6話 入学試験〜筆記なし、勝者あり〜
「学院長、校庭に呼んでどうしたんですか?」
「明日が奏の試験日だ。寝込んでいた以上、少しブランクがあるだろうからな」
「なるほど」
――私が受けるから、かかってこい。
そう言って、学院長は全身に魔力を纏った。その気遣いに応えよう、と私も魔力を纏って足に力を入れる。出力が過去と比べ物にならない今なら、少しぐらい抵抗できるはずだ。
まともな一発をぶつけて、褒められたい。覚悟を決めた俺は、全力で踏み込んだ。地面を割るつもりで、学院長に対応すらさせないつもりで。そして目の前に辿り着き、視界いっぱいに広がる拳を受け止める。追撃されるのは割り切って、そのまま思いっきり蹴り上げ――――
「大丈夫か?」
「…………なるほど」
私の目の前に建つアスサキ護学院、そこには他校とは圧倒的に異なる点があった。それが、入試方式。実技と面接のみで、まさかの筆記試験はないというものである。全受験生が順番に試験を受けるので、何日かに渡って朝から夕方まで続く名物と化していた。私が受けるのは七日目、最終日である。
ちなみに筆記試験がないのには、しっかりと理由がある。知識が無いということは、助けたいという思いの前では不合格の理由にならないとのこと。俺でも首を傾げたくなるが、まあこれもあの人の優しさだろう。
学校暮らしとはいえ私も受験生であることに変わりないので、人混みに紛れて受付に向かった。用意してもらった受験票を差し出して、確認が済むのを待つ。
「受験番号H3752の出南奏さんですね。第三体育館に向かってください。正面から右手側、一番左の建物です」
「分かりました」
担当の人から返された受験票をもらって、私は三時間ぶりに校門を潜った。中央にある噴水もどこか中世ヨーロッパを想像させる校舎も、昨日とは違う物のように見える。受験のプレッシャーは、それだけ強く私にのしかかっていた。
緊張で強張った身体をいつものように動かし、私の戦場へと向かう。その途中、同じ体育館を目指している人の流れの中で肩を叩かれた。振り返って確認した先には黒髪の少年が立っていて、笑みを見せながら手を振ってくる。
「君はどこから来たの?」
「日本生まれの日本育ちなんだけど」
「……え、マジ? ごめん外国の人かと」
どうやら、物珍しさで話しかけたらしい。私が日本人だと伝えた時、真顔に戻って随分と驚いていた。失礼だったと謝られたが、私としては緊張がほぐれたので案外ありがたい。視界に映る人全員が競争相手の中、誰かと話せばそれを意識せずに済む。
「僕の名前は新城遼。お詫びに協力させてほしい。ペアで戦う部分もあるはずだけど、一人で来たんでしょ?」
「確かにそうだし、断る気はない。でも、詫びって言うのは――」
「安心して。足を引っ張ったりはしないから」
「……そうか。じゃあ出南でも奏でも、好きな方で呼んでいいよ」
「うん、じゃあ出南さんって呼ばせてもらうよ。よろしくね」
仲間がいきなりできて、内心で喜びつつ手を差し出す。新城の方も断られると思っていたのか、嬉しそうに握り返して上下に振った。この自信の持ちよう、中学ではなかなかの好成績だったのだろう。とは言え、油断してばかりではいられない。
「ちょっと訊くんだけど、新城って前衛と後衛どっち?」
「あー、そこは大事だね。まあ、どっちかって言ったら後ろかな。一応前にも立てるけど……もしかして被ってたりする?」
「大丈夫。私は前だから」
「それなら良かった」
二人ならどうにかなりそうではあるが、バランスが良くて損はないだろう。一息吐き、止まっていた足を再び動かし始めた。
「新城」
「どうしたの?」
「お前は絶対に守るから、頼んだぞ」
「……うん。よろしくね」
第三体育館の目の前に辿り着き、二人で同じ列に並ぶ。それから自分たちの番が来るまでそう時間はかからなかった。最初に行われるのは一人での試験なので受験番号の小さかった新城に前を譲り、ゆっくりと中に入る。
「試験終了! 次の人は?」
中では区分けが行われ、それぞれの場所で何かと戦っていた。試験官の人だったり、魔物を模したゴーレムだったり、それらに対応する姿を外から見られているのが分かる。
私の担当をするであろう人が近づいてきて、案内するその背中について行く。しばらく新城とは別れることにはなるが、あの様子なら問題はないだろう。それよりも、今気にするべきなのは私自身の方だ。
「出南奏さん、であってるな?」
