11 捨てられ鎧騎士出現
荷馬車の車輪に巻き込まれてすりつぶされ……俺は根元から再びよっこいしょ、と体を生やす。
「このエロ触手! 女と聞いたら即突っ込んでって! 滅茶苦茶目立ったじゃないの!」
「ひき肉になった俺が可哀そうだとか思わねーの!?」
「どーこーに! そんな要素がある! 蛇だか鰻だかわからんような見た目して!」
「見た目の問題か!? そうか毛か! 毛だな! モフモフになれば良いんだな!? よ~し待ってろくすぐり攻め用のふわふわ毛が」
「火にくべるぞこの!」
「お取込み中失礼します。調査結果にはご満足いただけたでしょうか?」
ストラとギャイギャイ言い争いをしていたところ、小脇に抱えられたニックが割り込む。
「……実際どうだったの? 美人居たの?」
「ああ、小柄でワガママボディ。あの立派なオッパイに根元から絡みついたらさぞ映えるだろピギャッ」
「ま、とりあえず便利は便利ってことで良いのかな」
俺をナイフで壁に縫い付けたストラはニックを地面に下ろした。そしてしゃがみ込みその顔を覗き込む。
「じゃあ次私ね。お金稼げそうな話を探して」
「了解、分析開始……多数の情報が存在します。
1.食堂『車輪亭』の配膳担当
2.雑貨屋『昼寝をする猫』の接客担当
3.運送業『八足の馬』の事務担当
4.」
「待った待った待った。そう言うのじゃないの。もっとこう、一発で沢山お金はいるようなの!」
「条件を修正、再度実行」
「おいおい待て待て」
ナイフで止められた部分を切り離し、今度はこっちがストラに釘をさす。
「一獲千金なんてあってもヤバい話に決まってるだろ、お前また危険に突っ込む気か?」
「何、私に胸寄せた服着て酒配れって言うの?」
「……小さな胸で無理してか。有りだな! いっぺん着てみグエ」
「一件、該当有り」
「お、どんなのどんなの?」
片手で俺を締め上げながら、ストラは一獲千金とやらの情報に目を輝かせる。体をくねらせて手から脱出し、とりあえずその話を聞いてみることにするが……
「ここから東方の街でゴブリンによる襲撃がありました。多くの負傷者が出ており、医療品等の需要が急増。これにより相場の高騰が予想され、商取引による利益を得られる可能性があります」
「商売かあ。元手がないよ……」
「待て待て、ゴブリンって言ったか? あのおとぎ話の悪役妖精の?」
「当該名称が生物種を指すか、ある種の集団名を指すかは不明です。」
「ゴブリンはゴブリンだよ。小さなサルとヒトの間みたいなの。時々巣が知らない間に大きくなって、群れで街を襲うこともあるって」
「そんなもんまで出てきたのか? 世界はどうなっちまったんだ……」
天を仰ぐ俺。一方でストラはニックを抱えると広場に足を向けた。
「……よく考えたら、あんたを売って元手にするってのも有りだよね」
「いやいやいや、駄目だ! こいつの耳は本物だ! こいつが居れば今後美人を見つけるのがぐっと楽になる!」
「擁護意見に感謝しますが、もっと異なる側面からの表現を要求します」
「でもさあ、元手があれば商売できるとかそんな話されてもさ。情報が本物でも、私が使えなきゃ意味ないよ」
「聞き方が悪いんじゃねえのか? 俺たちに元手はないから体を使って稼ぐしかない。それで短期間で稼ぐってなると……金を出してでも手っ取り早く片付けたい問題を抱えてる奴を探すって感じで行けば良いんじゃね?」
「そう言うもんかなあ……ニック、出来る?」
「はい……右前方、近距離に一件」
「右ぃ?」
広場に出て、俺とストラはそろって言われた方を向く。そこには大きな漆黒の全身鎧……が道端に膝を抱えて座り込んでいる。その前には板切れに書かれた『拾ってください』の文字……その鎧がこっちを見て、兜に走った横一直線のバイザーと目が合う。
「……見なかったことにしよっか」
「それがよさげだな。うん」
視線を戻して立ち去ろうとし……た時、その鎧が立ち上がりこっちに走ってきた!
「待ってくださいいぃぃぃ!!」
「うわこっち来た!」
「走れ走れ!」
その鎧はガシッ! とストラの足にしがみつき地面に伏した!
