第70話 新しい食事の形式
ようやく被服店巡りが終わったのは、十二時過ぎ。
ある意味エルフィナは疲労困憊だった。
最初に着せられた服から始まり、明らかにふわふわとしたドレスに近い服、逆にともすると男性用の様な服、さらには異様に丈の短いパンツであったりとエルフィナが断固拒否するような服も多かった。
全部で十回近くは着替えた気がする。
とりあえずそれらも一段落して――結局制服ではなく最初に着させられた上下一繋ぎの服に、似た色合いのゆったりとした上着を合わせたものに着替えさせられているが――ようやく食事となった。
ステファニーが案内してくれたのは、大きなホールの食堂だった。
ただ、普通と違うのが、立って歩いている客と思われる人がやたらと多い。
「ここは……?」
「最近王都に開店したばかりの食堂です。普通は料理を頼んで、それに対して料金を払うわけですが、ここは料金は先に支払う代わりに、一定なんです」
「全部同じお値段なのですか?」
「いえ。あちらに見える料理の場所から、好きにとっていいんです。一応二時間の制限時間がありますが、その間であれば何度でも取ってきていいんです」
コウがいれば、要するにビュッフェスタイルだと分かるが、同時に驚いただろう。
ただ、実はこの形式自体は珍しくない。
貴族の立食パーティなどでは用いられるスタイルだ。
ただそれを店として展開するのは、まだこの世界では珍しい。
「え。なんでもいくらでも食べていいんですか?」
「ええ。ちなみにお菓子とかも充実してますよ」
ステファニーが指示した先には、小さなケーキと思われるものが並んでいる。果物なども豊富だ。
店に入ると、一応のルールが説明される。
エルフィナはそれを真剣に聞いて、一つ一つかみしめつつ――。
「では……今からですので、十四時四刻までとなります。お時間頃にまたお声がけさせていただきます」
店員が店の奥にある大時計を示す。最近になって出回り始めた、法術時計だ。
現在の時刻が十二時四刻。
とりあえず、神殿の十四時を知らせる鐘が聞こえたら終わりが近いと思えばいいだろう。
店員はそれだけ言うと席を離れる。
料金は白銅貨二枚。一回の食事としては安いとは言えないが、かといって高すぎるというほどではない。
来ている客層は貴族もちらほらいるが、多くは平民のようだ。
「なんか我慢できなさそうですので、エフィは先に行ってきてくださいな」
「はいっ」
迷わず飛び出すエルフィナ。
それを一同で見送った。
「ホント……食事の時の彼女は可愛いですね」
ステファニーがしみじみと呟いた。
それに一同が同意する。
「よく学院食堂でも、エルフィナさんっていつもたくさんそれはもう幸せそうに食べてますからね。まあ、あの食べる量にはいつも驚かされますが」
「リスティは特に小食ですしね」
「別に少なくしたいわけではないのですが……」
リスティの実家であるクランブル家は、今でこそ王都有数の商家として知られているが、幼い頃はそれほど裕福ではなかったこともあり、少ない食事で満足できるようになってしまっていた。
実家は今は大きくなり、食事の心配をすることもなくなったが、その頃の名残か、今でもついつい食事は控えめにしてしまう癖がついているくらいだ。
「リスティはもう少し食べた方がいいですよ。エフィを見習えとはいいませんが」
アイラの言葉に、リスティは苦笑いする。
「あれはちょっとマネできないです……。あの食べてる姿が可愛いって評判ですからね……エルフィナさん」
「あの姿見たくて学院食堂に来る人も結構いるらしくて、エフィちゃんが来てから売上伸びたらしいですよ」
アイラの実家であるレッテンブルグ商会は学院に食器類なども提供してるので、その伝手で情報が来たらしい。
「まあこういう場所です。私たちも思いっきり食べましょう。で、明日から運動頑張るのです」
「ティファはいいのでは。栄養は主に胸に回るようですし」
「アイラ!?」
「それは私も事実だと思います……」
「リ、リスティまで。そ、その……そんなですの?」
「あ、いえ……そこまでは言わないですが、でもステファニーさんのスタイルに憧れる女生徒は多いですよ。エルフィナさんは、まだ気付かれてない人が多いですが」
実はリスティは、今日初めてエルフィナのスタイルの良さを知った。
話には聞いていたが、あれほどとは思わず唖然としてしまった。
「まあ正直、エフィはあれだけ毎日食べてなんでその……太らないのかと不思議になりますからね。あれも妖精族故だと思うしかないでしょうが」
「あれ? 皆さん取りにいかないのですか?」
話している間にエルフィナが戻ってきた。
山盛りの大皿を二つ、器用に片腕で保持している。というか、プロの給仕などがやる腕に載せる技術をさらっと実演していた。
