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第88話 次なる旅路へ

「忘れ物は……ないな」

「大丈夫です。元々そんなに荷物もないですしね」


 エルフィナはそういうと、大きめの背負い袋のベルトを肩にかけた。

 コウも同じように荷物を背負う。


 この宿に停泊したのは一週間ほど。

 どちらかというと、王都の記憶のほとんどは学院内の記憶になる。

 三カ月余りという長きにわたって滞在した王都を、二人は今日出発するのだ。


「少し寂しい……ですか?」

「まあ、少しな。別に帰ってこれないわけじゃないんだが」


 バーランドまでは王都からは途中までアルカーナ河を遡る船で行く。

 ある程度から先は徒歩だ。

 国境は事実上封鎖されてるだろうから、入り方を考える必要もある。

 バーランドまでは二週間ほどはかかるが、道中いくつか街はある見込みなので、補給に困ることはない。


 その時、神殿の鐘が鳴り響いた。

 回数は四回。それに少し小さな鐘の音がカンカン、と二回続く。

 本鐘ほんしょう四回と半鐘はんしょう。九時を知らせる鐘だ。

 船の出航予定は十時。

 少し早いが、二人は船着き場にむけて出発した。


 朝市が終わるこの時間の王都は、人通りはそれほどない。

 朝の準備が終わった店がそろそろあちこちで店を開き始める時間帯でもある。

 人が一度捌けて、また出てくるまでの、その谷間の様な時間帯。たまに、手伝いを終えて家に駆けて戻る子供が見える。

 そこにあるのは平和な王都の光景だ。


 だが、一歩間違えば、王子や国王が殺され、戦争になっていたかも知れなかった。

 そう思うと、少し寒気すらする。

 あらためて、それを防げたことが誇らしく、そして嬉しく思えた。


 だが、終わったわけではない。

 バーランドが何を企んでいるのか。天与法印セルディックルナールの使い手が一体どれほどいるのか。本気で戦争をするつもりなのか。


 コウにとっても、少なくともこの世界においては、このアルガンド王国は故郷だと思えている。

 最初こそとんでもない状況に放り込まれたが、その後はフウキの村で穏やかに過ごせた。そのフウキの村があのようなことになったのは本当に悲しかったし、今でも悔やまれるが、あの時には多分どうにもならなかった。

 その後にラクティに出会えたことは、本当に幸運だったと思う。


 突然この世界に迷い込んでからそろそろ一年。

 本当に色々なことがあった一年であり――そしてこの先もきっと平穏とはいいがたいのだとは思う。


 全文字(ルーン)適性という、この世界においておよそあり得ない存在であるというのに、何の意味もないとは思えない。

 今思い返せば、この世界に来る直前、何か訴えかけるような存在がいたように思える。少なくとも何の意味もなく自分がこの世界に来たわけではないと、コウは思っていた。


 そして。

 自分と同じくらい特殊な存在であるエルフィナと出会ったのも、きっと意味はあるのだろう。

 彼女が好意を寄せてくれていること自体は嬉しいと感じる一方、それに応えることが果たして許されるのかという思いは、今もある。

 どこかで折り合いをつけるしかないのだろうが――今はまだ、その決心は出来なかった。


「コウ、どうしました?」

「……何でもない。ちょっとこの先のことを考えていただけだ」


 街区を歩いて二十五分《約十刻》ほどで、大きな河沿いに出た。

 王都を貫くアルカーナ河だ。

 船着き場の方を見ると――明らかに船に乗るわけではないであろう集団が見えた。


「学院もあるんだから、見送りはいいと言ったはずなんだが」

「でもコウ。貴方が逆の立場で、見送りをしないとかありますか?」

「……まあ、ないな」


 文字通りぐうの音も出ない反論だった。


「この距離だとさすがに見えないな……誰が来てるんだ」

「結構来てますね。キールさん、ティファ、アイラ、ら……お姉ちゃん、メリナさん。……あと、ユフィアーナ殿下もいますよ。アクレットさんも」

「王族が二人、公爵一人かよ。警護は……まあいるみたいだな」


 距離が近づいてコウにも誰がいるかわかってきたが、キールゲンのすぐ後ろにクラインとヘッセルが見えた。それにアクレットがいれば、おそらく誰だろうが危害を加えるのは不可能だ。


