第83話 国王からの依頼
「正式の依頼として、バーランドに行ってもらいたい」
二日後、体力が回復し、エルフィナと共に国王ルヴァインに謁見したコウは、挨拶もそこそこに用件を切り出された。
その内容はあり得るかとは思っていたとはいえ、さすがに一介の冒険者への依頼としてはあまりにも大きな話であり、コウは少し呆気に取られていた。
「バーランドへ……ですか?」
「そうだ。詳しくは宰相から説明させよう」
今この部屋にいるのは、コウとエルフィナ以外では、国王であるルヴァイン、王弟ハインリヒ、王子キールゲン、宰相であり侯爵位を持つレンベルク・ミウ・ハルスヴァート、そしてアクレットだ。
レンベルクはルヴァインと同世代と思われ、いかにも仕事が出来そうな怜悧さを感じさせる人物だ。
アクレットは今回の事態を受けて、転移門まで使って急ぎ王都に来たらしい。
それだけ重要事案ということだろう。
「では僭越ながら、私が。ただ、まず、先だって、コウ殿がバーランドからの刺客を退けていただいたこと、あらためて御礼を言わせていただきます」
レンベルクが深々と頭を下げる。
「ああ……まあ、それは本人からも言われたし、もう十分です」
「ごほん……では。事件の直後にバーランドの領事館から接触がありました。今回の騒動は『再戦派』の暴走であり、バーランドとしての総意ではないことを言ってましたが、そこについてはともかく……わが国が重視したのは、刺客の能力です」
「確か……天与法印?」
「はい。天与法印、というのは、第一基幹文字の使い手ほどではないですが、極めて稀少、かつ重要な存在です。しかしそれを、まるで使い捨てるかのようなあの刺客の存在が、わが国としてはどうにも解せません」
「そんなに貴重なものなのですか?」
コウの質問に、ハインリヒが頷く。
「ああ。実際、天与法印は、法印なしに法術を使える。それはつまり、法術を封じることが極めて難しいことを意味する。よって、基本的に法術ギルドで徹底した管理が行われるんだ。実際、このアルガンドでも、天与法印の持ち主は百人ほどしかいない」
「……それは少ない」
ハインリヒの言った数は、予想以上に少ないと思えた。
アルガンド王国全体の人口は、およそ四千万人とされている。
つまり、四十万人に一人の割合、ということだ。
「さらに言うと、刻まれている法印が汎用性の高いものならともかく、一、二文字程度しかない法印もある。そうなると、法術の構築は通常の法印具を併用する必要がある。単独で有意な法術を組み上げられる天与法印になるとさらに希少で、まして攻撃まで可能な天与法印となると……」
「アルガンドでは一人しかいない。……まあ、私なわけだが」
アクレットが肩をすくめた。
「アクレットは、天与法印の持ち主でもあったのか」
「話には聞いていたが、本当に色々知らないのだな。アクレットのことは有名な話だが……」
「面白いでしょう。まあそれはともかく、そういう事だ。私が持つのは[火]と[光]を含む天与法印だ」
どうやらアクレットが天与法印持ちであることは比較的よく知られていることらしい。それにしても、第一基幹文字を含む天与法印とは驚いた。
規格外にもほどがある。
そもそも、攻撃法術が使える法術士というのは意外に貴重な存在だ。
コウは自分がすべての文字に適性があるため勘違いしがちだが、そもそも攻撃法術を使うことができるのは、一般的に百人に一人くらいだという。
攻撃法術に必須とされる[射]や[放]といった文字に適性がないと、攻撃法術は使えない。実際、メリナは第二基幹文字の[土]に適性がありながら、それらの文字には適性がなかったので攻撃法術は一切使えず、それで悩んでいたこともあった。
まして今回の刺客は第二基幹文字である[炎]を使えた。この文字に適性があるのは、数千人に一人だという。さらに攻撃法術に使える文字に適性があり、しかも天与法印。
その稀少性は推して知るべしである。
「まあ、私のことは置いておいて、だ。要するに、攻撃法術を使える天与法印持ちなんてのは国家レベルの、言ってしまえば最上級の法術兵だ。なんなら第一基幹文字の使い手並かそれ以上の稀少存在と言っていい。ところが、だ」
