第80話 学院祭三日目~終幕際の凶刃
朝、控えの部屋で集まった時、エルフィナは酷く眠そうだった。
「エルフィナ、ずいぶん眠そうだな」
「……眠いです。これも全部コウが悪い……」
「なんでだ!?」
エルフィナは理不尽にも原因をコウに押し付けた後、ふらふらと衣装を確認するために衣裳部屋に移動した。
「俺が何かしたか……?」
「いや、俺もさすがにわからん。ティファに後で聞いてみるか……」
余談だが、昼にキールゲンはステファニーから事の次第を聞いて、大爆笑する。
「ま、今日で終わりだ。棒演技は……まあ仕方ないが、頑張ってくれよ、コウ」
「思うがお前、即位したら笑顔で周りに理不尽な仕事を振るようになりそうだな……」
「酷いな。俺はできる人間にできるだけの仕事しか回さないという自信があるぞ」
キールゲンは笑顔で断言する。
それは否定する要素がないが、仕事を請け負う側が果たして喜んで仕事をしているかは疑問がありそうだ。
「さあ、三日目だ!!」
キールゲンがパン、と手を叩く。
学院祭の三日目が、始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三日目は概ね、二日目と同じ様相を呈した。
キールゲン、コウ、エルフィナの一幕劇は相変わらず好評で、それに引きずられる形で他のメンバーの劇も好評を博している。
食べ物や飲み物の注文もそれなりされ、売上は上々らしい。会計担当の生徒が満面の笑みを浮かべていた。
また、三日目ともなると、即興劇に参加する客も増え、時々キールゲンなどは客とロマンス劇をやっていた。
この辺りのサービス精神はさすが王子様というべきか。
コウもエルフィナも到底そこまでやる気力はなかった……実は裏で要望は相当に出ていたのだが。
ちなみにラクティも今日は朝から学院祭に参加している。
当然コウとエルフィナとの即興劇を希望したが――実現には至っていない。
昼休憩を挟み、日が僅かに西に傾き始める頃、やっと客足が減ってきた。
この時間になると、学生側も疲れからパフォーマンスが落ちるし、客側も片付けモードに入り始める学生に遠慮して、帰っていくのだ。
ラクティもさすがに明日にはまた別の用事があるため、先に王宮に帰っていった。
そんな中、コウ達のクラスでは、最後の即興劇の飛び入り参加者が壇上に始まろうとしてた。
壇上にいるのは、キールゲンと飛び入りの参加者が一人。
キールゲンはいかにも王子様、という服装。
飛び入りの参加者は、二十半ばくらいの男性で、騎士の格好をしている。
王子と、それに忠誠を誓う騎士、という筋書きになりそうだ。
一般人が騎士の扮装でそのようなことを行うケースはまずないので、雰囲気は楽しめるらしく、キールゲンがやった即興劇では最も多かったパターンの一つである。
「おお、殿下。では、我が忠義の証として、我が剣を殿下に捧げます」
大仰な台詞と共に、片膝を突いた男が剣を鞘ごと腰帯から外し、捧げ持つ。
その、刹那。
「キール!!」
そこにあったのは、明らかな殺意。
コウは反射的に風の法術を発動させ、二人の間に壁を作った。
どこに隠し持っていたのか、男が細い針の様なナイフを突きこむが、まるで固形物にでもなったかのような高密度の空気の壁が、男の剣を弾く。
「くっ」
男は慌てて身を翻し、壇上から飛び降りた。
直後、事態に気付いた生徒たちから悲鳴が上がる。
それを無視して、コウは刺客の前に立ちふさがった。
「これでも間に合わないとは……。卓越した法術使いという話はあったが、何という技量だ」
刺客が、忌々しげにコウを睨む。
「……俺を知っているのか?」
コウは油断なく構え――腰の刀に手を添える。
自分の出番は終わっていたのでもう持ってきていたのだ。
すぐ横にいるエルフィナも細刃を抜く。
