第53話 法術の利用と食事
王都への道はそれなりに順調だった。
エンベルクから西への道はあまり整備されていないとはいえ、利用頻度はそこそこにあるらしい。
というのは、エンベルクの西側にも有望な鉱脈は多くあるらしく、それらの調査が細々と行われているのだ。
この辺りは、エンベルクにあまり注目されるのを嫌がった前領主代行アウグストの意向で、あまり積極的に進められていなかったようだ。
その理由が奴隷取引であるのは明らかだ。
ただ、無論ラクティにはそんなことで遠慮する理由はない。
現在は数日に一度の距離にしか宿がないが、今後簡易宿なども増やして、開発を進めていくつもりだろう。
ただそうなると、現代日本を知ってるコウとしては少し気になることがある。
「……公害が発生しないように、軌道に乗る前に助言すべきかな……」
「コウ、何です?」
コウは今でも独り言だと日本語で呟く。
が、すぐ横にエルフィナがいるので、彼女は気になっていつもそれを拾って聞いてくる。ちなみに、わずかな単語であれば意味が分かりつつあるらしい。
普通の勉強――算術や文書解析等――は苦手なようだが、一方でエルフィナの言語能力に関してはかなり高い気がする。
実際、精霊と話すための言語は、別に誰に教わったわけでもなく、精霊と話している中で身に着けたらしい。
聞き取るのすら難しいあれを話せるようになるのだから、あるいは日本語も教えたらすぐかもしれない。
「いや、ラクティがこの辺りを開発するつもりと言ってたからな。ただ、鉱山とかを開くと、人や動物に有害なものが一緒に流れ出ることがあるんだ。それが環境を悪化させて、最悪人や動物が死んだり、奇病にかかったりすることが、俺の世界では過去に……いや、現在でもたまにある。ちょっと……こっちの言葉だと適切な言葉が分からないんだが」
するとエルフィナは少し首を傾げて、何かを考えるようにしながら――。
「ああ、公害ですか」
「あったのか、こっちにもその言葉」
「ええ。どちらかというと私たち森妖精の言葉ですが……多分これが一番近いかと。人間が森を切り開いて森妖精の住処を脅かしたり、あるいは洞妖精や山岳妖精がうっかり鉱山掘り過ぎたら、毒を含んだ水が溢れたりとかは、こっちでもありますよ」
すでにそういう言葉が存在すること自体に驚いた。
言葉があるということは、それに対する問題意識もあるということになる。
「そうですね。元は『自然破壊』という言葉を縮めて誰かが言い出した言葉です。街を作るのも森妖精の感覚だと自然を壊す行為には違いないのですが、それを言ったら自分達だって森を削って家を作ってるので、そういう行為は基本的にさしません。ただ、コウが今言ったように本当は封じ込められていた地の毒などを放出してしまう行為は、昔からありましたので」
結局どこの世界でも開発と自然破壊は表裏一体という事らしい。
「しかし……こういっては何だが、そういうのが一度起きると大変じゃないか? 俺の世界だとそれを無毒化したりとかで対応してたが、この世界にそんな装置とかは……」
「何言ってるんですか、コウ。法術でやるんですよ、そういうのは」
あ、と思わず声が出た。
そういえば、都市では汚水処理を法術でやるのが基本だ。
そうであれば、当然鉱毒などの流出も、法術で何とかしてしまうものらしい。
「すごいな……誰かがそういうのを開発したという事か」
「あの訳の分からない認識阻害やら飛行法術作る人の言葉とも思えませんが……」
「いや、まあ……確かにそうか。必要になれば確かに考えるか……」
解毒や治療などの法術は考えていても、公害対策はコウ個人では必要ではないので全く考えなかった。
ただ、汚水処理や水質浄化など、都市機能の維持に法術はかなり多用されている。
そういった法術が使える人は常に重宝されるらしいし、文字の適性を調べた結果、そういう法術が使えると分かった人に対してはそういう仕事への誘いも増えると聞く。
適材適所といえば適材適所だ。
「精霊の力にも言えることですが、法術も無限の可能性があります。それぞれ意味を持つ文字を組み合わせることで、どんなこともできうる可能性がある。だから、新しい法術の開発を常に行ってるんですよ。まあ……実用的なラインで、十文字以上の法術というのは滅多にないそうですが」
人によっては、適性があっても魔力不足で『充填』を一度に十文字以上できないケースもあるらしい。そういう人のための魔力をため込んだ石などもあるらしいが。
「法術研究は法術ギルドが中心になって行ってますが、私たち妖精族は基本的に文字への適性が高いですからね。なので、そういう研究ではよく協力することがあるそうです。ちなみにパリウスはかなり進んでいる方です。アクレットさんの存在が大きいですね」
「なるほどな……」
自分のことは棚に上げるが、あの存在は確かに規格外だ。
第一基幹文字が三文字という事は、それ以下の文字についても相当な適性を持つだろう。
つまり単独で様々な法術を編み上げることができる。
法術研究を集団でおこなう事のメリットは、他にもある。
最たるものは儀式法術という方法だ。
これは、何人かで集まって、いわば『文字を持ち寄る』ことができる方法だという。
時間はかかるが、これで新たな法術を開発し、役立つ法術であれば研究成果として発表する。
それが大衆化させたものが、『料理法術』をはじめとしたいわゆる生活法術としてまとめられて、書籍になっていたりする。
ちなみにエルフィナが今食事の準備をしているが、小さな鍋の下にある火種は、燃料が何もない。
