12 捨てられ騎士との初仕事
カフェを出て再び町中央の広場に戻った俺達。これから女騎士リオに活躍の場を与えなければいけない訳だ。ひとまず二人そろってモニュメントの台座に腰かけ、次の一手を打つ。
「ま、とりあえずニック、もっかい何か困りごと抱えてる奴を探してくれや」
「了解しました」
「え、今猫が……?」
「あ~、それもか」
「そのウニウニしたのもですし……あなたもアビリティを……?」
「まあ、そうだけど。女好きのエロ触手ってだけだよ」
「えっ……」
「人聞きの悪いことゆーなって! 確かに女は好きだが何度もお前助けたろーが!」
「そもそもそうなる前に何とかしてよ……って、今『も』って言った? あんたも?」
「あ、はい、一応……『騎士の誓い』って言って……」
「あー、名前付きアビリティ! そう言うのって昔からあって強いんでしょ? いいなあ」
「そ、そう言われてはいますけど……」
同性同士なのもあってか、なんだかんだ言ってストラとリオは話が続いている。この流れに乗せて上手く既成事実を作っちまえば……
「おいニック、そろそろ見つかったか?」
「該当、一件。商取引におけるトラブルと推測」
「よし、案内してくれ。商売ってなら金にもなりそうだ」
「了解、私を追跡してください」
「よっしゃ。行こうぜストラ」
「はいはい。どの道稼ぎは必要だもんね」
「あ、待ってください……!」
すたすたと歩きだすニックの後を追うと、先ほど俺が突入した車輪亭という名の食堂に向かっていった。前足で扉をカリカリするニックにストラは扉を開けてやり、店内に入った。
「(さっきの女の子は……居ないか。ちっ)」
昼下がりになり人の減った店内で、ニックは一つのテーブルにすたすたと歩いて行く。そこにはくたびれた服を着た、中年太りした冴えないオヤジが木のコップを前に俯き、重たい溜息をついていた。いかにも悩み事があると言った雰囲気、こいつで間違いないだろう。早速、俺は体を伸ばして声をかける。
「ようオッサン、何かお困り?」
「……? うわ!? 何だお前は!?」
「通りすがりのもんだ、この通り美少女もついてるぜ」
「お前が、私についてるんでしょ……なんでもってわけじゃないけど、出来ることなら力を貸しても良いよ。タダじゃないけど」
「……傭兵ですか? 小さい方はそうは見えませんが」
「ま、稼げる話を探してるってのは同じだな。なに、話すだけならタダだ、聞かせてみろよ」
「……実は……」
いきなり現れた触手……まあ俺、に面食らったようだが、後ろに控えたごつい鎧、そして対面に座ったストラの見た目もあってか、オヤジは重たげながらも口を開いた。
「私は、行商人のダンカンといいます。この歳までうだつの上がらない身でしたが、この度一念発起! 大口取引に乗り出しました! しかし……」
ダンカンが言うには、買い付けた商品を隣の町まで運びたい。しかし、その途中で荷馬車が魔物に襲われてしまったのだそうだ。馬だけは切り離し、何とかしがみついて逃げ切ったはいいものの荷馬車はそのまま。このままでは破産するしかない……とのこと。
「もし、荷物を回収できれば……必ず、お礼はいたします!」
「馬車の所に行って荷物拾うだけ? 簡単じゃん」
「で、でも、魔物が居るんですよね……?」
「それはリオがやっつけてよ。騎士なんでしょ?」
「ええぇ……」
「だが、馬車で運んでた荷物って言うなら回収にも馬車が要るな」
「それなら、当てはございます。しかし新しい馬車を用意したら本当に文無し……」
「嫌ならやめれば? けど、どのみち破産なんでしょ。掴みにいかなきゃ、終わるだけじゃん」
「くっ……」
足を組んで煽り気味に言い放ったストラだったが、それは返ってダンカンを奮い立たたせたようだ。俯いた顔を上げ、力の入った目で言った。
「やりましょう、こんな所で終わってなりますか……!」
ダンカンが新しい馬車を調達している間にリオは宿屋に荷物を取りに行き、俺達は一足早く集合場所である西門に向かう。まず姿を見せたのはダンカン。幌も無い文字通りの荷馬車だが、作りは頑丈そうに見える。
「あとはあの鎧の人だけですな……それなりに経ってるはずですが」
「逃げてたりして」
