8話 試験終了〜三度目の正直〜
最後の魔法陣が光り輝く。そこから生まれてきたのは、最低で私の二倍は大きい石の巨人。ゲームで散々見てきたゴーレムらしいゴーレムだった。
「じゃあ、僕は後ろで援護するから頑張って」
「分かった」
ゴーレムの足下まで歩いて近づく。自身を覆う影が動いたのを見て、私は足に力を込めた。振り下ろされた腕を避け、股の下を潜り抜ける。すかさず右膝の裏側に剣を振るが、刃が通らない。
蹴り返されて終わり――なんて事にはならないよう、剣を戻して脇を通り抜けた。さっきの何倍も大きいせいか、ゴーレムの動きは遅いように見える。よほど油断していなければ避ける事は簡単だ。
ゴーレムの腕が届かない範囲ギリギリに止まっていると、少しして私に向かっていた意識が新城の方へ行く。その隙を見て駆け出し、腕の辺りはどうか試そうと跳んだ。だが、剣を振り下ろした先から砂利が少し転がり落ちるだけ。有効打になる事なく、私は地面に振り落とされる。
私の力では足りないのだと割り切り、このまま近くで注意を引き付け可能な限り新城に削ってもらうことにした。それが一番だろう。
少し悔しく思いつつ新城とゴーレムの間に割り込み、今度は右手を狙って剣を振った。私を殴ろうとした拳と剣で鍔迫り合いになり、押し返されはせずとも身体ごと進まれる。
圧倒的な不利、温存させてもらった魔力を使おうかとした時――強い衝撃音と共にゴーレムの体が勝手に下がっていった。
「この調子でやれば時間までに倒せる! そのまま前で抑えてほしい!」
音の発生源を見ると、ゴーレムの左肩が妙に膨らんでいる。その玉はすぐに霧散して、その時に新城の魔法なのだと気がついた。
確かに欠けている肩を確認し、魔法の力強さを実感する。どこまで壊せば終了なのかは検討がつかないが、八発もあれば損傷と言えるぐらいにはなるはずだ。
「了解!」
そう応えて再び距離を縮めようと駆け出した時、耳を塞ぎたくなるような爆音が鳴り響く。試験中であるにも関わらず、私はその音の方へ目を向けてしまった。だが、それは私だけではなかったようだ。
「もしかして、一撃? 凄い魔法だね……」
「あれは、もしかして柳焫家の?」
表面が溶解し流れ落ちる石の山。ゴーレムであるはずだったそれが霧散していくのは、本当に一瞬のことだった。テレビ越しにも見たことのある姿がそのフィールドに立つのを見て、少し身体が強張る。
御三家の後継ぎ。こんな試験は突破して当然なのだろう。
「すみません、よそ見しました」
「気にしないでください、あれを無視するのは無理でしょうから。私もゴーレムの動きを止めてしまいましたし。――それはそれとして」
もう少し難易度を上げましょうか。
ゴーレムの左腕が構えられ、振るわれた。異常に速いわけでもなく、私のものと変わらない速度の一撃。しかし、余りにも大きな前との差に反応が遅れる。
慌ててしゃがむと、私の頭上を拳が通り過ぎた。あの岩石の身体から放たれるものが、普通の威力で済むとは思えない。避けるのに徹するべきだと判断し、少しだけ距離を取る。
「ゲートの向こうでは常に命がけです。限界が分からない、なんてもので終わらせるわけにはいきません」
評価はしっかりとするので安心してください。と求めてもいない補足が加えられた。
後ろに下がり、懐まで潜り込み、ひたすらに回避する。受け止められれば少しは楽になるが、それをすれば私が耐えられないのは目に見えていた。
「『ストーンキャノン』」
二発目。前と同じ左肩を破壊するための石弾が飛んでいく。気持ちの良い轟音と共に、ゴーレムは体勢を崩して右腕が下がっていった。良いところに当たったのか、左腕だった部分が外れ地面に落ちる。
確実にダメージは入っていると安心すると、とつぜん左足が私に向けられた。咄嗟に後ろに跳び、それは目の前を通り過ぎていく。油断していた。蹴りまで出来るほど器用なものだと想像できるわけがない。全部ゲームの影響だ。
「出南さん、まだだ!」
「え?」
視界の右から岩石が迫ってくる。左腕が破壊された以上、そっち側から攻撃されることは無いはずだ。足も避けて、気をつけるのは右腕だけ。
――裏拳か!
