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5話 ナンパで難破(白目)


『スラムに家があるのだろう? なら、ここに泊まるといい。まだ危険な可能性もあるからな』


 保健室みたいだ、そう言っていたあそこは本当に保健室だった。これからしばらくの間――と言っても入試が終わるまでの九日間だが、ひとまず俺はあそこで寝ることになるらしい。

 

 どこか現代とは違う雰囲気を持つ校門の前で、俺は周囲からの視線を浴びる。当然と言えば当然のことだろう。魔物による被害を受けずに済んだ杉並区、まともな場所であるここで一人だけ学校から出てくるのはおかしいから。


 それにその人が白髪に赤眼となれば、注目されない方が異常だ。学院長から貰ったパーカー、それについていたフードを被って髪を隠す。


『この服を使うと良い。服を買うなら私が支払うが、今はこれで我慢してくれ』

『いや我慢もなにも、助けてもらってばかりなのに……』

『気にする必要はない。それに、フード仲間を増やす良い機会だからな』

『え?』

『日差しを抑え、風をも凌ぐ。夏は少しばかり暑いが、冬は防寒着としても機能するのだ。素晴らしい』

『……そうですか』


 フード信者、とでも言うべきだろうか。日本一の学校と呼ばれる場所の学院長、あの人が謎のこだわりを持っているなんて夢にも思っていなかった。わざわざ部屋でも着る理由はあるのだろうか。申し訳ないのだが、全く理解ができない。

 

 学院長の趣味は置いておいて、少し歩いている内に住宅街にたどり着いていた。どれもこれもスラムとは違う姿で、どこか懐かしさを感じる。

 

 今、俺は商店街を目指して歩いていた。財布を借りている身分で豪遊するつもりはないが、身体一つしかない俺には必要な物が多いはず。それが何かも分からないので、とりあえず店の多い場所へ行くのだ。地図もスマホも無い以上、適当に歩き回るだけになるが特に問題はないだろう。







 



「終わった……」


 カー、カーと馬鹿にしてくる鳥どもにキレつつ、俺は沈みそうになっている夕陽を眺めていた。周囲にあるのは家ばかりで、この公園にいる子ども達も段々と帰っていく。アスサキには戻れない、商店街には行けない。少なくとも絶望するべき状況であることだけは俺にも分かっていた。


 子どもに訊けば不審者、大人に訊くのは申し訳ない、それでこの有様である。出南奏、十八歳。その姿はあまりにも情けな過ぎた。

 

 公園に設置されていた水飲み場を借りて、一度冷静に戻る。どこかも分からない場所で黄昏ている場合ではなかった。コンビニで良いから見つけてアスサキまでの道を教えてもらうしか、俺に残された選択肢はない。

 

 おにぎり一つ買えば大丈夫、とプライドと罪悪感を押し殺す。そして近くにあった牛乳のロゴへと向かっていた時――明らかな面倒事の気配がした。


「ねえ、きみ可愛いね」

「な、何ですか?」

「お茶しよーよ。てかどこ住み? ラインやってる?」


 赤い長髪を揺らす少女に、嫌悪感を持つ雰囲気を纏った男が言い寄っている。金髪のチャラ男が何を考えているのかは、胸元へ向けられた視線を見れば簡単に分かった。


 ナンパに遭遇するのはこれが初めてなのに、ぜんぜん初めてではない気がするのは何故だろう。ナンパの仕方をネットで勉強したのかと訊きたくなるが、まだギリギリ黒ではないので間には入らない。注目されない程度の距離に抑えて、会話の内容を盗み聞きする。


「私は増量キャンペーンのケーキが欲しくて……」

「コンビニのケーキよりも美味しいとこ知ってるからさ、ほら行こうよ。奢るから、ほら」

「えっちょっと待って――」


 あの出だしからして、俺が聞いたところから始まったのだろう。だとすると出会ってからまだ一分も経っていないのに、男は女性の手を握ろうとしていた。恐怖で身体が強張っているのか、数歩だけ後ずさるので限界らしい。


「どしたん話聞こかー、なんちゃって。おっさんネットばっか見てるんだろ?」


 魔力で身体を強化して駆け寄り、男の手を弾く。そのまま二人の間に立って、俺は躊躇なく喧嘩を売った。


「俺、まだ二十なんだけど。それに、ネットがどうとか急に何を――」

「ナンパがキモいって言ってんだよ。いい年してこんな場所で何してんだ」

「お前っ!」


 俺の頬を狙って振るわれた拳、それを右手で受け止める。そこで、ベッドの上で感じていた違和感の正体に気がついた。魔力の出力が上がっている。それも、二倍なんてものではない。多分、人並み程度までには上がっている。


