第91話 紅竜キルセア
話し合いに応じてくれたキルセアは、思った以上に友好的だった。
話しやすいようにと人型に変化し、さらに大地を一部隆起させて台を作り上げ、その上に座りやすいような椅子状のものを作ると、その場所だけ熱気を遮断してくれたのである。
さすがにそこまでになると、エルフィナもキルセアに対する警戒を幾分解き、キルセアが作ってくれた椅子に座っている。
『さて、話が早いので|《意思接続》を用いるとしよう。そちらはコウ……そこな娘は?』
「エルフィナ、です」
エルフィナはまだ少し怯えはあるようで、手がまだコウの服の裾を掴んだままだが、それでも震えているというほどではないようだ。
キルセアの人型は、人間で言えば年齢的には二十台から三十台の、大柄の女性という感じだ。身長はコウよりも頭半分ほど大きいくらいか。
かつてのヴェルヴス同様、大きな双角と一対の翼があるが、顔立ちは非常に美しく、特にその竜の時の鱗と同じ色合いの、波打つような赤い髪はそれ自体が宝石の様ですらある。
『さて、知ってはいるようだが改めて名乗ろう。我はキルセア。汝らが竜と呼ぶ存在だ』
『まず、不躾に貴女の領域に入った我らに寛大に応じていただいたことを、感謝する、キルセア』
『いや? ここは我が領域ではない。ゆえに、我に寄ってきたところで、理不尽に焼き尽くしたりはせぬよ』
コウとエルフィナは思わず顔を見合わせた。
『では貴女は、自分の領域を出てここに来ていると?』
『そうだ。ここは、我がたまに訪れる……人間で言えば、休憩所のようなものだ。地の炎に身をさらすと、とても気持ちが良くてな』
人間でいえば温泉のようなものだろうか。
溶岩風呂というところか……いや、普通は違うもののはずだが。
『久々に訪れたくなったので訪れただけだ。我の領域は、ここより遥か北になる』
『では、程なく立ち去ると?』
『無論だ。我が領域をいつまでも空けてはおけぬからな。汝らはそんなことを確認しにきたのか?』
『いや……そうではないのだが……』
どうやら色々、本当に間の悪い要素が重なっただけらしい。
コウは、自分たちがここに訪れた理由を、キルセアに説明した。
『なんと! それはすまなかった。徒に地の民を困惑させるのは我が本意とするところではない。分かった。今夜には立ち去ることを約束しよう』
拍子抜けするほどにあっさりと、キルセアはこの地を去ることを快諾してくれた。
『これでも人里からも、獣たちが暮らす場所からも十分離れた場所だったと思ったんだが』
『山の向こうは、もう魔獣たちの住処だったらしいが……』
『ふむ。人の領域が広がって、獣たちがそこまで来た、というところか。時の移り変わりとはいえ、人の伸張は凄まじいものよな』
ハクロの辺りに人が住む様になったのは百年は前のはずだが、多分竜にとっては百年というのは最近なのだろう。
『だが、汝のように|《意思接続》を用いる人間は初めて見た。それに……先ほど気付いたが、その武具、竜の力を宿しているな?』
『竜の……力? この刀にか?』
キルセアに促され、コウは、腰にある刀を鞘ごと外して、キルセアに渡す。
『変わった形状だが、洗練されている刃だな。刀というのか。武具としても非常に良いものだ。……間違いない。汝は、我以外の竜と見えたことがあるようだな。この力は覚えがある……確か、東方の黒竜ではないか?』
『ああ。確かに黒かった。ヴェルヴス、という名の竜だ。彼に、この|《意思接続》を……まあ多分、もらったんだと思う』
ちょうど一年ほど前のことだが、今も鮮明に思い出せる。
この世界に来て最初に遭遇したのがあの竜だったのは運がよかったのか悪かったのか……は、普通に考えれば最悪だろう。
だが、あれを生き延びたおかげで|《意思接続》を手に入れられて、この世界を生きていけたという気はしなくもない。
『やはりあやつか。あやつは気まぐれの上にすぐ短気を起こすやつだったが、よく無事……違うな。この武具に宿る力は……。まさか、汝はヴェルヴスを打ち倒したのか?』
『……そうだ』
同族を殺されたとあれば、キルセアが激怒する可能性もあったが、かといってここでそれをごまかすことはできそうにはない。
意を決して正直に話すと、キルセアの顔が下を向く。
『そうか――あやつはこの世界にはもういないのか――』
その言葉に込められた感情がいかなるものであるか、全く読めず、表情も分からない。
コウの背を冷や汗が落ちる。
喉がカラカラに乾いていた。
そしてキルセアが顔を上げ、その鋭い眼光がコウを射抜くと――。




