ってたら、眠ったりしないでしょうか?」
「寝床はもう荒らしちゃったからダメだよ。バレちゃう」
「だがなあ、ストラとリオが不意打ちで一体ずつやったとして、まだ相手の方が多い
ぞ」
「ニック、戦えたりしない?」
「当機は戦闘を前提とした設計にされていません」
「できねっぽいな」
「せめてお前がまともに戦えたらよかったんだけどね」
「俺は女の子をアレコレしたいの! 戦うのは仕方なくやってるだけ!」
「そ、それで、どうしましょう……?」
「一撃離脱戦法を提案。一度奇襲をかけた後、通路まで後退。戦闘空間を限定することで数の差を活かせない状況を作ります」
「うーん……じゃあそれやってみようか。行くよ」
ストラはナイフを抜き、リオも構えた。ランタンを通路に置き忍び歩きで広間に近づいて……一気に躍り出る! 焚火の前で何やら楽し気にしていたゴブリン2匹を一撃で仕留めた!
「も、戻りますよ!」
「わかってる! リオが後ろだからね!」
「はいぃ!」
通路に走って戻る二人、残る三匹はそれを追い……かけない! 杖を持った奴がそれを掲げて何かブツブツと……
「杖の先端にエネルギー反応。警戒してください」
「え!?」
ニックの大声! 一拍置いて杖の先に火の玉が生み出され……振ると同時に投げつけられた! 爆発、炎が広がる!
「わあっ!?」
「ひえええっ!?」
二人とも炎を食らうのは避けたが、出口が炎に飲み込まれちまった! これじゃあ最初の作戦は使えない……
「ゴブリンって魔法使えるの!? 頭の悪い雑魚だって……!」
「シャーマンって奴ですよきっと! どうしよう逃げれません!」
「正面からやるっきゃないでしょ! あの火の玉食らう前に!」
ナイフを手に向き直るストラ、腰が引けてるリオ……ストラが先に動いた。残った雑魚ゴブリンを仕留めるつもりらしい。ゴブリンが振り下ろした粗雑な棍棒をステップで避け、切りつける、が浅い! 傷ついたゴブリンは滅茶苦茶に棍棒を振り回し、ストラを寄らせない……が背後からリオに潰されて終わった。
「(雑魚はやった! だが……!)」
残った二匹、でかい方が剣を持って襲い掛かっていた! 横薙ぎの一撃をストラはナイフで受け止め……切れず転倒!
「あうっ!」
「あ、危ない……!」
リオが間に入った。剣をメイスの柄で止め、金属のなる音が響く!
「えええいっ!」
そのままリオは前へ。でかいのを壁まで押し切った、が……!
「火炎弾、再度来ます」
ニックの警告と共に、残った杖持ちがまた火の玉を生み出す。体勢を崩したストラに撃たれたらまずい……!
「(えーい、しょうがねえ!)」
さっきから俺が戦場を俯瞰できていた理由は、偵察したときに伸ばした体をそのまま残しておいたからだ。それを杖持ちの上まで這わせておいた……そこで、一気に体を袋状に広げ、杖持ちを丸呑みする! そして当然……中で爆発!
「ごべーっ!?」
内側から感じる熱さと圧力に叫びながら、俺は吹っ飛んだ……だがその代わり杖持ちも火だるまになり、倒れ伏す。残った一匹も押さえつけられたまま動けず、一歩下がったリオからメイスの突きを食らって、槌頭と壁の間で動かなくなった。
「あ、危なかったです……」
「一発目にやってくれたらもっとよかったんだけど」
「ありがとうとか言えよなお前……」
とにかくこれで敵は全部倒した。これでダンジョンを攻略したことになる……のか?
「あ」
「んお」
「わ」
その時、全身を何ともいえない感覚が包む。入った時のゾワッとした不快な感覚ではなく、寒い日に湯を浴びたようなフワッとした感じ。それと同時に、倒れていたゴブリンたちが塵のように崩れて消えて行く。
「攻略できた、のかな」
「多分、そうなのでは……」
「周辺のエネルギー密度、平均値近くへの低下を確認。新たな活動は見られません」
「よし、んじゃあ戻るか」
何もない穴倉に長居は無用。俺達は来た道を戻ってダンジョンを出ることにした。