13 騎士の実力
ストラはニックを抱え、丘の上から周囲を見回す。積み込みは滞りなく進んでいるようだ。
「……ニック、何かあったらすぐ教えてよ。触手も、もっと高い所から周り見て」
「お前は手伝わねえの?」
「力仕事に雇われたんじゃないもん。てか、あの樽私の胴体くらいあるし。何でリオは持ち上げられるの……?」
「一種のパワーアシストと考えられます」
「うわ、何よ急に。ずっと黙ってたくせに」
「私の正体を不用意に露見させるのは危険であると判断しました」
「まあ、横取りされるかもしれねえしな。で、パワーアシストってなんだ?」
「あの装甲服は着用者の動きに連動して、運動能力を飛躍的に高めています。詳細は不明ですが技術水準は本機と同等以上と推測され……」
ニックはどうも、俺達よりずっと賢い……というか、俺達の知らないことを色々と知っているように思える。困ったことに、その口にする単語がちょくちょく理解できないのだが。これも200年の間に新しくできた言葉なのか?
「その長い説明やめてよ。つまりあの鎧がすごいってことでしょ?」
「その認識で問題ないと思われます」
「名家のお宝なのかなあ。いいなあ……私のものに出来ないかな……」
「不穏当なこと言うなっての」
「何よ、存在自体が不穏当なエロ触手のくせに」
「ぐっ……」
不穏当なシチュエーションも好きな俺としてはいまいち強く反論できねえ。しかしまあ、何も殺してでも奪い取るってわけでも無かろうしまずは目の前のことに集中をだ……
「周期的な振動を検知。大型生物の歩行音と推測されます」
「何? 足音ってこと? 触手、伸びて伸びて!」
「わかってるっての!」
体を上に伸ばしてぐるりとあたりを見渡す。夕日照らす丘陵地帯、その丘二つほど向こうから、何かが走ってくる。でっぷりとした人間に見えるが……
「なんだありゃ……俺の目がおかしいのか? でかい……小さ目の家くらいあるぞ!?」
「馬車を襲った魔物!?」
「こっちに来る、ありゃ気付いてるぞ!」
魔物はまっすぐこっちに走ってきている。ストラは斜面を転がるように駆け降り、ダンカンとリオの所に向かう。
「出た! 出たよ! 魔物! でかいの!」
「ふえっ……!?」
「くっ、どこかに行っててくれないかと期待したのですが……! お二人とも、お願いできますか!?」
「え、え!? 危ないですよ逃げましょうよ!」
「駄目だよ、荷物まだ残ってるじゃん! 全部積まないと!」
「そんなあ!?」
「どの道、あのでかさじゃ足も速い、逃げ切れねえよ! やるっきゃねえ!」
ちら、と魔物の来た方を向く。するとそこには緑色の肌をした巨人が居た。かなりの短足体型だがその手足は太く、そこらの丸太の倍近くある。顔の大きさに比して小さい目はなんというか、話し合いなんて無理だなってのが一目で伝わってきた。獣のような咆哮を上げたそいつは、こちらに全力疾走で近づいてくる。
「あれはトロール! 頭は悪いが恐ろしく力のある奴です!」
「リオ! 出番! ……リオ!?」
「無理ムリむりですあんなの……!」
頼みのリオは馬車の陰に隠れて縮こまってしまっていた。こりゃ当てになりそうにない。
「やっぱり駄目じゃん! 馬鹿触手! 胸に釣られたアホ!」
「どうもすいませんね! それじゃあ二人にゃ悪いが逃げるか!」
「逃げたって何も手に入らないでしょ! やってやる!」
「やってやるってお前、ナイフでどうにかなる相手か!?」
「目ぇやればなんとかなるでしょ! なんかうまいこと手伝って!」
ストラはナイフを手にトロールに向かう。あの太い腕でぶん殴られでもしたら一巻の終わり、目だってストラが跳び上がれる高さじゃねえ、となれば……
「(こうか!)」
ストラに先行して体を伸ばし、トロールの頭に近づく。太い腕が掴んできたが、そこは切り離し、先端から口を広げて頭を飲み込む!
「うっげ、まっず!」
「よし、そのまま丸呑みにしちゃえ!」
「できねーよ! 今のうちに行け!」
「仕方ないなもう!」
顔を覆った俺の体を引きはがそうとするトロールにストラは突っ込み、目前でジャンプ、それに合わせて俺は体を縮め、ストラをトロールの顔の高さまで引き上げる!
「痛えが我慢する! 俺ごと刺せ!」
「言われなくても! おりゃあああっ!」
ナイフが俺ごとトロールの顔に突き刺さる! 苦痛の悲鳴と共にのけ反るトロール!
「やった!」
喜ぶストラ、だがその脚がトロールに掴まれた。
「あっ……」
振りかぶって投げる、勢いよく宙を舞うストラの体。
「やっべえ!」
ストラの全身に何重にも体を巻き付け、守る。強烈な衝撃と共に馬車にたたきつけられ、木の砕ける音。地面を転がり、後ろではリオとダンカンの悲鳴。
「くっそ……おいストラ、大丈夫か!?」
「う、っく……やば、目が、ぐるぐるして……」
体を解いたがストラは頭を揺らされたのか、膝をついたまま立てない。顔を覆っていた触手を引きはがしたトロールは、片目を潰されて怒り狂いこっちに突進してくる!
