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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
 間章 伝説との邂逅

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第90話 魔獣の恐怖

 街は意外にまだ賑わいを保っていた。

 魔獣騒ぎはまだそこまで広がってないのか、それなりに客もいるらしい。

 街の者ではない、観光客と思われる人が結構いた。


「実害がまだ出てないですしね……街にも兵隊さんもいるから大丈夫と思ってる感じですか」

「まあ本当に危険な魔獣が発見されたら、通常冒険者ギルドがすぐ対応するしな。そういう動きがなければ安心するってのはあるんだろう」


 冒険者ギルドが動いてない以上、安全だと思われるというのは往々にしてあるらしい。今回の仕事の場合、まだ『見かけた』というだけの状態で、優先的に討伐対象となる魔獣もいない――イルワクラも明らかに好戦的なタイプではない――ため、ギルドの依頼も討伐任務とはなっていなかった。

 まあ調査次第では討伐任務になるかも知れないが。

 元々、二人がニグネムの街に着いた時点で貼り出す寸前の依頼で、向かう方向でこなせるちょうどいい依頼だから引き受けたというのはある。


 二人は街の門を抜けると、森に入った。

 街外れの森は、木々が深く、かなり視界は制限される。

 どこから魔獣が飛び出してくるか分からないので、警戒しながら進むが、今のところその気配はない。


「元々時間かけている余裕もないしな……さくっと終わる仕事だと思うんだが」

「そうですね。ただ、魔獣の種類がばらばらなのが不思議です。どれも、普通群れることはないはずの種類ですし」

「交渉の余地があればまだいいんだがな」

「……種類によってはできますよ?」

「できるのか!?」


 ブラステインの時は相手が話せる魔獣だったから交渉の余地もあるかと思ったが、普通の魔獣でそういうことができる発想はなかった。


「というか、コウのほうが確実では? あの……|《意思接続(ウィルリンク)》でしたっけ。あの能力なら、魔獣とだって意思疎通可能では?」

「……忘れてた」

「ブラステインは珍しく人の言葉を操る魔獣でしたが、言葉は話せなくても高い知性を持つ魔獣は結構いますし」


 最近、すっかりこの世界の言葉に慣れてしまったので、完全に失念していた。

 初めて聞く単語に無意識に使ってるとはいえ、意識的に使えば、一定の知性がある相手なら、ある程度は意思疎通が可能だ。

 この世界は人間だけが高い知性を持つ存在ではない。あのヴェルヴスの様な存在だってある。ブラステインだってあの時は交渉の余地はなかったが、本来であれば話し合いで争いを回避することもあった筈だ。