「おはよう、コウ。出発にはいい朝だな」

「来なくていいと言ったのにな……そろい踏みとは」

「お前が逆の立場だったらどうするよ?」

「エルフィナにも同じこと言われたよ」


 苦笑気味に返すコウに、キールゲンが笑って返した。


「しばらくはお別れか。寂しくなるな」

「そうだな……どのくらいかかるか分からないし。ただ、なんとしても戦争は回避したいと思ってる」

「ああ。だが無理はするな。お前は本当に無茶をしがちなところがあるからな」

「気を付けるよ。奇跡的に拾った命だからな」


 そういってエルフィナの方を見ると、女性陣に囲まれていた。


「エフィちゃん、絶対無事でいてくださいね。じゃないと姉として許しません」

「ラクティの暴走はともかく、エフィも無理はしないでくださいね。まあ、コウ様が一緒なら大丈夫だとは思いますが」

「ぱっといってさっと解決して帰ってきてくれていいんですよ?」

「アイラ、さすがにそれはちょっと難しいですよ。でも、努力しますね」


 ふと気づくと、すぐ目の前にエルフィナより小さな女の子がいる。

 今揃ってるメンバーでエルフィナより小さいのは一人だけだ。


「エルフィナ様、必ずご無事で。私、お待ちしてますから」

「殿下もありがとうございます。はい。必ず」


 ちなみに『お姉さま』と呼びたいと言い出していたユフィアーナだが、あの後のラクティとの話し合いでとりあえず保留になったらしい。

 エルフィナはどちらでもよかったのだが、ラクティには謎のこだわりがあるようだ。


「あ、でもエフィちゃん。いっそ一年くらいしてから帰ってきて、もう一人増えててもいいですよ? それはそれで歓迎しますし」

「はい?」

「お兄ちゃんとエフィちゃんの子が一緒だったら、私としてはこれ以上ないほど嬉しいですから」


 ぼん、という音でも聞こえそうなほど一瞬でエルフィナが真っ赤になった。

 慌ててコウの方を振り返るが、コウはキールゲン、アクレットと話していて聞いてはいなかったようだ。


「な、なに考えているんですっ」

「え? 別にそんなおかしいこと言ったつもりは……」

「それなら、お姉ちゃんが先に良い人見つけてくださいっ」


 予想外のエルフィナの反撃に、がく、とラクティが崩れ落ちる。

 その様子を見て、ステファニーがクスクスと笑っていた。


「エフィも強くなりましたわね……ホントに。まあでも、ラクティはいつまでも引きずっていても仕方ないですしね」

「わ、わかってます……いいもん、いつかいい人見つかるもん」


 口調がおかしくなっていた。

 とはいえこの様子では本当にまったく、クライスのことには気付いていなさそうだ。


「あ、でも帰ってきたらティファとキールさんの子供がいる可能性は普通にあるのでは?」


 エルフィナの言葉に、今度はステファニーが真っ赤になる。


「そ、それはその、ま、まだ婚姻は先ですから。来年キール様が卒業して、王太子になられて、それからなので……一年、いえ子が生まれるなら二年は……」


 するとエルフィナが首を傾げる。


「結婚の儀の前に子供がいることって普通では?」


 女性陣全員が唖然となった。

 ラクティががし、とエルフィナの肩を掴む。


「も、もしかして森妖精エルフってそういうものなの?」

「そうですね。というか結婚という制度自体、人間社会から入ってきたものなので、私達エルフには少し馴染みがないんです。家族になるだけなら、一緒に住むだけでしたし。だから、子供が出来てから結婚の儀をすることもよくありますが……人間は違うんですね」


 一同はあらためて、エルフィナが違う社会で生きていたことを痛感させられた。

 彼女にとって家族になることと結婚という儀式を行うことは同じではないらしい。

 ふと、コウの結婚観は果たしてどうなってるのかが、ラクティは壮絶に気になり始めたが――さすがにここでそれを聞くことはできない。


 そうしている間に、船の出航時間が近づいていた。

 コウ達以外にも、西方に行く人たちが次々と船に乗り込む。


「いよいよか。じゃあ、元気でな、コウ」

「ああ。みんなも元気で」


 最後にもう一度、コウとキールゲンが握手を交わして、船に乗る。

 エルフィナは、次々に抱擁を交わしていた。


 それが終わってコウ達も乗り込むと、橋げたが外され、船が岸を離れる。

 甲板の上で、コウとエルフィナは、手を振るみんなが見えなくなるまで桟橋を見ていた。


「楽しかったな、色々」

「はい。みんなとてもいい人たちでした」


 そういうと、エルフィナはコウに少し体を預ける。


「またきっと、帰ってきましょうね、コウ」


 エルフィナの言葉に、コウは迷わず頷いて返すのだった。


 王都編終わりです。そしてアルガンド編もほぼ終わり。

 次話はおなじみ解説資料ですので読み飛ばしても問題ないです。

 次は間章となります。

 その先連載なろう側で続けるかはちょっと検討中……。


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