第78話 学院祭一日目~嵐の襲来
『お待たせいたしました。第百二十一回、アルス学院祭の開幕を宣言いたします。この祭りが、皆様のよき思い出となりますよう、学院生一同、精一杯努力させていただきます』
法術によるものだろう。
大音声化された広報担当の学生の宣言で、アルス学院祭の開会が宣言された。
同時に、解放された門から多くの人々が入ってくる。
老若男女問わず、その人数は数千人は下るまい。
「すごいな、これは……」
普段は、数百人の学生と研究者しかいない場所に、軽く十倍以上の人が来る、というのは想像を絶する。
無論、これだけ人が来れば中には不心得者もいるだろうが、それに対処するのは学生会の仕事ではない。
学生会とは別に、学院祭のためだけに組織された治安維持のための『学院祭騎士団』なる組織があるのだ。
実はこれには、この時だけ使われるお揃いの制服があり、それがなかなか見栄えがするということで、この騎士団自体にもかなり人気があるらしい。
彼らに取り締まられたいために問題を起こす人がいるという噂すらあるほどだ。
「毎年の光景だから俺は慣れたがな。さて、それじゃあ俺達も行くか。すぐ出番だ」
「ともすると、やや楽しそうに聞こえるのは気のせいか?」
「気のせいだろう」
絶対に笑っていると確信をもてるほどに楽しそうなキールゲンの声に、コウは一度大きなため息を吐いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おお、陛下。なぜこのように無慈悲な。そのようなことでは、私は陛下を討たざるを得ない!!」
「たわけ。我に歯向かうというか。愚か者め。我は妖精族の王の加護を受けておる。我は無敵だ~」
「妖精族の王よ。我は希う。我ら人の切なる願いを聞き届けよ。貴女が守護する王は、既に王たる資格を失った!! それに愛を注ぐは、貴女の魂の穢れとならん!!」
「ひ、人の子よ。さ、されば我との、契約、を。我、はさすれば、新たなか、加護を授けよう」
「いいえ。私は新たな契約を望まない。願わくば、人の世は人の手に戻すことを、ただ望む!!」
演目の内容は、アルガンド王国が成立するよりはるか以前にあったとされる、もはやいつものだかすらわからず、名すら残っていないある国の物語。
妖精族の王の加護を受けた王が代々治めていたが、ある王の悪政に、王子が反旗を翻す。
妖精族の王は王子を次代の王にと契約しようとするが、王子は妖精族の王の加護はもはや不要として、妖精族の王の手を借りず、人の王として新たな時代を作る――そんな伝説だ。
これ以後、妖精族の王は姿を消したとされるが、そもそも妖精族に王などいないという。エルフィナも聞いたことがない。
なのでこの物語は、あるいは神々の加護が今のようになる以前、神々が直接人を統治していた時代があるのでは、という検証もされているが、定かではない。
その通りだとすればエルスベルよりも以前の物語となるが、いかんせん御伽噺の領域であり、実在したのかすらわからない。後世の作り話という説も根強い。
とりあえず、この話自体は人気の演目で、この王の交代劇の場面は即興劇などでも良く使われるものだ。
今、王子を演じてるのがキールゲン、王がコウ、そして妖精王はエルフィナである。
昔の衣装を纏ったキールゲンはいかにも王子様だし、さすがの演技力だ。付け髭などをしているコウも、棒立ちかつ台詞が単調だが、それでもまだ見れる。
が。
エルフィナの演技は相当に酷かった。
本当に酷かったのだが……。
なぜか大人気だった。
最大の理由は、本当に妖精族だからだろう。
神秘的ともいえるその美貌もあって、現実離れした印象を観衆に感じさせる。
挙句、ボロボロといっていい台詞回しが、逆に妖精族っぽい、などといわれる始末。
なお、キールゲンが決めた演目は、全部妖精族が出てくる演目だ。確信犯に違いない。
ちなみに、劇が面白かったかどうか、客が投票するようになっているのだが、現在キールゲンのチームがぶっちぎりらしい。
「も、もう限界です。恥ずかしくて死にそうです」
「いや、エルフィナさん。そんなことはない。素晴らしいよ。ほら、あの壁の得点表を見るといい」
窓際にある、得票を飾り花の数で表した一覧は、三人のチームがぶっちぎりであることを示している。