刺客が持つ武器はその細い刃のみ。
近接戦でも圧倒的できるとは思えるが単独犯とも限らない。
ただ少なくとも、相手が法印具を持っている気配はない。
そして周囲の状況――見知った学生以外がことごとく退避している――から、周囲に仲間がいるとはあまり思えない。
あるとすれば、どこからかの狙撃だが、舞台装置などがあるこの場では、射線の通る場所があまりない。エルフィナ並の技量を持つ射手でもない限り、命中させるのは困難だろう。
「法術を使われては、やはり勝ち目はないな」
男が、なにやら小さな棒を取り出すと、それをへし折る。
それ自体は小さな行為だったが、その影響はすぐに分かった。
「法術が……使えない!?」
男を拘束しようと法術を発動しようとして、それがまったくできなかった。
法印の文字は『認識』できる。
だが、次のプロセスである『充填』ができない。
魔力が、まったく文字に伝わらない。
放出する先から、全て霧散してしまうのだ。
「排魔の結界か!!」
襲われた衝撃から立ち直ったキールゲンが、横に並び立った。
「なに?」
「法術の根源であるマナを、結界内に一瞬たりとも存在出来なくしてしまう結界だ。文字に魔力を充填しようにも、文字に伝わる前に霧散してしまうから、法術が一切使えなくなる」
その言葉で、コウはエルフィナがキュペルに捕らえられていた時のことを思い出した。あの時は、小さな部屋にこれと同じ結界が張られていて、故にエルフィナは逃げ出すことができなかった。
しかし、今回のこの結界の規模は、あの時とは段違いだ。
「だが、これほどの結界を作るには、相当に大規模な術式を必要なはずだが……」
「……そういうことか」
だから学院祭で、しかも三日目のこのタイミングなのだ。
おそらく学院祭初日から、このために気付かれないように準備していたのだろう。
排魔の結界は、コウが記憶する通りなら少し大きな法術具を利用する。
当然、普段学院内に置かれていては当然目立つ。
だが、学院祭の最中であれば、多少妙なものが置いてあったところで誰も気にしない。どこかの団体の備品だと思うだけだろう。
これだけの規模の結界を作るのにどれほどの準備が必要なのかは分からないが、相手は万全の状態を準備したわけだ。
マナを封じた状態、つまり法術を封じた状態で、王子を殺害するというのが狙い。
法術が使える状況では、一瞬で命を奪わない限り、治癒の法術などで回復される可能性がある。
毒などでも同じだ。
この学院は、この国でも最高峰の人材が揃っているのだから、よほどのことがない限りは、ここで王子を害するのは至難の業だ。実際、三カ月前の爆発事故でキールゲンの護衛が生きていたのも、その場で治癒を使える法術士がいたからだという。
だが、この状況なら別だ。
エルフィナに視線を向けるが、エルフィナも黙って首を横に振った。
やはりあの時と同じく、精霊もここでは顕現出来ないらしい。
「ずいぶん甘く見られたな。法術がなければ、俺を害することができるとでも?」
キールゲンが武器を構えた。
確かに、相手は一人で、こちらは戦えない学生もいないわけではないが、訓練を受けている者も少なくない。
エルフィナが横に来て呟いたが、こちらを狙う射手の存在は確認できなかったらしい。つまり相手は確実に単独。
お互い法術が使えないのであれば、数の暴力がそのまま成立してしまう。
しかも相手が持つ武器は短剣に等しいものが一つだけ。
「くくく……甘く見ているのは貴様らだ!!」
男の前に複数の煌き――文字の輝き――が生じ、直後に炎の塊が生じると、それは解き放たれた矢のように、キールゲンに向かって一直線に向かってきた。
「な!?」
回避できたのはキールゲンが優れているというより、相手が一撃で終わらせるつもりがなかったからだろう。