 そういう相手なら、確かに|《意思接続(ウィルリンク)》で対話の余地はある。


「私の場合は、種類によります。魔獣や幻獣には精霊に近い存在がいて、そういう場合は精霊と話すみたいな感じで会話可能なんです」

「なるほどな。可能なら話を聞いてみるか。事情があるかもしれないしな」

「コウは面白いですね。普通、人間は魔獣と聞いたらすぐ駆除する、となるんですが」

「無闇に生き物を殺す趣味はないよ」


 魔獣だってこの世界の生き物であり、生態系を担う存在だ。

 まして、希少な種類であれば、迂闊に狩れば絶滅させてしまう可能性もある。

 まして、相手に高い知性があるのであれば、殺す理由がない限りは殺そうとは思わない。相手が魔獣であれ、人間であれ。


「それに、急に現れた理由が気になる。事情がある気がするしな」

「それは同感……いました」


 エルフィナの指摘に、コウは彼女の指差す方を見るが、よく見えない。


「どこだ?」

「この先の木の隙間……あそこ。多分、地蛇ドゥヴァスです」

「……なんとなく何かいるように見えるが……よく気付いたな」

私たち(エルフ)の目と耳は人のそれより大分いいらしいですから」


 自慢するでもなく、事実としてエルフィナは言うと、一言二言何かを呟いた。

 すると、地面から砂塵が舞上がり、それが小さな少女の形になる。

 地の精霊だろう。


「――、――――――」


 コウにも聞き取れない言葉で、エルフィナはなにごとか言うと、精霊は再び地面に消えた。


「何を頼んだんだ?」

地蛇ドゥヴァスは、地属性の精霊の力を受けた大蛇です。多少ですが精霊の力を借りることが出来る存在で、地域によっては大地の神ユトゥーの眷属として敬われることもあるそうで。総じて理性的なので……精霊に頼んで、前交渉を」

「話を聞いてくれるように、と?」

「はい。地の精霊のことなら聞いてくれるでしょうから。眷族みたいなものなので」


 果たしてその交渉は効果があったのか、しばらくして地の精霊に連れられて、地蛇が二人の元にやってきた。

 全長十メートル(二十カイテル)ほどはありそうな大蛇だ。

 鱗は黒曜石にも似た輝きがあり、特に頭部の美しさは宝石のようだ。

 胴回りの太さは、コウの胴体の倍近い。


「精霊を使役するほどの存在なれば、我も無視はしない。何用だ」


 コウは|《意思接続(ウィルリンク)》で、エルフィナは精霊語によって地蛇の言葉を聞きとっていた。

 やや尊大な感じなのは、仕方ないところだろう。


『近隣の街から魔獣おまえたちが突然街の近くに現れるようになったのに恐怖を感じて、追い払ってくれと頼まれた。だが、無為に戦うつもりはない。これより南は人間の領域で、お前たちはそこを侵している。北の方に立ち去ってくれれば、それでいい』

「断る」


 返答は取り付く島もない、というほど明確な拒絶だった。


「それでは争いが起きます。そもそも、これまで貴方はどこにいたのです?」


 エルフィナの言葉に地蛇は、表情など分かるはずもないのだが、悔しげに顔を歪めた気がした。


「我らとて、人の領域が近いことは承知している。だが、あのような恐怖がある場所にはいられんのだ」

「恐怖?」

「竜だ。あの存在が、我らから住処を奪ったのだ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。

 コウとエルフィナは、ハクロの街を出てさらに森を抜けた先を『飛行』していた。


 昨日、その他の魔獣からも話を聞くことができた。

 そして、彼らがことごとく、もっと北の山を越えた先からここまで来たこと。

 元いた場所の近くに竜が来てしまったので、逃げてきたのだと分かった。


 とりあえず、ハクロの街に手を出さないように――手を出せばさすがに討伐せざるを得ないことを説明し、しばらく大人しくしているように頼んだ。

 それに対して、彼らは人間側が手を出してこなければ、とりあえずおとなしくしていることを約束した。

 ただ、魔獣の中には本能的な衝動に抗えない種族も多い。

 現状でも相当に苛立っている者もいるようで、遠からず暴発するだろう。

 彼ら自身で抑えるようにはしてくれるらしいが、あまり時間はない。


「話は聞いてましたから止めはしないですが、さすがに人の身で竜や竜属と会おう、というのは普通なら正気を疑われますね」

「そういうものか?」

「竜属は魔獣とはいえ、倒した者は長くその名前が語り継がれるほどの強大な存在です。まあ、私達なら何とかなる可能性はありますが。ただ、竜は存在そのものの次元が違います。人の身で竜と相対して、生きて帰るだけでも伝説になるくらいです」