私を連れてきた試験官。フィールドの端に立つその人が、私にそう問いかけてくる。まだ試合は始まってすらいないが、歪みのない立ち姿から実力差があるのは簡単に分かった。
「はい」
「よろしい。俺が試験官を務めさせてもらうが、人と魔物どちらがいい?」
「貴方で」
慣れている方を選び、緊張を抑えるつもりで私は軽く構える。所謂ファイティグポーズをとった私の姿に、説明は省いてもよいと判断した試験官はストレッチを始めた。それと同時に、本当に必要な部分だけを伝えられる。
「試験時間は十五分間。残り十分まで俺は反撃だけを行うので、それ以降は注意するように」
――では、始め。
私は駆け寄って、魔力を込めた拳を突き出した。狙うは腹、顔の次に効果的であろう部分。そして、狙っても無駄に隙を晒しにくい部分。手か脚か、どっちを使うタイプなのかの確認だ。
同じ様に私のみぞおちを狙った一撃を見て、身体を捻る。そのまま追撃されぬよう、距離をとって一息ついた。元々いた場所にあったのは振り上げられた脚。蹴る方に自信があるのだろう。あそこで反射的に手を出さないのだから、それは相当強いはず。
「どうした、終わりか? もたもたしている内に三十秒は経つぞ」
「まだまだです」
もう十分の一。知っていたことだが、五分は短すぎる。一方的に殴れる状況が現実であり得ないとはいえ、受験生に与えるような時間ではない。足だけは注意しつつできることを、と距離を縮めた。
大振りになるのを控えて、胴体に連撃を叩き込んでいく。しかしその全てが対応され、私に伝わるのは手のひらの感触だけだった。悔しさに歯を食いしばり、焦りも増していく。
このままでは前と同じになる。また落ちる。最後のチャンスなのに。終われない、終わらせたくない。もう失望されたくない。
魔力を思いっきり込めて振りかぶる。大丈夫、足を使う素振りは見えない。
――そう考えていた私の腹に、正面から飛ばされた拳が突き刺さった。試験官は始まってから表情一つ変えずに、ずっと私の顔を見ている。
「魔力の出力が下がっているな。余計なことを考えない方がいい……っ!」
体内から空気が溢れるのを必死に堪えて、私は握っていた右手を突き出した。クリーンヒット、とは言えないが確かに胸に届いたはずだ。
自惚れていたのだろう。昔の教育に昔の努力。それに今までのスラム生活。魔力さえどうにかなれば、簡単に合格できると思っていた。
ここまで軽く扱われて、目が覚めないわけがない。俺もまだスタート地点に立てただけ。決して誰かの前に立ってはいない。
「これで五分経過だ。限界だったらフィールド外に出るように」
「大丈夫です。俺はまだ頑張れます」
「よろしい」
気合いを入れ直して、こちらに向かってくる影を見据える。少しでも隙を見せようものなら、俺は無視できない痛みをもらうことになるだろう。つまり、俺の手札は基本的にカウンターのみ。
相手の手を払い、懐に入り込んだ。背中が無防備になるのは承知の上で、背を盾に腕を振り上げる。悪くない感触、一矢報いた気分だった。そんな心も足で薙ぎ払われ、形勢が覆る気配はない。
脇腹とみぞおち、どちらも痛いがまだ我慢できる範囲内だ。自身に向けられた攻撃を必死に避け、受け流す。反撃するような隙も余裕も俺には無かった。やり返すことができる手札は一枚だけあるが、次のことも考えると使えない。
「防戦一方だが大丈夫か? それでは勝てないぞ」
「……くそっ」
それでも、このままでは何も成果が出せない。あくまでこれはテスト。なるべく長い間粘るか、攻撃するかでアピールする必要がある。新城には申し訳ないけれど、やらせてもらおう。
俺の中にある魔力の全て。最低限動けるのに必要な分だけは残るよう抑えて、右腕に集める。たとえ格上だったとしても、ただでは済まない一撃を――
「試験終了だ」
放つことはなかった。一つの終わりを迎えて頭が冷えた私は魔力を解き、試験官に詰め寄る。それを言うのはもっと後のはずだ。
「何で止めたんですか? まだ終わってないでしょう」
「そうだな。まだ十分しか経っていない。だが、あのままだと動けなくなっていただろう」
それは正しいし、教師なら止めて当然だと私でも思う。何も反論することができず、口を閉じたまま私の評価は進んでいった。
「身のこなしは軽かったが、まず出力にブレがある。それに判断ミスも多いな。最初の一撃も意図が読めない」
「はい」
「……だが、根性は確かだろう。俺に追いつこうと必死に身体を動かして、残り五分までとはいえよく耐えた。少し危なっかしいが、団体試験も頑張るといい」
「……はい!」
――出南奏、個人試験通過。