第72話 夏季休暇の水辺
「何でこうなった……?」
晴れ渡った空は、かなり強い日差しを地上に投げかけていた。
目の前に広がるのは、かつてクロックスで見たカントラント河にも劣らぬ大河。
王都を貫くアルカーナ河の上流域である。
事の発端は、寮の個人の部屋以外の学院全体を大清掃するという名目で、寮がすべて閉鎖されたことである。
これは年中行事であり、八月中旬の二週間、学院の学生寮を含めた全施設が使えなくなる。
いわば、夏休みだ。
この時期を利用して里帰りする者も多い。
キールゲンは、この時期は王宮に戻ることになっており、護衛であるコウらは一時的に任を解かれた。
他の者達も、自宅や王都の自分たちの屋敷――貴族はほぼ王都に邸宅がある――で家族と過ごす。
ごく稀に、平民でかつ遠隔地出身の者はさすがに帰郷できないが、それでもこの休みには家族が王都に来る等の予定を立てているらしい。
予定がまったくなかったのは、コウとエルフィナだけだった。
単にこの休みの存在を、休みの前々日まで把握していなかっただけだが。
全く何も予定を考えていなかったので、とりあえず本来の冒険者稼業をやるかと考えたところで、エルフィナから行きたいところがある、と誘われてきたのだが――。
王都から、馬で一時間程度。
ここまで離れると、さすがに人は全くいない。
いくら王都周辺が安全とはいえ、この辺りになると、魔獣や野盗の類がいないとも限らないからだ。
逆に言えば、穴場的なスポットともいえる。
季節は盛夏といっていい時期であり、水遊びで涼をとる、というのはとても魅力的な話だった。
岩場の多い河原で、適度に木々がある場所もあるので、木陰の確保にも苦労しない、ある種理想的な環境だが、コウはとりあえず視線の置き場所に困っていた。
理由は水着姿のエルフィナだ。
この世界の被服文化が地球のそれと比較しても遜色ないほどの水準にあることは、フウキの村にいた頃から分かっていた。
コウは良く分からないが、おそらく服飾デザイナーなどは普通に存在する職業だろう。
学校の制服だって、現代日本でも遜色ないデザインであり、品質だった。
そしてそれは、水着についても同じだったらしい。
エルフィナが纏っている水着は、いわゆるビキニタイプである。
腰にパレオ――こちらではファサというらしいが――を巻いているが、正直に言って、目のやり場に困る。
なんとなく気付いてはいたが、エルフィナは非常にスタイルがいい。
妖精族が細身というのは日本における創作物の設定だと思っていたが、この世界では、少なくとも森妖精に関してはほぼ適用されるらしい。
なのだが……確かにエルフィナは細身なのだが、胸のサイズは、明らかに普通の人間と比しても遜色ないかむしろ大きいくらいだ。
細身なのに胸だけは普通の人並かやや大きいほどなので、実際には非常に大きく見えるのだ。
コウにそのサイズを判断することはできないのだが、実際に地球の方法で計測するなら、エルフィナのバストサイズは、相当に大きい方に分類される。
もともとの美貌に加え、このスタイル。
コウも健康的な男子であるため、さすがに見続けるのは避けるべきでは、となってしまうのだった。
一方のエルフィナは、水の気持ちよさを感じつつも、羞恥でその場から逃げ出したい気持ちだった。
こんな大胆な水着まで購入し、コウを誘って二人で河へ行くというのは、ステファニーらに唆されたものでもある。
(けど、やっぱり何も言ってこないじゃないですか~~~~。大体、この水着、ほとんど裸に近いですし~~~~~!!)