「そんなに理不尽な存在なのか」

「竜はたいてい、神域ともされる縄張りを持っています。そして、そこに許可なく入る存在に対しては、一切の容赦なく牙をむく、とされています」

「あぁ……確かにそうだったな……」


 この世界に突然現れて、突然襲われた。

 よりによって竜の神域にいきなりご招待とは、この世界にコウを誰かが呼んだとしたら、最初から殺すつもりがあったとしか思えない。


「私がコウから話を聞いた時、その……ヴェルヴスでしたか。いかにも竜らしい、と思ったのは事実です。ただ、それを倒してしまった、というのは……未だに信じられません」

「まあ、それは俺が一番思うことでもあるが」


 未だに、あれでなぜ生きていたのか不思議でならない。

 いくつもの奇跡が重なったとしか思えなかった。


「まあ、竜といっても多分竜属……魔獣の一種だとは思うんですが。それでも他の魔獣とは一線を画す非常に強力な存在ですから、普通人間が戦える相手ではありません。油断しないでください……え?」

「……アレ……だよな」


 山を二つ越えた先にあったのは、巨大な火山だった。

 ハクロの街から三時間余り飛行して来たから、距離的には百キロ(二百メルテ)というところか。

 その中心、つまり火口には、溶岩がまるで煮えられた鍋のように渦巻いている。地球的に言うなら、巨大なカルデラ火山というところだが、この様に溶岩がプールのようになっているのは、さすがに地球では見たことがないと思えた。

 そしてその中に、輝くような煌きがある真紅の鱗の、巨大な竜が身を横たえていたのだ。

 その存在感は、魔獣などとは比較にならない。


「竜属じゃない……まさか、紅竜キルセア……」


 エルフィナが、半ば呆然として呟いた。


「有名なのか?」

「別名災厄竜とまで呼ばれる、最強の火竜です。魔獣ではなく、本物の竜です。過去の歴史において幾度か、戯れのように国を焼き払ったという記録があります。もっとも、それらはどこも退廃の極みにあったともされ、別名を天罰竜、とも云われて、神々の代行者とすら。大陸北方にいると聞いてたのですが……」

「だが、そう短気にも思えないが……というか寝てるだけに見えるが」

「魔獣たちが逃げるのも無理はないです。竜の領域にいることは、即、滅びを意味するわけで……」


 エルフィナがこれ以上ここにいたくはないと、飛び去ろうとする。


「いや、大丈夫だろう」


 コウはそういうと、法術を操作し、高度を落とした。


「ちょ、コウ!? 話聞いてました!? 伝承どおりなら、いくらコウでも絶対に勝てません。法術とかでどうにかできる相手では……」

「分かっている。ただ、やつが自分の領域に入ってきた者を無条件で焼き払うようなやつなら、俺たちはとっくに消し炭にされてるよ」


 実は、だいぶ手前から、竜の存在はひしひしと感じていた。

 だがそれは、単に『いるだけ』という存在感であり、ここから全てを立ち退かせるような圧力を感じなかったのだ。

 あの、この世界に最初に来た時、ヴェルヴスから感じたほどの威圧感を、少なくともこの竜からは感じない。

 ならば、話し合いの余地はあると思えるのだ。


 問題は、竜がいるのが煮えたぎる溶岩の只中、ということだ。

 コウは、幾重にも暑さを遮断する法術を展開したが、それでも汗ばんでくる。

 さすがにエルフィナを伴うのは、暑さ的にも、彼女の心情的にもはばかられたので、彼女は上空に待機させたまま、コウは竜の顔の前まで降り立った。


『はじめまして、俺はコウ。冒険者だ。頼みたいことがあって、ここに来たのだが、話を聞いてもらえないだろうか?』


 何語で話しかければいいかわからなかったので、最初から|《意思接続(ウィルリンク)》を使用した。

 すると、それまで興味なさげに溶岩に身を沈めていた竜が、その首をゆっくりと持ち上げ、コウを見る。


「コウ!! 逃げて!!」


 エルフィナの悲鳴が響く。

 だが、僅かに開いた竜の口から真紅の火炎が放たれることはなく、代わりにもたらされたのは言葉だった。


『驚いたな。我らと同じ|《意思接続(ウィルリンク)》を用いる人間がいるとは。面白い。話を聞いてやろう』




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