 俺の出力を考えると、本来なら逸らすか弾くのが正解だった。でも、思っていた以上に男の拳が軽い。余裕だなんてことは決してないが、少なくとも同じ土俵に立てている。



 

 何故か許されたやり直し。正直、心のどこかで今回も駄目だと思っている自分がいた。でも誰かの背を追える今なら、本当にやり直せるかもしれない。


 気分が上がり、カッコよくありたい(厨二)心が暴れ出した。被っていたフードを脱ぎ、長い髪が風に揺れるように外へ出す。


「……綺麗」

 

 後ろから漏れた声が耳に入った。思わずニヤけてしまいそうになるのを必死に抑えて、目の先にいる男を見据える。


「今なら負ける気しないわ、俺」

「へぇー、オレっ娘じゃん。今から三人でお茶するなら許してあげるけど?」

「そっか、これ()も直した方が良いのか。で? お……私は別に見逃す気あるけど」

「……許さないからっな!」


 もう一度飛んできた拳を屈んで避け、腹に蹴りを入れた。男が地面を転がっていくのを見て、一度女性の下まで下がる。積極的に戦う理由はないし、あくまでもこの人を守るための喧嘩だ。必要以上に怪我をさせる気はない。


「まだ止める気はないか?」

「く、クソが」


 思っていたよりも腹に入ったのが重かったのか、悪態をついて俺に背を向けた。手で抑えながら歩く姿を見ると、少し申し訳なさも感じる。

 

 人助けのためだから、と自身をひとまず納得させて、背後にいた女の人に声をかけた。冷静に考えれば、突然現れて喧嘩を始めるなんて恐怖でしかないだろう。なるべく気を遣って近寄らないようにする。


「君は大丈夫?」

「あっ、はい。ありがとう、ございます」

「どういたしまして。それじゃ」


 そう言って手を振り、その場を去ろうとして――止まった。気まずさや恥ずかしさで顔が赤くなっているのを自覚しつつも、覚悟を決めて足を切り返す。



「ごめん、アスサキ護学院ってどこか分かる?」

「……ん?」




「アスサキで保護って苦労してるんですね、貴女も」

「本当に申し訳ない」

「私の恩人なんですから、気にしないでください」


 あの後、コンビニでスイーツを爆買いした少女――赤津(あかつ)(めぐみ)と名乗った少女と一緒に歩いていた。一緒とは言っても、実際はただの道案内。女の人と歩くという嬉しさや緊張よりも、道案内をさせる罪悪感が余裕で勝っている。

 

 勘違いの可能性はあるが見覚えのある道まで来た頃、俺は赤津さんと世間話をしていた。目的地を教える都合上で軽く自身のことを話したが、どうやら赤津さんもアスサキを受験するらしい。


「出南さんもだったんですか?」

「うん。受験校に泊まるの、凄い気まずいんだよな」

「本当に苦労してるんですね……」


 そう言って同情する姿を見ると、何故か嬉しくて心が暖かくなる。まだほんの数十分の関係だが、俺はすっかり赤津さんと仲良くなっていた。

 

 知り合いが受験すると聞いて、静観しているだけの俺ではない。もう知っているかもしれないが、ちょっとしたコツだけ教えることにした。それで合格する確率が上がるのなら、それ以上に良いことはないだろう。


「身体強化ってどうやってやるか分かる?」

「それは、魔力を身体中に流して……すみません。上手く言葉にできません」

「ああいや、私の言い方が悪かった。戦闘訓練って普段どうしてる?」

「えっと、身体強化をして魔法を――」


 やはり、多少の改善点はあるみたいだ。普段とは違うことをやらせるのも良くないから、軽く言っておく程度に収めることにしよう。


「もし魔力が足りなくなりそうだったら、思い切って身体強化を止めた方が良い。パリィとかジャスガとか、ゲームのあれみたいに節約するんだ」

「でも、リスクが大きくないですか?」

「正直そう。その上で魔力があるっていうメリットが――」

「奏」


 俺の言葉を遮って、聞き覚えのある声が耳に入った。どこで聞いた声だろうか。確か、朝の頃アスサキで聞いたような声だ。付け加えて言うなら、フードをつけていそうな人の声でもある。

 

 赤津さんの方を向くと、さようなら、とそう言って去っていく後ろ姿しか残っていなかった。これはいつか問い詰めることができたかもしれない。


「これだけ遅くまで何をしていたのか……説明してもらうぞ?」

「……はい」


 肩を掴まれ、これだけ怖いのは二日ぶりだと軽口をたたく。それが本当に軽口なのかは言うまでもないだろう。校門を二人で潜った俺の夜は、まだ始まったばかりだった。

 



 

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