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転移直後に竜殺し ―― 突然竜に襲われ始まる異世界。持ち物は一振りの日本刀  作者: 和泉将樹
第四章 王都の冒険者

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第68話 歴史の起点

 コウは一度本を置くと大きく体を伸ばした。

 さすがにずっと座って読んでいたので、身体が強張っていたらしい。

 関節が鳴る音が聞こえた気がする。


「実際のところ、記録は本当に良く残ってるよな……」


 この世界の記録は、地球のそれよりもずっと古くまで遡れる。

 現状存在する中で最古の国はファリアス聖教国とグラスベルク帝国の千年。

 しかしそれ以前の歴史に関する記録も、この世界には数多くある。

 そして――。


「エルスベル、か」


 どの地域の歴史でも、最初に出てくる名前がこの『エルスベル』だった。

 およそ一万年前に存在したという伝説の存在。

 国であるとか個人であるとかある特定の一族であるとか、地域によって解釈に違いはあれど、『エルスベル』という名が今に伝わっているのだけは確かだ。

 全ての歴史がこの『エルスベル』が消えたところから始まっている。時期も多少の誤差はあれど、ほぼ一万年前と共通している。

 もっとも一万年前となると、もはや神話と言っていい気がするが、神話ではない。

 神々が登場しないからだ。


 ここまで同じである以上、この『エルスベル』という存在が一万年前に実在し、そしてその時に消えたのは間違いないだろう。

 そしてこの『エルスベル』が、現在の法術を作り上げたとされている。

 言い方を変えるなら、この『エルスベル』が、神々にしか使えなかった文字ルーンを、法術クリフという形で人々に使えるようにしたのだろう。


 奇妙なことに、世界は神々が創ったとされているのに、この世界には所謂いわゆる創世神話が存在しない。神々が文字ルーンを使って作ったという『事実』だけが伝えられていて、それ以上の記録が一切ないのだ。

 こうなると『エルスベル』が神々の国や神そのものを表すと考えられそうなものだが、そこは明確に区別されている。『エルスベル』という存在より以前に、世界は神々によって創造されたとされているのだ。ただ、その詳細が全く記録にない。

 創世神話についての研究は存在するが、共通して『エルスベル』の消滅と共にあらゆる記録が失われた時に、創世神話も事実上失われた形になっているのだ。


「およそ一万年前に、何かあったのだろうな……」


 地球でいえばまだ文字すら生まれていない時代だ。

 いわゆる四大文明すら発生するよりさらに数千年も前。


 エルスベルに関する研究はいろいろされていて、遺跡がほとんど存在しないことから、実在を疑う意見もあるらしい。

 ただ実在だけは間違いないとコウは考えている。

 この世界の人間はおそらくほとんど疑問に思っていないのだろうが、地球を知るコウだからこそわかることが一つある。


 この世界において、言葉と文字はすべての地域で同じものも用いる。人間社会から距離をおく妖精族フェリアですら同じだ。

 帝国より以前の記録ですら同じ文字と言語が使われているという事実。

 ここから導かれるのは、地球では伝説でしかない『一つの言葉、文字を使う世界』が実際にこの世界には存在したという事実だ。

 おそらくはそれが『エルスベル』という存在だ。

 このエルスベルの言葉と文字が、今もずっと継続して使われ続けているのだろう。

 だとすれば、おそらく『エルスベル』というのは個人をさす言葉ではなく、おそらくは国、または社会の名前だろう。


 言葉と文字に関しては、神が作って与えたとする意見が主流だ。

 言葉と文字を作ったのが神々かもしれない。

 ただ、神が世界中の人に教えて周ったとは思えない。

 となれば、共通する言葉と文字を使う社会が存在したと考える方が自然だ。


 一万年前にあったと思われる『エルスベル』というのがどのような社会であったかは、さすがに想像もできない。

 ただこの世界には、かつて大陸全土に及ぶほどの社会体があったのは間違いない。

 そして、法術という力と、言葉と文字だけを遺し、忽然と歴史から消えた。


 そもそも記録の残り方があまりにもおかしい。

 一万年前のエルスベル消滅は記録があるが、それ以前の記録はほとんどないという。ゆえにエルスベルという存在が何であったかが明らかになってない。

 そして一万年前、エルスベルが消えたという記録の後、千年近く全く記録のない時代がある。


「明らかに――記録が抹消されてるな」


 大陸全土に及んだと思われる『エルスベル』の記録を、何者かが千年かけて徹底的に消したのだろう。そこにどういう意図があったのかはわからない。

 エルスベルがどういう存在だったかが残ると都合が悪かったのか。


「エルスベルの遺跡は……あるいは地球への帰還に関係するかは……わからんか」


 エルスベル時代の遺跡では、と思われるものは多くはないが大陸にいくつかある。

 残念ながらアルガンド王国内にはないが、あるいはいつか他国に行くことになればチャンスはあるかもしれないが、何かわかる可能性は……あまりない気がする。

 森妖精エルフならあるいはと一瞬考えたが、彼らでも寿命はだいたい千年。単純に考えれば、二十世代以上は前だ。彼ら(エルフ)からしても、一万年前というのは記憶も記録も残らない遠い昔だろう。


