14 石工の街の問題
「見えましたぞ、シャルリの石切り場です」
一夜明け、俺達は無事荷物を積んで目的地にたどり着いた。山肌が人の手で削られて白い壁面と化し、そこに組まれた足場から小気味いい音が響いてくる。
「カンカン言ってて、なんだか音楽みたい」
「ちょうど切り出してるとこだな。原石から石材加工までやってる感じか」
無意識か、楽しげなストラは荷台から投げ出した足を音に合わせて揺らす。馬車の荷台から石切場を右手に見つつ、比較的平らな場所に設けられた建物の集まり、シャルリの街へと入っていく。街というよりは大きめの村といったところだが、石材を運ぶ関係もあってか道は広めに作られていて、建物もしっかりした石造り。地産地消ってところか。
「積み荷を捌いたら、お礼を支払います。それまで、どこかでお待ちいただけたらと……」
「じゃ、折角だし街見て回ろうかな。リオは?」
「そ、それじゃあ私はストラさんと一緒に……」
「それでは、昼頃にあの食堂で待ち合わせとしましょうか」
ダンカンは酒樽を積んだ馬車を走らせていく。俺達は観光というわけだが……
「さて……とりあえず、これから仲間ってことになるわけだけど」
「は、はい……」
「お金の取り分はきっちり半分! これは譲らないから! それから食べ物とかの買い物も割り勘だからね!」
「あ、は、はい……」
ストラ的に譲れないのであろう金銭面の扱いを取り決めてから、ストラは歩き出す。
「(弱気に付け込んで7:3とかはしないのな)」
そんなことを思いながらも、俺はストラの肩口で一緒に街中を見て回る。大理石の屑石でできているのか、白い石畳が日光に輝いていた。白い壁のような採石場を見上げながら、シャルリの街を見て歩く……露天もいくつか出ており、ストラはそのうち一つの前で足を止めた。大理石に色付きの石で絵を入れた細工物が並ぶ、いわゆる土産物屋だ。
「きれー……これ全部石なの?」
「そうだよお嬢ちゃん。自慢の一品だ、一つどうだい?」
「うーん……」
店主の言葉に、興味深げに商品を手に取り眺めるストラ。だが……
「やめとけやめとけ、こういう所に掘り出し物なんかねーぞ」
「そうですね……絵柄も単純だし、多分石の質も……」
「むう」
「なんだ、お連れさんかい?」
「大体、旅の身でそんな置物なんか買ってどうすんだ」
「そりゃまあ、そうだけど……」
ストラは渋い顔をして品物を置いた。こういう所は無知な奴からぼったくるのが常套手段、わざわざ浪費させる必要もないだろう。その後も街を回り、約束の時間が来た頃、ダンカンとの待ち合わせ場所に向かった。まだ客もまばらな食堂で席に着き、ほどなくダンカンもやってくる。
「こちら、お約束の礼金となります」
「ん」
袋から顔をのぞかせるのは金貨数枚にかなりの銀貨! 時代も数え方も変わっても、この輝きは変わらず価値の保証をしてくれる……約束通り金は支払ってもらった。これを路銀にして先へ進み、途中で同じように稼ぎながら北にある塔を目指す。そして人間の体に戻る! これが俺の旅のプランってわけだ。
「(その暁にはストラを真っ先に……いや、リオもついて来させて一緒にってのもアリか? ゴールの賞品は多い方がいいに決まってるしな!) むふふ……」
「……なんかそろそろ締めておいた方が良い気がしてきた」
「はい……?」
「リオも触手に変な事されたら適当にちぎったりしていいからね」
「おいやめろなんてこと言うんだ。それより金も入ったんだしなんか食おーぜ。そろそろ
「あんたらか? トロールを倒したってのは」
そろそろ昼飯時だしよ、と言いだす前に。知らない男がテーブルの横に立った。歳は40くらいか、いかつい体格と日焼けした体、いかにも肉体労働者って感の奴だ。
「は? 誰よあんた」
「あ、はい、一応私達ですけど……」
警戒気味なストラと遠慮がちなリオ。その二人を値踏みするように見たその男は机に両手をつき……
「頼む! あんたたちの力を借りたい! ダンジョンを攻略してもらいたいんだ!」
聞きなれない単語と共に、頭を下げてくるのだった……
「ダンジョンを攻略……ってどういうことだ?」
「近くに出来てしまったんではないでしょうか……」