「……き、器用ですね、エフィ」
「あ、これですか。以前見た給仕の方のを思い出して。これなら一度に二つ持てますし。両手で持とうと思ったのですが、そうすると料理が取れないことに気付いて」
確かにその通りだが、実演出来てしまうエルフィナがすごいのか、食事に対する執着がすごいのか。
「で、皆さんは……」
「あ、いえ。行きますわ。ではエフィは食べててください」
「私もあと、飲み物取ってきますので」
「あ、それは私が取ってきますよ。皆さん希望はありますか?」
「それではお待ちしてます。食べ始めるのは一緒にしたいですし」
リスティが全員の希望を聞いて回る。
飲み物は酒もあるが、さすがに昼間から酒を飲む気にはならなかったので、全員果実水を頼んだ。
そしてほどなく、全員食事をとり終えた。いうまでもなく凄まじい量の違いがあるが。
「それでは食べましょう、みなさん」
「いただきます」
ステファニーの声の直後、エルフィナはいつもの癖で手を合わせていた。
「……エフィ、それはなんですの?」
「あ。えっと……その、森妖精の……というか、私の家の習慣です。食べる前の挨拶というか」
さすがにコウの世界の習俗とは言えないし、かといってうっかり森妖精の習慣だというと、どこかで違うと気付かれかねない。さすがに個人の家の習慣だといえば、特定される可能性はないだろう。
「変わった響きの言葉でしたね。さすが森妖精というべきか」
「え、ええ……まあ」
とりあえず食事を始める。
「美味しい! これは……いいですね」
燻製された猪肉の腸詰を美味しそうに頬張るエルフィナを見て、他の三人は思わず顔を綻ばせる。
「あの……みなさん?」
さすがに見られているのに気付いたのか、エルフィナは少しだけ気まずそうに手を止めた。
「あ、いえいえ。相変わらずエフィはいつも美味しそうに食べるな、と思いまして」
「実際美味しいですよ。みなさんも食べないと」
「はい、そうですね……あ、ホントだ。すごく美味しい」
リスティが食べ始めたのを皮切りに、各自食事を堪能しつつ、会話に花が咲く。
学院のこと以外に、エルフィナは森妖精についてや、ステファニーは伯爵家ならではのエピソードなど。
その間にたびたび料理を取りに席を立つ。
が、その回数は明らかにエルフィナが多かった。
エルフィナとしては出来るだけ色々味わいたかったので、色々な料理を食べ続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すごいですね……」
「そもそも父に聞いたのですが、森妖精って本来少食らしいですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。父の友人に森妖精の冒険者がいるそうで、この間実家に行った時に聞いたんです。そうしたら、たまに食事を一緒にしても少ししか食べなくて、足りるのかと聞いたら、むしろ食事をしなくても平気なのが森妖精だそうで。エルフィナさん見てると信じられませんが」
リスティの言葉に、ステファニーとアイラは思わず顔を見合わせる。
ちなみにエルフィナは今六回目の食事をとりに席を立っている。
この店は、使い終わったお皿は既定の場所においておけばあとは勝手に回収してくれるので、テーブルの上を見ても食べた量は分からない。
ただ、彼女はすでに大皿十枚分は食べたはずだ。
「ま、まあ……エフィが喜んでいるならいいのでは」
「で、ですね。ティファとリスティはもうおしまいですか?」
「私は後は食後のお茶で十分です。というかエフィの食べっぷりを見てたら、お腹いっぱいになりそうです」
「私もです……アイラさんは?」
「私もあとはお菓子少しとお茶ですね。まだ一時間ほどありますが……」
そうしてるところに満面の笑みでエルフィナが戻ってくる。
相変わらず大皿二つに山盛りだ。
「皆さん食べないんですか?」
「え、ええ。私たちは一休みで……エフィはよく食べますね」
「とても美味しいので。この食事の形式はいいですね。食べるものに悩まなくて済みますから」
それだけ食べられればそれはそうだろうとは誰もが思ったが、口にはしなかった。
結局。
エルフィナは十回も料理を取ってくるほど食べた。
店側はおそらくどう考えても損が出たと思われるが、なぜか店主は嬉しそうで――ステファニーが後で聞いたら、エルフィナがいた二時間の間に彼女の話が周囲で噂になって客が大きく増えたという。
この新しいスタイルの食事処はまだ未知数だったが、これ以後定着していくことになる。
そのきっかけの一つが大食いの森妖精だったことは……記録にはどこにもない。
ビュッフェスタイルのレストランに大食いキャラは駄目ですよねぇ……
なんですが、こういう宣伝効果があったらしいです(違)