 それよりは現実的な手段は、神殿を頼ることだろう。

 神殿組織も歴史は非常に古く、その総本山でもあるファリウス聖教国の中心たる大聖堂は、一万年の歴史があるともされている。

 一万年。

 つまり、『エルスベル』の存在が消えたのと前後して誕生したという事だ。

 それが事実ならば、無関係とは思えない。そしてあるいは、消失しているエルスベルの記録について何か分かるかも知れない。


「今度神殿で聞いてみるか。まあ答えは期待できないが」


 確実に知るためには、総本山であるファリウス聖教国まで行く必要があるだろう。とはいえ、大陸最西端にある聖教国までは、軽々しく行くことはできない。

 ただ、神殿組織が何かしらの影響を大陸全体に与え続けていたというのは確実だと思える。


 そもそもこの世界の在り様は、地球とはあまりにも違い過ぎる。

 印象は中世ヨーロッパ的と思えるが、その実態はかけ離れていると言っていい。


 いわゆる『中世ヨーロッパ』というのは、本当に未開地だ。

 ローマ帝国崩壊以降、国は千々に分かれ、国家は短命だ。

 人口と食料問題が欧州より条件のよかった中国やインドですら例外ではない。

 数百年続く国家など稀な存在だった。


 しかしこの世界は違う。

 数百年続く国は珍しくないし、そもそも『国』という概念がしっかり固まっている。法術という存在があるのもあって、遠く離れた場所との連絡はもちろん、特定の地点同士だけとはいえ移動すら一瞬で行える場所がある。

 治世が安定しているというのは、要は財政と治安が安定しているという事だ。

 しかも地球にはない、魔獣などの危険要素があるのにも関わらずだ。

 だから、十万人以上の都市がいくつも存在するし、流通も盛んだ。

 法術の存在があるとはいえ、この世界の乳幼児死亡率は、都市部に限るなら現代日本に近い数字らしい。


 さらに、人の社会の発達の弊害である環境破壊すら、すでに対策がされている。

 国の在り様、環境への配慮、衛生対策。

 いずれも地球の歴史では長い時間をかけてその問題を特定し、対策をしてきたものである。

 しかしこの世界では、それらは大きな問題になる前に早々に対応されている。


 無論、戦乱や、あるいは小規模の争いなどはいつでも起きる。

 フウキの村のように、理不尽に殺される人はアルガンド内でもいないわけではない。

 魔獣の暴威によって殺される人や、村一つ壊滅することだってあるので、現代の地球ほどに安全というわけではない。


 ただ。

 地球の歴史を知るコウからすれば、それはあまりに奇妙に思える。

 まるで『最初からその問題について知っている』様にも思えるのだ。


「あるいは――そうなのかもな」


 一万年前に消えた『エルスベル』という存在。

 あるいはそれが、文明が発達した極致に達して、様々な要因で崩壊したとすれば。

 そしてその教訓を元に再び歴史を歩んだ世界が今だとすれば――。

 過去の教訓を、何かしらの形で人々が覚えていたのかもしれない。

 だとしても、これほどに完璧に記録を抹消する意味は分からないが。


「……っと、もう夕方近いな。昼飯忘れてた。まあ、寮の夕食まで我慢するか……」


 とりあえず本を元の場所に戻して歩き始めたところで――出口付近で、ふとある本の記述が目に留まった。

 本自体は非常に新しい。

 ただ、その背表紙にある著者の一人の名は――。


「ラクティ・ネイハ?」


 さすがに同姓同名ということはないだろう。

 彼女の著書かと思ったが、取り出してみると卒業論文となっていた。


「これが彼女が卒業資格を得た時の論文か」


 見てみると、クライス・エンバレスとの共著となっている。

 エンバレスといえば王国七公爵の一つ、ユグニア公爵の称号を持つ家だ。公爵家の二人の共著とはなかなかにすごい気がする。

 この本自体は、論文をわざわざ印刷したものらしい。

 タイトルには『商取引における時期の見極め』とある。

 ふと興味を覚え、夕食までまだ時間があるのでページをめくっていく。


「……これは……」


 ラクティとクライスの論文の内容は、事実上経済論文だった。

 社会における商取引の中で、個人ではなく社会全体として、状況は定期的に変動し、必ずいい状態が続くこともなければ、悪いままであることもなく、一定の『波』があるという事実を、二人は過去の膨大な商取引の情報から導いている。

 いかにもラクティが得意とする分野だが――。


「景気の概念を自力で導くとか、ラクティは本当にすごいな」


 地球においてはアダム・スミスが『見えざる手』と表現した経済の動き。

 お互いに利益追求することで、市場において最適なリソースの分配が行われるとした市場経済の考え方。

 そしてさまざまな要因から一定サイクルで景気の『波』があるというのは、コウ達日本人にとっては、中学や高校で学ぶ範囲だ。

 だがそれを、『経済』という考え方すらまだまともにないこの世界で自力で導くのは、尋常な事ではない。


 おそらく商人たちは経験則でそれらをなんとなく知っているのだろうが、ラクティとクライスの論文は、それを理論立てて、要因別にその波の観測とある程度の予測を立てる方法を、いくつかの指標で示していた。その内容は、コウでもよく分からないほどに複雑な計算が行われている。

 さすがにコウもその経験はないが、現代の日本の大学の経済学部の卒業論文としても通用する気がする。


「地球に生まれたら何を成していたんだろうな、彼女は」


 自分やエルフィナはこの世界において規格外の存在だが、それを言ったらラクティも十分規格外だと思えた。

 確実に本人に自覚はないだろうが。


 ふと気づくと、もう陽は完全に落ちていた。

 さすがにいい加減エルフィナも帰ってくるだろう。

 コウは慌てて本を書架に戻すと、急ぎ食堂に向かうのだった。


説明回でしたが、長くなりすぎたので分割しました。

面倒だったら『エルスベルって法術作った存在が一万年前にあったらしい』だけでもOKです(ぉ

あとはラクティの名前がちらりと。

まあどちらもちょっとした伏線です、多分(ぉぃ


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