客は、これを見て誰を見にくるかの指針にすることもあるので、特に開幕最初の演目は重要だ。
ちなみに先ほどの演目は今日の二幕目で、最初にやった演目は実話を元にしたとされる妖精族と騎士のロマンス。騎士がコウ、妖精族はもちろんエルフィナ、キールゲンは騎士の友人で二人の仲を応援する役。
コウは台詞を棒読みの手本のような演技でこなしていたのだが、エルフィナは演技だと分かっていても恥ずかしさで逃げ出したくて仕方なかった。
ところがエルフィナの美貌と、その真っ赤になる様子が可愛いと相当に評判になったらしい。
ちなみに、練習の時はエルフィナは実際に逃げ出しているし、コウは台詞は覚えてるからと練習を回避していた。
「まあ今日の出番はあと一回だし、あとは学院祭を楽しもう。準備と後始末は学生会の仕事だが、学院祭は学生全員のものだからな」
無論、トラブル対処などは常に発生するが、キールゲンの手を煩わすほどのことはそうそうない。
「おう、キール。さっきのはなかなか良かったぞ。コウ殿、エルフィナ殿も……まあ、いい感じだったな」
「お久しぶりです、お……コウ様、エフィちゃん」
突然の聞き覚えのある声に、三人は驚いて振り返る。
そこには、キールゲンの叔父であるハインリヒと――。
「叔父上。それに……ラクティ殿か! 本当に久しぶりだ!」
まさかの、パリウス公爵ラクティがいたのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「久しぶりですね、お兄ちゃん」
「だからそれは……」
「大丈夫です。ここでは、私のことを知る人は……まあ、学生にはたくさんいますが、聞こえたりしませんし」
最初、キールゲンとハインリヒ、ラクティはそれぞれ何かを話していたようだが、やがて積もる話もあるだろう、とキールゲンはハインリヒと一緒に学院祭巡りに行ってしまった。
護衛がといったが、ハインリヒに『俺では不服か』といわれては引き下がらざるを得ない。
実際、王国最強の護衛だろう。
それに、他にも数人護衛がついているのが分かる。この配置ならコウの出番はない。
「四ヶ月ぶりというところですけど、お元気そうで何よりです」
「キール達はいいのか?」
「はい、先ほど少しお話しました。キールゲン殿下には特に私が領地に戻る際、行方不明になった時に大変心配をかけてしまったので、そのことだけ話しておきたくて。王弟殿下とは先日お話しましたが」
やはりさすがに、あの領地に戻る際、襲撃されてから公爵に就任するまでのおよそ一ヶ月弱、ラクティが行方不明だったのは王家側でも問題にはなっていたらしい。
ただ、アウグストが領内を全力で捜索中だというから手を出せなかったという。
これに関してはアウグストが狡猾だったというべきか。
「で、なぜ王都に?」
「先の叛乱からこっち、領内を色々大掃除していたのですが、ようやく一段落つきまして。で、ちょうど学院祭の季節ですし、陛下への領主就任の挨拶もまだでしたので。私もお兄ちゃんとエフィちゃんがもしかしたらまだ王都にいるかも、という期待はありましたが、学院にいるなんて思ってなかったです。国王陛下と王弟殿下に聞いて、思わず大声出しちゃいました」
「なるほど。だが、主目的の方はどうしたんだ?」
「そちらはもちろんつつがなく。まあ本番は明日ですし。今日はとりあえず夕方前まで時間ができたので学院祭を見ていこうと思ったら、陛下から話がある、といわれてお二人の話を聞いたんです。まあ、今日は夕方以降に用事があるので、キールゲン殿下やお二人の劇はさっきの最後の方をちょっと見ただけで、この後のは見れないですし、明日もちょっと無理ですが、明後日には、絶対見ます」
「できれば見ないでください……」
消え入るような声のエルフィナの心からの願いは、もちろん無視された。
「あら? ラクティ!?」
「ん? あ、ティファ、お久しぶりー」
エルフィナのルームメイトであるステファニーとアイラである。
三人はどうやら知り合いだったらしく、再会を喜んでいた。
「あら? あ、そういえばラクティを助けた冒険者って、確か……」
「あ、それ、もう知られているの? そうです。おに……コウ様が、私が領主になるのを助けてくれた冒険者です。まあ、当時まだ冒険者ではなかったんですが……」