料理法術の本の中にあった通称[火種]という法術を、精霊行使で再現したものらしい。断言していいが、精霊にこれをやらせたのは、この世界でエルフィナが初だろう。火属性と地属性の文字が必要なので、精霊使いであってもその二属性を使えなけば再現不可能だ。
ちなみに、最初コウが法術でやろうとしたのだが――失敗した。
正しくは、術それ自体は問題ないのだが、調整が非常に難しいのだ。基本的にコウが使う法術は、同じ法術でも明らかにその威力が高い。
だが、料理には必ずしも大火力は必要ない。
結果、世界一贅沢な料理法術の類似が行われている格好になっている。
料理が下手なつもりはなかったのだが、少しだけ凹んだのは内緒である。
そうしている間に料理が出来上がったらしい。
今日の料理はキノコ類のスープと鶏の燻製肉を焼いたもの、それに乾パンだ。
相変わらず味付けが絶品だ。コウも一人で冒険していた時は野宿の際に多少料理をやったが、面倒なので軽く炙っただけとかそういうのがほとんどだった。
エルフィナと行動するようになって一番変わったのは間違いなく食事だ。
「相変わらず美味しいな」
「ありがとうございます。作った甲斐があります。コウはこういう時は素直ですね」
普段素直じゃないのか、と言おうかと思ったが、どう考えても藪蛇なのでやめた。
「美味い食事には美味いというさ」
「そういえば……コウの世界って、食事はどうだったんですか? すごく興味があるのですが」
「そういえば、話したことなかったか」
エルフィナと一緒に行動するようになって、一月あまり。
意外に、エルフィナとこういう話をする機会はなかった。
パリウスにいる時は宿は同じだったが部屋は当然違ったし、食事は一緒にしてたり仕事は一緒だったが、お互い距離感を探っているような時期だった。
もっともエンベルクの依頼を受けるころにはだいぶ打ち解けてきていたが。
それより前、クロックスからパリウスに戻る時は、どちらかというとほとんど話すことがなかった。コウもまだ自分の事情を全く話していなかったし、エルフィナもパリウスについてからのことで気持ちが重かったから、会話らしい会話は最初のお互いの力のことを確認しあったあの一回以外、ほとんどなかったと言える。
実はこうやって何も仕事を請け負わずに長時間一緒にいるというのは、初めてだ。
以前よりはずっと打ち解けているのもあって、他愛ない話もするようになったが、エルフィナもコウの過去に触れるのを遠慮して、あまりコウの元の世界については聞いてこなかった。
ただそれももう話してしまったので、さすがに遠慮する必要はないと思ったのか。
コウ自身が元の世界を懐かしんでいたりしたらあるいは遠慮したのだろうが、コウ自身そういうことは全くないし、こういう話をするのは嫌いではない。
「といってもな……俺もそう詳しいわけではないだが、ただ、この世界も十分多様性に溢れてるとは思う」
「食べ物とか結構違うんですか?」
「違うのもあれば同じのもある、という感じだな。肉類……鶏や牛、羊なんかは同じだ。まあ……トカゲとかの肉があると知った時は驚いたが」
この世界の動植物は、地球のそれに近い。
虫類、魚類、鳥類、爬虫類や両生類、それに哺乳類。この辺りはほとんど同じだ。
さすがにすべての生態系が同じとは思わないが、おそらくかなり近い。
ただ特に爬虫類や虫類に関しては被服の材料になるような特殊な生態を持つ種類が多く、かなり地球と異なるが、特に動物は酷似していた。
特に食用とされている鶏や牛、羊などは全く同じだった。
ただ、爬虫類というかトカゲなども普通に食用とされてるのは驚いた。
もっともオーストラリアでは普通にワニ肉を食べると聞いたことがあるし、実際美味しいらしいとは聞くので、単に日本で馴染みがないというだけだろう。
「食べないんですか? 結構美味しいと思うんですが」
「そこは否定しないが、俺のいた地域では食べなかったな。俺の世界で、特に俺の住んでいた地域で多かったのは鶏や牛、あとは……ああ、この世界だといないが、『ブタ』という生き物がいてな。こっちでも猪はいるが、それが変化して……まあぶっちゃけ、食用になった猪だと思えばいい」
「ブタ……食用に変化する……のですか?」
品種改良という言葉が分からなかったからそう言ったが、考えてみたらかなり奇妙な言い回しになった。
食べられるために変化するとか、生物としてあり得ないだろう。
「変化というか、人間側で改良したというかだ。猪肉よりだいぶ柔らかいのが特徴かな。種類にもよるが。魚は……種類は違うが、俺もあまり詳しくないが、色々食べてたな。あと、生で食べるものもあった」
「え? 生ですか? 火を通さずに?」
元々、火を通すのは寄生虫や人体に有害な細菌を死滅させるための処理。
ただ、それが少ない状態なら生で食べることもできるが、さすがにこの世界にその考えはないらしい。
法術で採りたての魚の状態を維持すれば、新鮮なまま食べられるだろうが、コウも魚のおろし方まではさすがに詳しくは知らない。鯵くらいならさばけるが、マグロなどは柵などしか買ったことがないし、そもそも同じ魚がいるとも限らない。
それに刺身にするなら醤油が欲しいが、少なくともアルガンド王国では見たことがない。
「まあ、食材は不思議なくらいよく似てる気はする。まあ俺も料理はじぃさんに引き取られてからは結構やってたから……機会があればそのうちやるよ」
「それは楽しみにしてます。料理法術……私の場合は精霊行使ですが、それを使えば、多分たいていの調理方法は再現できると思いますし」
エルフィナがものすごく乗り気だった。
まあ、法術にせよ精霊行使にせよ、そういう平和な使い方があってもいいはずだろう。
最初に作るなら何がいいかな、などと考えつつ、コウはエルフィナと食事を続けるのだった。