「出来たって、地下迷宮だろ? できてしまった、でポンと出てくるもんじゃねえだろ」
ダンジョンって言うのは城なんかに設けられた地下牢や貯蔵庫のような地下施設を指す言葉だ。それが転じて迷宮のことを指すこともあるが…・・・
「知らないんですか……? 意思を持つアビリティは大体の常識を持ってるはずですけど……」
「こいつ、元人間だって言いはってんの」
「言いはってんじゃないですぅ~、本当にそうなんですぅ~」
「とにかく、ダンジョンってのは知らない間に出来てて、中にはお宝と魔物が居たりして、こう……なんか危ないけど儲かる、みたいな」
「お前もあやふやじゃねーか」
「う、うっさいなあ」
「まあ、ストラさんの認識で大体あっているかと……付け加えるなら、放置していると魔物が外に出てきたりする、まあ一種の災害みたいなもんですな。しかしどこからともなく財宝が出てきたりもするので、儲けるチャンスとも……」
ダンカンの追加説明で、ダンジョンが大体どう言う物かは分かった。で、今回は前者としてとらえられたわけだ。その男は、この街で石切たちを纏める……要するに頭領、顔役って奴らしい。
「ここは見ての通り大理石で食ってる街で、もっぱら地上に見えてる部分を切り出してくんだが、試掘のため掘った穴があってな。そこがダンジョン化しちまった。作業場にも近いし、このままじゃ被害が出かねん」
「だから、私たちに潰してほしいってわけね」
「ああ、中で手に入った物は全部渡すし、別に礼金も払う。どうか頼めないか?」
「わかった、やるよ」
「ちょっ、ストラさん……!? 危険なんですよ……! わざわざそんなとこ行かなくたって……」
「嫌なら置いてく」
「あうう……」
「ストラはこういうやつだからな~。まあ付き合ってくれや」
「うぅ……わかりました……」
「私はしばらくお待ちしております。なにか値打ち物が手に入ったらぜひ私に……」
リオとしても二度続けてクビになるのは嫌なのか渋々同意する。ダンカンが買い取ってくれるなら荷物になるか考える必要もない。簡単に昼食を済ませて、早速そのダンジョンとやらに案内されることになった。
「なんで、わざわざダンジョン攻略なんかに……?」
「なんでって、稼ぐチャンスだよ?」
「あ、人助けとかじゃ、無いんですね……」
「人助けぇ~?? 冗談! なんで赤の他人をタダで助けなきゃいけないのさ。お金だよお金!」
「お金なら、ダンカンさんからも少なくない額を貰ったじゃないですか……」
「お嬢様らしい考えだね~。次いつ稼げるかなんてわかんないんだよ?」
石切りの頭に続いて、ズンズンと石切り場に向かう坂道を登るストラと、トボトボついてくるリオ。リオの方が鎧の嵩もあって大柄なので、まるでお転婆お嬢様とお付の騎士といった風体だ。見た目だけなら。
「あの……触手、さん?」
「ほいほい、なになに? 好きな食べ物から好きなプレイまで何でもお答えしちゃうぜ?」
声を落としたリオの方に体を伸ばして、こっそり内緒話。これは早くも脈が出てきたか!?
「ストラさんって、なんていうか……」
「あ~、ガラ悪いだろ? スラム出身なんだよあいつ」
「えっ、そうなんですか……」
「そんで、そこから出てきたのがついこないだ。今は人生逆転の大博打の真っ最中ってわけよ。だからまあ物知らずだろうが金に汚かろうが大目に見てやってあっあっ巻き取られる」
「人のことを、勝手にベラベラ喋るんじゃあ、ないっ!」
「あ~~れ~~~! 味方してやったのにーー!」
ロープよろしく輪っかにされて投げ捨てられた俺の体はどこかに飛んでいった。リオがストラを見る目に変化は……兜でわかんねえ。打ち解けてくれりゃいいんだが。
「ここだ」
そんなこんなしている間に、石切りの頭が足を止めた。そこには白い岩肌に洞窟がぽっかりと口を開けている。石切り場の外れあたりにあるそこは、木材で簡素な補強がしてあり、人工のものだとわかる。
「中はどうなってるの?」
「わからん、試掘用だからそんなに複雑じゃあ無いはずだが、ダンジョンになってるからな。それじゃあ、あとのことは頼む」
「わかった」
頭は石切り場の方に行き、残るは俺達のみ。ダンジョン、地下迷宮の名を関した洞窟へと、ストラを先頭に足を踏み入れるのだった。