「ぜひぜひ! 詳しくお話を!!」
「うーん。話していい事とまずい事とあるので、ちょっと吟味してからですね。しかし、ティファもお二人と親しいの?」
「はい。お二人はキール様の護衛で、一緒に学生会に参加されてますし、それに、エフィはルームメイトでもあるので」
「あー。なるほど。……てことは、アイラも? エフィちゃん、アイラに何かされなかった?」
転入初日のことを思い出して、エルフィナの顔が真っ赤になる。
どうやら、アイラの『アレ』はラクティがいた頃からの性癖らしい。
「ちょ、ラクティ、それは酷い。私は健全なスキンシップを楽しむだけで……」
「私の妹に手を出したら、ただではすませませんよ!?」
一挙に場が混乱する台詞を、ラクティが吐く。
が、これはコウにすら意味が分からず、思わずエルフィナを見るが、当のエルフィナもまさかここで妹宣言されるとは思わず、目を白黒させていた。
「ラクティ、それはどういう意味です?」
「あー。うん。言葉通りです。エフィちゃんは私の妹も同然。それを毒牙にかけようというなら、アイラといえども断じて許しません。パリウス公爵としての全権限を使ってでも……」
ラクティの目が据わっている。完全に本気だ。
「待って待って。分かりました、とにかくエフィちゃんには手を出しませんから」
「……事情は後で聞くことにします」
「でも実際、エフィはものすごい人気なんですよ。実は……」
話が盛り上がるステファニー、アイラ、ラクティ。
一方のコウも、何が何だが分からないまま、エルフィナに答えを求めようとしたところで……。
ラクティが、なぜか眉根を吊り上げて戻ってきた。
「お兄ちゃん。今日はもう時間ありませんが、明日……は無理か。明後日、ちょっとしっかりお話をしましょうか」
「ちょっとマテ!?」
貼り付けたような笑顔に怒りのオーラをにじませたラクティは、踵を返すと大股で立ち去っていく。
その向かう先に、やはりというかメリナがいて、深くお辞儀をすると、そのまま人波に消えていった。
「……コウ様。ちょっと聞き捨てならないのですが、今のラクティの『お兄ちゃん』というのはどういうことでしょう?」
どうやって説明したものかと、コウは盛大に頭を抱えてその場にうずくまりたくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっはっはっはっ。まさかそんな面白いことになってるとは。しまったな。俺もその場にいればよかった」
学院祭の一日目がどうにか終わり――ステファニーからの追及は、劇の出番の時間になってくれたことで、二人ともクラスへ戻ってそのまま逃げ切った。
そして寮に戻ったコウとエルフィナを寮のサロンで待っていたのが、キールゲンの爆笑だった。
どうやら、顛末について、一緒にいるステファニーから報告を受けていたようだ。
「さて、詳しく話を聞かせてもらおうか!」
「断る」
「即答かよ!?」
「考える余地があると思うか?」
「なら、ラクティ殿から聞くとしよう」
「彼女が話していいというなら、かまわんぞ」
「……なるほど。それは確かに、今ここで聞くのはフェアではないか」
「キール様?」
キールゲンは納得したように頷くと、ステファニーに振り返る。
「我々としても大変気になるところだが、話を聞くなら、ラクティ殿もいないとあまりよくないようだ。なので今日は、諦めよう」
「……承服しかねるところですが……殿下がそうおっしゃるなら」
どうやら色々察してくれたようだ。
コウは少しだけ安堵する。
「まあ、今日はもう疲れたしな。明日はラクティ殿は王宮での就任式典があって、その後パーティなので顔を出せないだろうから、勝負は明後日だな」
単に執行猶予がついただけらしい。
もっとも、あの一連についてはラクティが話してしまうというのなら、コウに止める術はない。
彼女がどこまで話すのか、という問題もあるが。
そんなこんなで、学院祭の一日目は、無事に終了した。
ちなみに現時点で、不審な動きは一切なかったらしい。
残り二日。
コウは、出来ればこれ以上の厄介ごとが起きないように、と願うばかりだった。
ラクティ襲来(笑)
嵐は彼女です(ぉぃ
作者が一番楽しんでました(マテ)