「今回、それを『暗殺』という、帰還確率の低い任務で使い捨てた……」
ようやくコウにもその異様さが分かった。
使い捨てにできるような存在ではない者を使い捨てた。そこにこそ今回の事件の異様さがある。
「そういうことです。普通に考えて、これはありえない。そう断言できる行為です。そこで、バーランドの『穏健派』からある情報がもたらされました」
レンベルクが、ややもったいつけるように一拍置いた。
「バーランドの『再戦派』が、アルガンド王国を打倒しうる、何かを手に入れた可能性がある、と」
「何か?」
「具体的には不明です。ただ、その噂自体は少し前からありました。バーランドの軍の動きが活発になり始めた時期と前後して、バーランドがアルガンドを攻め滅ぼすための新たな力を手に入れた、と」
「それが、天与法印?」
「可能性の一つです。もし、天与法印を持つ者が多くいれば、つまり天与法印を持つ部隊を編成可能なら、これはすさまじい脅威となります」
「天与法印とはそんなに違うのでしょうか? 法印具がいらないというだけでなく」
「君ほどの規格外の使い手だとあまり変わらないかもしれないが……そうだな。もし君が天与法印の持ち主なら、君のとびぬけた法術の発動速度も説明がつく、といえばわかるかな」
コウの言葉に、アクレットが苦笑気味に答えた。
なるほど、それは脅威だ。
確かにあの刺客の法術の発動速度は、コウに匹敵していた。
そこまで考えて、やはり自分にも天与法印があるのか、と考えるが――少なくとも現時点ではあるとは思えない。やはりあれは気のせいだったのだろうか。
もし一般兵が全てあのレベルの法術士だとしたら、それは驚異的といえる。
法術士というのはコウの感覚では戦国時代の鉄砲隊に近い。鉄砲より射程距離は短いが、その分命中率が高い程度だ。
だが、今回の様な刺客と同じ能力を持つ兵が多くいるなら、それは戦国時代に重機関砲を持ち込んでいるようなものである。単独で数百の兵を相手取ることも不可能ではない。それが集団となれば、その力はすさまじいものになる。
まあそれを言うと、アクレットの存在はその時代に巡航ミサイルを持ち込んでいるようなものだろうが。
「バーランドは……実際にアルガンドと再び戦争をすつもりなのでしょうか?」
「少なくとも『再戦派』はそう考えているのは間違いない。無謀とも思えるキールゲンや私の殺害を企てたのも、国内の意見を一気に再戦へと傾けるのが目的だったと思われる」
確かに、仇敵の王子や国王を殺害したとなれば、そしてもし同等の使い手がまだ多くいるのであれば、国を挙げて戦争へ向かう風潮を作ることができるだろう。
そして実際、あの排魔の結界の効果とあの男の能力なら、たとえ騎士団が来ても退けられた可能性は低くない。
どういう理屈かは分からないが、バーランドが、あの刺客ほどの能力を持つ者を使い捨てても問題がないというほどの戦力を有している可能性は高い。
そしてアルガンドが報復のためにバーランドを攻撃しようにも、国王や王子を喪った直後の混乱から立ち直るのには少なからず時間がかかる。
それに加えて、アルガンドからバーランドへ至る道はいずれも険しい山道であり、行軍には非常に不向きだ。普通に戦っても大きな犠牲が出る。
まして、正体の分からない法術兵がいるとなると、慎重にならざるを得ない。
「実際、バーランドの国境の警備は大幅に強化されているのは確認されている。軍が配備されてるのは間違いない。我々も警戒態勢を強めてはいるが」
「そこまで聞けば話は分かりますが……要はバーランドを調査しろ、ということでしょうか。警戒厳重な臨戦態勢の国に潜入して」
普通に考えればあまりに無茶な話だ。
だが同時に、自分なら出来てしまうということが分かるし――それを知っているアクレットが、多分国王に推薦したのだろうという事も理解できた。
「はい。そういうことです。かの国の調査、および懸念されるような『何か』があれば、それらの情報を報告いただきたい」
「報告だけ?」
