第85話 二人のドレス
時刻は十九時。九月末のこの時期は、すでに夜の帳が空を覆いつくしている。
普段であればそろそろ夕食で、学生寮の食堂に行く時間だが――コウ達はすでにその権利はない。
昨日、正式に学院を辞している。
本来であればそのあとはすぐバーランドに向かうはずだったが、コウとエルフィナは昨日から王宮に招待されている。
そして――夕方からいろいろ着飾らされて、先ほどこの部屋に押し込まれた。
法術具の照明によって、現代日本と同じくらいに屋内は明るい。
豪奢なソファや大きなテーブルなど、くつろぐための部屋なのだろうというのは分かる。
実際、ここは控えの間である。
すぐ隣がパーティー用の大部屋らしい。
ただ、部屋の調度品の数々は地球の尺度で見ても間違いなく手が込んでいて高級品だと思える。
そしてそんな場所で、一番戸惑う理由はやはり自分の服装だった。
「別に学院の制服でもいいだろうに……」
といっても、学院の制服も返してしまってる――もらってくれてもいいと言われたがさすがに余計な荷物になるので断った――ので、手元にないから仕方ない。
今コウが着ているのは、地球で言えばタキシードに近いスーツ姿だ。
タキシードと大きく違うのは、下はズボンと言っていいものだが、男性もスカートに近いものが腰についていて、それが膝辺りまである。
女性のスカートと違って広がっているわけではなく、どちらかというとロングコート下部分だけを腰からつけている感じか。
キールゲン曰く、これが貴族の正装らしい。
自分は貴族ではない、という主張は完璧に無視された。
コウの服は紺色に金糸や銀糸での飾りつけがされていて、キールゲンは黒に近い紫色の服だ。
「まあそういうな。どうせパーティの主役は女性たちだが、彼女たちだけにするわけにもいくまい?」
その言葉に、コウ心底うんざりしたような表情になった。
「そんな顔をするな。それに、ドレスを纏ったエルフィナさんに興味はないか?」
「ないとは言わないが……本人が望むかはともかく」
エルフィナもコウ同様、着飾るのを好むタイプではない。
とはいえあの容姿でドレスを纏った姿を見たくないといえば嘘になるが、それなら彼女だけでいいだろうという道理は……通るはずはなかった。
「お待たせいたしました、殿下、コウ様」
ステファニーのその声と同時に、廊下に通じる扉が開いた。
現れたのは、見事な空色のドレスを纏ったステファニーだ。
普段背中辺りまである髪を、今はきれいに結い上げていて、その上に見事な装飾の髪留めが輝いている。
腰をきゅっと絞ったドレスは、彼女のスタイルを浮き彫りにし、一方でスカート部分はふわりと大きく広がるようになっていて、見た目にも華やかだ。
ドレスは各所に繊細な刺繍やレースがあしらわれていて、しかしそれらが調和し、ドレスを纏う者を引き立たせるデザインだ。
一方で胸元は大きく開いているが、その上にも薄いレースがあしらわれていて、むしろ上品さすら感じさせる。首周りを飾るのは美しい首飾りだ。
袖は肩の辺りだけ少し膨らんで、あとはゆったりとしたデザインだ。
「素晴らしいな、ティファ。よく似合ってる」
「ありがとうございます、キール様。でも……今回に関しては、私ですら脇役になりそうです。ほら、エフィ、いつまで隠れてるのですか」
そういうと、ステファニーは扉の影に隠れていたエルフィナの手を掴んで引っ張り出した。
「ほぅ……」
キールゲンが驚いたように言葉を漏らす。
全体的に薄い緑色、地球の表現ならば若草色のドレスだった。
ステファニーのドレス同様、各所に刺繍やレースがあしらわれているのは同じだが、大きく異なるのは上半身。
地球で言うならいわゆるオフショルダーというタイプで、胸元がはっきり見える。
その上から、繊細な色とりどりの色で編まれたレースのケープの様なものを羽織っていた。
首元を飾るのは、大きな碧玉と色とりどりの多くの宝石があしらわれた首飾りだ。
胴の部分は相当に細くなってるが、おそらくエルフィナにはそれでもきつくないと思われる一方、その胸が大きく強調されるデザインになっていた。かろうじて、ケープで少し隠されているが。
髪はステファニー同様結い上げられているが、両サイドの髪はそのまま流してあり、彼女の髪の美しさを主張しているかのようだ。
結い上げられた髪を飾る装飾品は、大きく透き通った緑色の宝石が飾られている。
化粧はほとんどしていないようだが、唯一、薄く紅を引いたその唇だけが目を引いた。
「エフィ、化粧ほとんどなしですのよ。肌の白さはさすがというか、羨ましくなるくらいですわ。どうですか、コウ様」
「……本当に……綺麗だな……」
「?」
その言葉に、キールゲンとステファニーが首を傾げた。
一方エルフィナは――やはりその言葉の意味は分からなかったが、何を言ったかは想像できて――何とも言えず嬉しくなって思わず頬を綻ばせる。
「コウ? どうした?」
「……あ、いや、その、なんだ。似合ってるな、と」
コウは慌てて言い直す。
先の瞬間――コウは文字通りの意味で『言葉を失っていた』状態だった。
最初に呟いたのは、日本語だったのだ。
「ありがとうございます。コウも、とても似合ってますよ」
コウがうろたえたからなのか、エルフィナはむしろ落ち着きを取り戻したらしい。
嬉しそうに微笑むと、コウの腕を取った。
ステファニーも同様にキールゲンの腕を取る。
「さて。一応お互い主役ってことだからな。行くとしようか」
キールゲンがそういうと、いつの間にか控えていた侍女が、ホールへと続く扉を開く。
同時に喝采が響き――パーティが始まった。
パーティ一話で終わらせるつもりでしたが、服装表現してるだけで一話終わった(汗)
もう開き直ることにしました(ぉぃ
『ドレス』というのも言葉としては当然この世界では異なるはずですが……さすがに面倒なので一般名詞としてそのまま使います……。