思わず剣で受け止めようとした私は耐えきれず、鼻を潰された感覚と共に吹き飛ばされた。地面を転がる間に思考を巡らせる。
「出南さん!?」
新城の声が聞こえてくるが気にする暇はない。早く起き上がらなければ。
幸い大した怪我にはなっていないようで、体はまだまだ動かせるだろう。何とか呼吸を整えて顔を上げると、私を無視して進んでいくゴーレムが目に映った。
「出南さんの実力はある程度分かりました。長所と短所も。次は新城さんの番です」
「そういう感じかぁ……」
苦い顔をする新城が見えて、私の身体に力が入る。前衛は後ろに立つ仲間を守るためにいるのだ。たとえ新城が私より強いのだとしても、守り続けるのは私の役目。こんな状況を許してはいけない。
魔力を込める。いつもよりも多く、今よりも多く。剣にも腕にもありったけを。試験はこれで終わりだから、もう本当に最低限だけ残せばいい。これだけ魔力を残させてくれたあの時の試験官には感謝しよう。
二人の間に割り込む必要も無いと判断して、ゴーレムの足下まで最短で駆けた。
「出南さん?」
新城を狙っていて、私のことは一切頭に入っていない。それが分かれば、思いっきり振りかぶる。
「……ぶっ飛べぇ!」
そして振った。豆腐を斬るみたいに刃は石の塊を進んでいく。さっきまでとはまるで違う感覚を気にする余裕なんて私には残っていない。なんの手応えもないまま私は剣を振り切った。
その直後に強い衝撃波が放たれる。魔力の塊、その圧倒的なエネルギーが岩を粉々にしながら流れ出した。余りにも強い風に、私の足も踏ん張りが効かず地面を滑る。
風が止んだ時、私が眼を開けた視界には両脚を失い倒れたゴーレムだけが残っていた。
達成感、新城を守りきれたことへの安堵。それらを抱えて私は倒れそうになる。何とか石剣を杖にして顔から落ちるのは耐えたが、それでも腰は砕けて崩れ落ちた。
「大丈夫!?」
動かないまま風に流されていくゴーレムを尻目に、新城がこちらに駆け寄ってくる。私の呼吸が荒くなり俯くと、腰を落として私に目線を合わせてくれた。
「あんなに魔力を出して耐えられるわけないよ」
「いや……でも、これで試験終わりっだからさ」
「それで倒れてたら意味ないって」
「そうですよ。あなた、かなり辛いでしょう」
試験官に剣を取られ、そのまま抱き上げられる。
「これから保健室に行きます。新城さんはここで待機していてください」
「分かりました」
「では、出南さんは寝ても――」
「ちょっと、だけ、待って」
足を動かそうした試験官に言って止めてもらった。首を回し、視界の端に新城を映す。
「新城、お疲れ」
「うん、お疲れ様」
残った力を振り絞り親指を立てる。それだけ言って、私の視界は真っ暗になった。
「目が覚めたか」
私が目を開いた先にあったのは、もはや見慣れた白い天井。意識ぐらいは保てると思っていたのだが、そう簡単にはいかないようだ。顔を横に向けると、初対面の時と同じように学院長が座っていた。
試験はもう終わったんですか。そう聞くために私が口を開くよりも先に、学院長が話し始める。
「今日が何日か知っているか?」
その言葉を聞いて嫌な予感が湧き上がってきた。試験が終わっているのは当然として、一週間を超えている可能性すらある。何日も寝ていた上にこの短期間で三回も気絶するなんて、心配を超えて怒らせるのは当然だった。
額から汗が流れるのを感じていると、ため息を吐いて学院長は口を開く。その様子を見るに、想像するほど機嫌が悪いわけではないと分かった。
「まだ一日しか経っていないから、そう不安げになる必要はない。奏の試験も終了しているから安静にしておけ」
「分かりました。すみません、心配させて」
「構わん」
それからはお互いに喋りかけることもなく、穏やかに時間が流れていく。窓の方から聞こえてくる風の音に耳を傾けつつ、無意識に目を閉じてゆっくりとしていた。
ふと自身の名前を呼ばれて目を開ける。そこにはさっきまでとは違い真剣な顔をした学院長がいた。
「あの魔力の放出のことだが……」
「あれがどうしましたか?」
「可能な限り使用を控えてもらいたい。少なくとも使用後も歩ける程度になるまではな」
やはり、心配させていたことは間違いないらしい。あれが迷惑をかけるものだとは分かっているので、特に反論せずに頷く。
私の返事に満足したのか、学院長は一度だけ目を閉じてから立ち上がった。枕元にペットボトルを置いて、出口の方へ歩いていく。
「では、私は帰ろう。もう遅いからな、結果は明日伝えさせてもらうぞ」
「はい……って、もう結果出たんですか!?」
私の叫びに対する答えが出ないまま、ドアの閉じる音だけが保健室内に響いた。