「わー!? 捕まった!?」
「おいおい何だよこいつは!?」
「話だけでも! 話だけでも聞いてくださいいぃぃ!」
「やーだー! 離し……凄い力!?」
鎧にしがみつかれたまま、ストラは身動きが取れなくなってしまった。この謎の鎧、声からして推定女……は一体何なのか……
「私、リオと申します……」
「自己紹介の前に、離してくんない?」
「離しても逃げません?」
「逃げない逃げない」
「はい……」
「じゃそゆことで!」
「逃げないでくださいぃ! 話だけでもぉぉ!」
「グエー!? 俺ぇ!?」
「うがっ!? こら触手! ちゃんと伸びろ!」
ストラは逃げ出し、俺は鎧に掴まれ、繋がったストラが引っ張られ。すったもんだした挙句、俺達は広場に面した茶店でリオと名乗った鎧の女の話を聞くことになった。大の男よりも頭一つ半は高い大きな鎧姿が、白い木製の席にミシリと座るのは中々にシュールな光景である。
「私、リオと申します……」
「それはもう聞いた」
「こっちはストラ、この猫はニック。俺は……」
「名もなきエロ触手」
「おい」
「エロ……? 触手さんとストラさん。お二人は旅の方、ですか?」
「まあ、そんなとこ。でそう言うあんたは? 『拾ってください』とか捨て犬ならぬ捨て騎士?」
「ううっ、実は……その通りで……」
「え、マジで?」
椅子にもたれながらの嫌味混じりな言葉が的中して、ストラは目を丸くする。ガラス窓から日光が差し込む、穏やかなカフェの空気にはどうにもなじまない、漆黒の全身鎧はポツポツと事情を話し始めた。
「私、東のシーコン公国からきました。なんというか、一応騎士の家の出で……」
「名家ってやつ? 私そう言うの嫌い」
「そ、そんなこと言わないでぇ……」
「んで、その名家のお嬢さんが何やってんだ?」
「私の家、騎士と言っても聖途教会の修道騎士で……しきたりがあるんです。聖地に向かう人を無事に送り届けなければならないって言う……」
「聖途教会? あれまだ残ってたのかよ」
「聖途教会? なにそれ」
「世界のどこかに神聖な土地があって、そこにたどり着くことを教義にした宗教だよ。だが結局そんな場所は無えんだってなって、廃れてったはずだが」
「それは昔の話ですね。今はもう聖地は見つかっていて、そこに巡礼することが最大の功徳とされています」
「マジかよ見つかったのか」
「はい。それで私、巡礼に付いていってたんですけど……」
と、リオは何日か前の出来事を語りだした。それは東にある街でのこと……
~~~~
『あなた私の護衛でしょ!? ゴブリン程度から逃げてどうするの!』
『だだだだ、だって数が多かったし、もし負けたら殺されちゃいますし……あなたも走れたから一緒に逃げれば……』
『そんなの騎士じゃない! 騎士ってのは強くて、勇気があって、かっこよくて、悪を見逃さず、何があっても守ってくれるの!』
『だ、だって……戦うとか、怖いですし……』
『はああ!? それで騎士やろうって言うの!? もういい、そんな弱虫に護衛なんて頼めない。クビよクビ!』
~~~~
「ということが……」
「(そう言えばニックの奴が東の街にゴブリンが出たって言ってたか……)」
「怖がりの騎士とかクビになって当然じゃない?」
「はうあぁ!」
クッキーを齧りながらストラは情け容赦のない一言を放った。しかしまあ、騎士といてば強くて頼れるってのが世間一般のイメージだ。そういう反応も無理はない……
「そんなわけで、置いていかれてしまい、かといって一人で戻るわけにもいかず……誰か代わりに私と聖地に行ってくれる人居ないかな~、と……」
「ん~……茶店ってのもなかなか良いもんだね。じゃ、そゆことで」
「無視ぃ!?」
「話だけでもって言ったじゃん。聖地とか興味ないし。大体、顔も見せないような奴と一緒なんてね」
「まあ、そうだなあ。俺も女には甘い方だが流石に顔もわからんのじゃな」
「ぅ……わ、わかりました、でも……」
「でも?」
「恥ずかしいので、ちょっとだけにさせてください……」
「はあ?」
リオが肩に手を当て留め具を外す。胸甲が前に倒れる形で外れると……その下から見えるのは、体のラインが浮き出るぴっちりした紺のインナーに身を包んだ豊満な胴体! さらに兜を後ろに倒して外すと、出てきたのはゆるくウェーブした肩ほどの銀髪に色の濃い肌。そのコントラストの中、所在なさげに右往左往する橙色の瞳。歳は20前後ってとこか。鎧がでかかったせいで小さく見えるが背はかなり高い方。総評して……スタイル抜群!
「うわ、なにその格好」
「だ、だから恥ずかしくて……」
少しだけその中身を見せると、再び鎧を着けなおしてしまった、が。
「そ、それで……顔もお見せしましたし……」
「よっしゃ決まりだ仲間になろう!」
「おいこら」
「いいかストラ。これは必要な事なんだ」
「何が」
「お前は確かに小柄ながら高いレベルでバランスの取れた見た目だが、それは細身って範疇の中でであって、決定力に欠ける! そこでこの巨乳騎士を加えておっぱいのインパクあー! やめて! 開きになっちゃう! やーめーてー!」
冷たい表情のストラに根本付近からスッパリ二つにされた俺はウゴウゴしながら元に戻った。
「まあ、その辺は置いておくにしてもだ。どうも世の中物騒みたいじゃねえか。一人くらいは仲間がいても良いんじゃねえか? やれることも増えるし、稼ぎやすくもなるぜ」
「道端に捨てられてたのをいきなり仲間とか言われてもね」
「うーむ……じゃあこうしようぜ、さしあたり仮加入ってことで、一度何か仕事をしてみる! それでだめならまあ、ご縁がなかったってことで」
「お試しかあ……まあ、やってみてもいいけど」
「よっしゃ! ってわけで、リオだったな? よろしくな!」
「あ、は、はいっ! よろしくお願いしましゅ!」
どうにかストラを丸め込み、女騎士を仲間に引き込んだ! あの抜群のスタイルは是非ともモノにしたい! そのための策を、俺は練り始めるのだった……