森妖精は人前で肌をさらす習慣はほぼない。
海妖精や河湖妖精などと違い、水に入ることすら稀だ。
体を洗う習慣は無論あるが、それは一人で行うものだ。
入浴という、お湯に入って体を清める風習は、人間社会に出てから体験したくらいだ。
学院に入学して二ヶ月、ステファニーやアイラ、リスティらに、コウとの関係をひたすら質問され、さらにどう思っているのか、というのも延々と、そしてじわじわと聞き出されていた。
彼女らからすれば、男女二人で旅をしてるだけで、そこにロマンスが生まれないはずはない、というのだが、コウに限ってはそういうのはないとエルフィナは思っている。
ステファニーらは納得してくれてなかったが。
ちなみに、ステファニーはキールゲンに憧れているらしい。
実際、ステファニーはキールゲンの正妃候補の一人ではあるそうだ。
アイラも、別に憧れている人物はいるらしい。
そのステファニーらに言わせると、エルフィナはコウに明確に恋をしてる、ということらしい。
最初にそういわれたとき、思い出したのはラクティと話した最後の夜。
あの時も、ラクティはエルフィナに、『いつかちゃんと自覚して、お兄ちゃんに告白してくださいね』などと言っていたが……。
それが二ヶ月も延々と続けば、嫌でもエルフィナも考えざるを得ない。
コウのことは信頼している。
いや、信頼という言葉でも足りないほどに、彼のことを信じている。
それは、助けられたあの時から変わらない。
ではそれが恋愛感情なのか、というと、やはり分からない。
森妖精は、なまじ寿命が長いので、そもそも恋愛感情というのは希薄だとされている。
長い時間をかけてお互いを知り、慈しむように惹かれあうのが自然で、それこそ氏族には二百年ほどかけてお互いを知ってから結婚したという夫婦もいた。
少なくとも、人間の間であるような、『燃え上がるような恋愛』というのは、まったく聞いたことがない。
自分はコウを恋愛対象とみてないつもりだ。
何より決定的な理由として、人間であるコウと森妖精であるエルフィナでは、その寿命に大きな差がある。
仮に本当にコウのことを愛してしまえば、いつか必ず来る別れに苦しむのは明らかであり、それが分かっているなら踏み込めるはずがない。
だが、ステファニーに言わせるとそんなものは本当に好きなら気になることはないという。
第一森妖精がみんなそんな考えなら、半森妖精など誕生しないでしょうと言われてしまい、さすがに返す言葉がなかった。
あのアルフィンの親が結ばれたことに後悔してるとは――あまり思えない気がする。もし会えたら聞いてみたいと思わなくもない。
そしてもう一つ。
「それに、コウ様にちゃんと聞いたことはあるのですか?」
ステファニーにそういわれた時、エルフィナは何も言い返せなかった。
自分がコウにそういう感情を抱く、というのは寿命の違いもあってどうしても抵抗がある。
コウが自分をそのように見ることはないと思うのは、エルフィナの推測だ。彼の出身がこの世界ではないという点で、コウはおそらくそういう感情を抑制しているように思える。
だが、実際にどう思われているかは――分からない。
(コウは、私のことをどう思っているのでしょうか……)
仲間としては信頼されている、という自信がある。
お互い、ある意味ではあまりに特殊と思える能力を保持しているのもあり、ある種の運命共同体という感覚もある。
だが、言葉としてちゃんと聞いたことは、一度もない。
そこに来て、つい先日女生徒がコウに告白する場面に遭遇した。
というか、キールゲンに呼び出されたところで目撃させられたというか。
その光景に少なからず動揺したのは否めない。
エルフィナはそれをずっと見てるのが悪い気がして逃げ出してしまった。
しかし直後、ステファニーに捕まってどう思ったかを聞かれ――混乱したまま、なにかもやもやした気持ちだったことを白状してしまっている。
なので、ではその気持ちを確かめなさいとステファニーから提案された、というよりはほとんど強制されたのが、今回の外出だった。
今思えば、この一連はキールゲンやステファニーらが企んだことだったのだろう。
この水着を選んだのはステファニーとアイラだ。
最初、エルフィナが選んだのはワンピースタイプの、体のラインなどほとんど分からないようなもので、激怒したステファニーが選びなおした結果である。
ファサが着いているタイプにしたのは、ギリギリの妥協点だった。
「これならコウ様だろうが誰だろうがイチコロです!」
などとステファニーは断言していたが……。
結局初日は、エルフィナは河で涼んでいたが、コウは途中から食料調達と称して近くで釣りをしており、二人で楽しむという状況にはならなかった。
もっともそれはそれで、コウの視線がない状態で、エルフィナはそれなりに楽しんではいたのだが。
サービス回です(断言)
ちなみにエルフィナのサイズはアルファベットの五番目か六番目くらいだと思われます(マテ)
なお、イラストはさいとう みさき様にAIにて描いていただいたものになります。