「(駄目だ、終わった!)」
トロールの前に居るのは隠れるものが無くなったリオ、走ってきた勢いそのまま、足を振りかぶったトロールのつま先が……
「びゃあああああ!!?」
リオの叫び、衝突音、肉と骨が砕ける音、飛び散る血……トロールの!
「は!?」
「え!?」
「なんと!?」
俺とストラとダンカンが三者三様の驚きの声を出したと同時、トロールは折れた脚の側に倒れ込んでいく。その目の前に立つのは、メイスを振り抜いたリオ! 振り抜いた動きのまま体を一回転させ、倒れ込むトロールを避けると同時に背中にメイスを構えなおす。その眼前にはトロールの頭……
「うなあっ!」
妙な声と同時に繰り出された縦の一撃が、トロールの頭を粉砕する!
「……勝っちまったよ……」
「すっご……」
あっという間の逆転劇……頭を叩き潰されたトロールはピクリとも動かない。一方のリオは返り血こそ浴びているが無傷。積み荷の樽もほとんど無事、まさに完全勝利といったところだ。
「お見事! お見事! トロールを圧倒するとは!」
「すっごい! リオ強いんじゃん! だったら最初からそう言ってよ!」
「えっと、その、えへ……」
ダンカンとストラはリオに駆け寄りほめちぎる。鎧越しにも照れているのがわかるリオ……これはつまり。
「どうよどうよ、俺の見る目も大したもんだろ? 仲間にしよーぜ!」
「お前が見てたのは胸でしょ。でもまあそうだね、こんなに強いのが仲間に居ると頼もしいかも」
「あ、ええと、じゃあその……聖地に向かってくれるってことで……?」
「その前に、まずはシャルリですが。さ、残った樽を集めましょう」
乗ってきた方の馬車は無事、そっちに残った荷物を積み込む。砕けた頭と共に吹っ飛んでいたナイフも見つけ出して回収した。日も落ちようかという時間だったため死体から少し離れたところで夜営し、夜明けを待つ。必然話題は勝利の立役者に向くわけだが……
「で、さ。何であんなに強いのにビクビクしてるわけ? 逃げたり隠れたりする必要ないじゃん」
「え、ええっと、あのその……」
焚火を囲んでストラはリオに問う。重厚な全身鎧が膝を抱えて座っているのは中々にシュールな光景だ。
「あれは私のアビリティでして……」
「『騎士の誓い』だっけ? 強いアビリティなの?」
「強いというか……強くなるんです……」
「自己強化系、という奴ですな」
アビリティにもいろいろあるらしい。少なくとも○○系、という言葉ができるくらいには数があって分類分けもされているはずだ。
「何にしても強いんだろ? あのデカ物を一ひねりだったじゃねえか」
「けど、条件があって……『守るため』でないといけないんです」
「守る? 護衛だっんだから守るためじゃないの?」
「えっと、その辺りは、気の持ちようというか……」
「ん~……つまり、あれか? 自分自身で何かを『守る』って思うのが条件で、逃げたり隠れたりしようと思ったりするとダメってことか」
「はい……」
「じゃあ……さっきは逃げようがなくなって自分の身を守ろうとしたから強くなれたってこと?」
「はいぃ……」
「駄目じゃん!」
「まあまあ、何にしても無事積み荷を回収できたのですし……」
「そうだそうだ、逆にいえば追いつめちまえば強いってことだしな」
「何か怖いこと言われてるようなあ……」
まあストラにも意見はあろうが、ここはごり押しだ! この巨乳弱気女騎士は絶対仲間に引き入れる! ストラと真正面から向き合い、俺は熱弁を振るった!
「とにかくだ! こいつは強い、それは間違いない! 今後お前が危険をいとわず何でもやってくって言うんなら、いざってときに相手を殴り倒せる力は絶対に必要だ!」
「まあ、それは……わかるけど」
「で、そう言う奴は大概自分の力を鼻にかけてお前みたいなやつに横柄だ! だがリオはこの通り大人しい! 仲間にするのにこれ以上の奴はそう無いぞ!」
「肝心の戦力として微妙に当てにならないんだけど」
「そこはまあ……上手くやっていこうぜ!」
「はぁ……大体当の本人はどうなのさ」
「わ、私は……聖地に向かってくれるなら……」
「ほら! 本人もこう言ってるし!!」
「う~ん……」
胡坐組んで腕組みして目を閉じて唸るストラ……行ける、あとは押すだけ!
「ストラさんのー! 決断力あるとこー! みてみたーい!」
「えーいもう、わかったわかった。じゃあとりあえず、これからも一緒ってことで言い?」
「は、はい……よろしくお願いします……!」
「よっしゃあああああ!!」
「うるさい」
「あああああっつぅーいーっ!?」
根元から毟られて焚火に放り込まれた。ビチビチ跳ねながら炭になっていく我が身……だがとにかく、旅の仲間に強くてでかい騎士が増えた! これは波に乗り始めたとみてよいのではなかろうか! そう思えば火の熱さも耐えられる! 俺は新たな体を生やし、ひとまず夜明けを待つのだった。