「冒険者である以上、国相手に戦争をするわけにはいくまい。冒険者の規約的にもな。ただ、戦争を回避するために協力してもらいたい。そのためにもまずは情報だ」
確かにそれなら、冒険者の規約とは相反しない。
それでもだいぶ無茶な話ではあるが――。
「バーランドの国内情勢がだいぶ不穏なことになっていてな。バーランドの冒険者ギルドに協力を頼みたくても、あちらに所属の冒険者たちは、いずれも顔も名も知られてしまっているので、だいぶ動きづらいのだ」
冒険者ギルドは、大陸全土に支部を持つ大組織だ。
所属する者の能力もあいまって、その影響力は下手な国を大きく凌駕する。
また、国に隷属しない存在であり、常に独立性を保っており、たとえ戦時下の国内であっても、ある程度は行動の自由が保障されるという。
ただその建前があっても、実際に国の中で動こうとすれば当然警戒される。
そこで、まだ知られていないコウ達で対応しようというわけだ。
「ただ、法術ギルドは気をつけたまえ。知ってると思うが、法術ギルドは基本的に国の一機関だ。横の連携がないわけではないが、バーランドの法術ギルドとは、二十年前の戦争以後、完全に関係が途絶している。そして、今回の件、懸念どおりならば、法術ギルドが関与していない可能性はない」
ことが法術関連であれば、国の法術研究機関でもある法術ギルドが無関係であるとは考えにくい。
「ただ、私個人のことがバーランドに既に知られている可能性はないでしょうか? なんのかんので、今回大立ち回りしたわけですが……」
「そこに関しては大丈夫だと思います」
コウの懸念に答えたのは、レンベルクだった。
「我が国にあるバーランドの領事館に探りを入れましたが、そもそもバーランドの領事館は『穏健派』に属しています。今回の件は『再戦派』の暴走だそうで、事実上単独行動だったそうです。本国から一人で派遣されていたそうで。あらゆる下準備を一人でやったというから、驚くべき能力とはいえますが、その過程で、コウ殿のことを調べていた形跡はありました。実際バーランドの領事館の職員に、情報として本国に送るように、という命令はあったらしいのですが、不審に思った職員はそれを保留していたそうです。そこで、あの騒動が起きた、と」
あのブラステインを使ったのもおそらくその刺客だろう。
あの時にコウの法術の実力を見ていたのかもしれない。
「具体的な仕事の内容としては、法術ギルドの動き、特に、天与法印の使い手に関することを調べていただければ。もし可能なら、バーランド国内のことも」
「言うまでもないが、最悪戦闘になった場合、天与法印の使い手と戦闘になる可能性もある。気をつけてくれ」
「陛下の懸念はもっともですが……まあ、彼なら、法術が封じられてさえいなければ、互角以上に戦えるでしょう」
「アクレットがそう言うならそうなのだろうが……常識的には考えられないな……」
コウはそこで、エルフィナを振り返る。
「と、いう感じで大きな仕事になりそうだが……エルフィナはいいか?」
「もちろん。私はついていく、と決めてますから」
その、僅かに変わった雰囲気を感じ取ったのはキールゲンだけだったが、彼も僅かに口角を上げただけで、特に何も言わなかった。
「わかった。この仕事、請けさせていただく」
コウのその言葉に、ルヴァインやハインリヒ、キールゲンは少し驚いたような顔になった。
「ありがとうございます、コウ殿」
レンベルクが恭しく頭を下げる。
「バーランドでは、我が国の領事館からもサポートは行う予定です。そこそこに情報収集も行っているはずですし、現時点で分かってる情報については、後程共有させていただきます」
「キールゲン、本当は一緒に行きたいとか考えてはおるまいな?」
「ち、父上!? そんなことは……ことは……ありますが、さすがに立場は弁えています」
「ならいいが。ただ、コウ殿に何かあったら、飛び出していきかねん。なので、必ず無事戻ってきてくれ」
国王の冗談とも本気ともつかない言葉に、コウは思わず苦笑した。
他に、いくつかの確認――報酬含む――をしてから、その場は解散となった。