外れた炎弾は、キールゲンの背後にある客席用の机を直撃し、激しい爆発を巻き起こした。
直撃すれば、法術が使えないこの状況では、コウとてひとたまりもないだろう。
「誰が法術が使えないと言った?」
男の周囲に炎弾がいくつも舞い踊る。
それは、明らかに法術の力だ。
「まさか、天与法印!?」
「天与法印?」
コウは初めて聞く単語だった。
ただ――《意思接続》によって伝わったイメージから、だいたいの想像はついた。
「生まれながらに宿っている法印のことだ。ごく稀に、そういう人間がいる。彼らがその法印を使う場合には、『認識』『充填』のプロセスなしで法術を使えてしまうんだ」
つまり、このマナが外に出せない状況でも、法術を組み上げられるということである。
どうやらこの結界は、発動した法術には影響がないらしい。
「その通りだ。忌々しきあのルヴァインの息子よ。貴様を殺し、絶望にくれるあのルヴァインも殺し、アルガンドが混乱するところで、我がバーランド王国がアルガンドを制するのだ!!」
「今更二十年前の遺恨か!!」
キールゲンが吐き捨てるように言う。
この言葉で、この男がバーランドの刺客であることが確定した。
二十年前の戦争で、バーランドはルヴァイン王率いるアルガンド軍によって駆逐された。特にルヴァインを恨んでいるという。
あの戦いにおける最大戦果はアクレットが起こした『トリエンテスの業火』だが、あれで被害を受けたのは帝国軍のみ。
ただ、その攻撃により帝国の支援を失ったバーランド、アザスティンの両軍はその士気が著しく低下し、軍としての統率を失った。
その際、バーランド軍に致命的な一撃を与えたのは、ルヴァイン本人なのだ。
「全く迂遠なことを!」
「ルヴァインにも味わわせてやるのさ。肉親を失うという地獄をな!」
「肉親を?」
コウとキールゲンは慎重に距離を取った。
相手だけが法術が使える以上、迂闊に踏み込めばその餌食になる。
「そうだ。俺の父は二十年前、お前の父に殺された。だから今度は、息子の俺があの男の息子であるお前を殺す。俺にはその権利がある!」
つまり、ルヴァインの子であるキールゲンを殺すことで、ルヴァインへ意趣返しをしようというわけだ。
もっとも、そんな理由などは今のコウにとってはどうでもいいことだった。
それよりも。
「あっちは法術使い放題、こっちは物理戦闘だけで、ということか。数で押し切るか、あるいは一度退くか……」
「では、ここで更なる絶望を見せてやろう!!」
即興劇に出てたからか、やたら演出がかった声で、刺客は懐から握り拳ほどの乳白色の球体を取り出した。
それを掲げると、僅かに力を篭めたのか、表面にピシ、とヒビが入り――次の瞬間、そこには人の倍近くある、巨大な騎士の様な彫像が屹立していた。
「魔幻兵か!?」
それは、コウも本で読んだことがあった。
はるか昔に製造されたという、現在ではほぼ作られなくなった兵器だ。
人間の数倍の力を持つ人型の人形である。製造時に非常に小さな球体に格納できるのが特徴だ。
一度解放したら再格納できないとはいえ、強力な近接戦闘能力を持っているのだが、法術に非常に弱い、という致命的欠点があった。
外殻を構成するマナ自体が法術の影響を受け易く、小規模の火の法術を受けただけで、全身が燃え上がってしまう。
そのため戦闘用として開発されたものの使い物にはならず、もっぱら労働力として使われていたらしい。
ただそれもその後、法術具などの普及によって廃れていったという。
今では役に立たないとして、ほとんど製造されていない。
ただ、法術があれば造作なく破壊できるが、法術が使えないこの状況ではほぼ最悪の相手だった。
「さあ、私の法術を避けながら、魔幻兵を相手にどこまで戦えるか、見せてみろ!」