「いやそれはさすがに……って、そう言えば逃げてクビになったんだっけかあいつ……」
「お、おまたせしました……」
心配もつかの間、行き交う人から頭を突き出させた黒い鎧兜が歩いてきた。肩にかけた鞄は鎧とのギャップで小さく見えるが、それより目を引くのがたすき掛けになったバカでかい金属の棒。片方に太い頭を持ち、そこから放射状に飛び出した金属部品はまるで王冠のよう……
「ど、どうも……」
「武器くらい持ってるとは思ったけど、大戦棍かよ。男でも扱うのに苦労するぞ」
「騎士って言うと剣とか槍とかのイメージだったけど……」
「結構便利なんです……手入れとか要らないし、構えただけで逃げ出す人も居ますし……」
確かに、こんなもんでブン殴られたいと思うやつはいないだろう。意表を突かれた顔で見上げるストラの横をいそいそと通って馬車に乗ると、重量も見た目相応にあるらしく、荷台が大きく沈み込む。
「あんなの振り回せるなら、大抵の敵に勝てるんじゃないの……? 何で逃げたりなんか」
「まあ、何かあるのかもな……とにかく、行くと決めたんだ、行こうぜ」
俺とストラ、ニックも荷台に乗り、ダンカンが馬車を出発させる。空は雲に覆われ始めており、どことなく先行きを不安にさせる天気だった……
「で、その魔物ってどんな相手なの?」
「夜だったからはっきりとは……だが人のようで、かなりの大きさでしたな」
「巨人ってか? まあ……巨大ナマズが居て巨人が居ちゃいけないってわきゃないわな」
荷台から俺とストラが魔物の情報を聞き出していると、後ろで何やら小刻みな金属音が聞こえてきた、見ると、でかい鎧で縮こまったリオがカタカタと震えている。
「……名家の騎士様は当てにならなさそうだね」
「そう言うなって。伊達や酔狂であんなでかい武器持ち歩かねえだろ」
「でも逃げてクビになったんでしょ?」
「ん~む……」
ストラの指摘もまあもっともなもので。敵を前に背中を向けて逃げ出されたりしたら流石に困る。リオの方とも、話をしておくべきか……
「よう、そんなに震えるなって」
「ぴゃっ! す、すいません視界の横からいきなり出られると……」
「お、おお悪い。あんまりガタガタ震えてたから気になってな」
「うぅ……だ、大丈夫です。ここでまたクビになったりしたら流石にどうかと、思うので……はい……」
「まあ……相手がまだそこに居るかどうかもわかんねえんだし、あんま気負うなって」
「そ、そうですね……誰も居なくなってくれてたらそれで……」
「そしたらリオが仲間に出来るかどうかも棚上げだけどね」
「はうあっ……」
ストラの冷たい言葉にへこむリオをなだめつつ、馬車は進み……いつしか街道から脇道にそれていく。
「ねえちょっと、隣の街じゃなかったの?」
「ええ、街道をまっすぐ行くとサール王国です。しかしこっちに行けばフィルス王国西の端、シャルリの街、私はそっちを目指してたんですよ」
「シャルリって言うと、大理石で有名ですよね……」
「鎧のお方は御存じのようで。その通り、そこに酒を運ぶ予定でした。しかし……焦ってたんでしょうな。夜も無理に進んで、結局馬車を失ってしまいました」
「よく聞いとけよ~、ストラ。全力で突っ走ったらこうやってこけた時大怪我するんだぜ」
「うっさいなあ、こけなきゃいいんだよこけなきゃ。で、その馬車はどこにあるのさ」
「もうすぐ見えてくるはずで……」
地形は平地から小さな丘が連なり岩の目立つ丘陵に変わり、坂道を何度も上下する。そして日が傾き始めたころのことだった。
「あった、あれです!」
ダンカンが指さした先には、丘を転げ落ちたらしい荷馬車。近くには樽が転がっている。ダンカンが馬車を横付けすると、樽の中には割れたものもあるが大部分は無事なように見える。
「よし、積み込みます、手伝ってください!」
「わ、わかりました……!」
いそいそと樽を運びに行くリオを横目に、ストラは手近な丘に登り周りを見渡す。今のところ自分たち以外に動く物は無い。
「(何事もなく終わりゃ良いが……いや、それだとリオを引き込めねえか? う~む)」
悩ましい状況だがひとまず待つしかない。雲に覆われた薄暗い夕方の空の下、積み替え作業が始まった……